32話 目覚め
ここはどこだ。
目覚めて周りを見渡そうとするが、首を固定されて動かせない。
どうやら、全身を椅子に縛り付けらように拘束されているらしい。
「………」
何か喋ろうかと思ったが、口元も固定されている。
幸いにも目元は塞がれていないので視野の範囲で推理してみる。
薄暗い空間だ。広さは固定された位置から見ると、牢屋にしては少し広いぐらいか……
床は石畳で壁も石壁、鉄の扉が一つ。何もない空間か。日の光が無い事から地下か夜かも分からない。
さて、拘束されてるという事は捕まったのか。それにしても厳重過ぎだ。体の自由が全くきかないのはやり過ぎなきもするが……
まぁいい、しかし今更気づいたが記憶が一切無い。拘束された前はもちろん、自分の名前さえ今まで生きてきた全てが空白だ。
俺は誰なんだ。
物自体の記憶は見ればわかる気がするが、昨日何を食べたのかどこで何をしたのかが空白だ。
拘束されてる時点で、前日にまともな行動をしなかった事に間違いないが……
「(ん……)」
足音が近づいてきた。音から察するに一人らしい、それと誰かが扉の前に立っているようだ。
「異常は?」
「ありません!」
「開けてください」
「はっ!」
看守は敬礼し扉を開ける。
建付けが悪いのか扉が重いのかは分からないが、ギリギリと音がする。金属が擦れる音から扉が分厚く重いと感じ取れた。
ゆっくり光が差し込み、俺の視界に一人の男が現れた。ランタンが壁にかけられ、部屋全体を明かりが照らしだす。
俺は目を光に慣らしながら男を見る。
男は、教会の神父のような服装で片手に本を持っている。身長は180㎝ぐらいだろうか。体系はごく普通だ。
男は俺に質問を投げかけてきた。
「目覚めはどうだ?」
「……」
「そうでした、口を拘束していたのを忘れてましたね。」
男はそういうと手を軽く振る動作をし、それと同時に拘束された口元が解放された。
「魔法……? いや、そんなことはどうでもいい……俺を拘束したのはお前か?」
「だったら、どうすると言うのかね?」
神父は、薄ら笑みを浮かべながら言った。
「どうもしない、ただ俺を開放した時に何をするか分からない。それだけだ……」
現状動くこともままならない状態だが、俺は何故か強がるような言動が不思議と出てきた。
神父は俺の脅しに表情が崩れる。
「ふっ、はっははは。それは怖いですね。しかし飼いならすのは少しばかり面倒、君みたいな人間は本当に扱い辛くて私は大好きですよ。」
「あ?」
「一々同じ説明をするのも面倒です。私に服従するかここで死ぬか、どちらがいいですか?」
「断る」
俺は即答で答えた。
男は気に入らないのかもう一度問いかける。
「どちらを?」
「両方だ……」
「ふんっ!」
男は俺の顔面に容赦なく拳を叩き込んだ。そして蹴りを腹に思いっきりぶつける。俺は腹筋に力を入れてダメージを最小限に無意識にカバーする。
しかし、鼻から血が流れ腹からは内臓が破裂しそうな痛みと衝撃が全身を駆け巡る。
これは普通の打撃じゃないな。恐らく魔力を込めた一撃だろう。
痛みを感じつつも疑問が頭に浮かぶ。この男の目的が分からない。
俺の記憶を消して俺を支配下に置きたい理由が、情報が欲しければ何かしらの魔法で吐かせ記憶を消して殺すだろう。
目的が服従なのは何故だ。
「ふむ、状況を理解できてないお馬鹿さんにいい事を教えてあげましょう。ノイン。来なさい」
神父は手を挙げて何かを呼んでいるが反応がない。
「……」
「ノイン。また痛い思いをしたいのですか?」
「ッチ、分かりましたよ神父様」
神父の隣に嫌そうな顔で現れたのは、幼いメイド姿をした少女だった。
ジメジメとした部屋とは似合わない、甘いお菓子の様な香りがした。
幻覚ではない……メイド姿のノインという少女は、さっきからずっとそこにいたかのように姿を現した。
「気配はなかったが……」
「当たり前……」
何かの術か分からないが、とにかく今この状況にある理由、つまり情報が欲しい。
適当に聞いても教えてくれる訳はないだろう。とりあえず煽って見ることにした。
「そうか、それで俺に何をしてくれる? 可愛いロリメイドさんは、気持ちのいいご奉仕しでもしてくれよ。」
「チッ、ムカつくぞコイツ。やっていいか糞神父?」
ノインは言い終わる前に俺の腹を蹴り飛ばす。
そして追撃に俺の頭蓋を踏みつぶそうと足を振り上げた瞬間、ノインは鎖で拘束された。
「アンカーチェイン……。ノイン、口の利き方に気をつけてください。そして殺してはいけません、求めるのは服従のみです。彼は私の武器になるのですから」
「クソがっ、分かったよ……分かりました神父様」
「分かればいいのですよ。あとは任せましたよ」
神父は鎖の拘束を解くとそのまま去って行った。
密室に二人、状況は最悪だ。
俺は椅子に固定されてるので、動くことはできないがとても冷静だった。
この状況から神父がノインに対して鎖の拘束魔法を発動した事が分かった。
魔法という概念が当たり前のように存在していることにも気付いた。
そして、神父は俺を武器になると言った。つまり俺にしか使えない固有魔法か何か特殊な力があるのかもしれない。
しかし不思議だ。それが何かは分かっても紐づけてすべての記憶を呼び覚ます訳ではない。
これから俺の記憶は本当に戻るのか、いやそれより現状を何とかしなければいけないか。
まずはこの椅子に固定されて倒れた体を起こすか……
「おい、ロリメイド、パンツが見えてるぞ」
「なっ! この変態!」
ノインは慌ててスカートの裾を抑えた。
顔を赤らめた表情が面白く、俺は更にいじってみた。
「変態はどっちだ。動くことができない奴に、無理やりパンツを見せつけてるお前の方が変態だろ」
「ッツ! 頭にきた! 私だってこんなヒラヒラ服着たく無いのよ! あんたがあのクソ神父におとなしく従ってれば、こんな面倒な事にはならなかったのに!」
「何だ、あいつの趣味か。まあいい、俺は誰の指図も受けない。記憶を消されようと変わらない。」
「3回も記憶を消しても、変なプライドだけは変わらないのね。まぁいいわ。どうせ3日も持たないでしょ」
ノインはそう言ってから二層の魔法陣を展開した。
「3回か。なるほど、俺の記憶を消しても俺自身を制御する事に戸惑ったのか……つまり……」
「相変わらず察しがいいのがムカつくけど、もう遅いわ」
ノインは展開した2層の魔法にもう1層重ねるように、三層魔法を発動させた。俺は一瞬にして意識が落ちた。
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