22話 彫刻の代償 終
洞窟を真っすぐに抜け、魔族軍のマルファスと合流したサーシャ姫はそのまま魔界の城へとたどり着いた。
サーシャ姫は、城内の中央広間に集まっていた魔族幹部と魔王を前に臆する事なくこれまでの経緯を話していた。
「ふむ、ジャレッド……奴は優秀だった。まさか一人の人間の女を守る為だけに全てを……」
「魔王様、ジャレッドは生きているのでしょうか。確か魔族には眷属との刻印で生死が分かるはずですよね?」
「サーシャ姫よ。落ち着いて聞いて欲しい、ジャレッドは…死んだ。」
「そう…ですか…、教えていただき、ありがとうございます。」
魔王は一人の忠実で優秀な眷属を失った事を悔やむように言った。
私は少し震えた声で事実を教えてくれた魔王様に感謝を伝えた。
「そうだ、サーシャ姫よ。少しだけ目を閉じてもらってよいか?」
「はい、分かりました……」
私は素直に目を閉じた。すると、キンッっと何かが空中でぶつかる音がした。
「やはりな、もう目を開けても構わぬぞ」
「はい、何かありましたか?」
周りの魔族が少しざわついていた。私の足元には砕けた黒い斧が落ちていた。
「これが彫刻の力か……、すまない。我は魔眼という少し特殊な目を持っていてな、その見えない盾とも壁ともいえるものが砕けるのか試してみたのだ。」
「私の周りにそんなものが?」
「恐らくジャレッドの守るという強い意志に彫刻が反応したのだろう。あらゆる攻撃から身を守ってくれるはずだ」
「ジャレッド……」
どうやら、私にはジャレッドが使った彫刻の力で、見えない盾の様なもので守られているらしい。
魔王様の斧を砕けさせる程の盾、魔族の幹部達が驚いていた事に私は納得した。
その後、私は魔王様の厚意により城に住まわせてもらう事となった。
ジャレッドが無くなった3日後に私は一人で洞窟に向かった。
少し心細かったが、ジャレッドがくれたネックレスを握りしめ歩く。
「………」
洞窟中央に、漆黒の騎士が黒い魔力のオーラを放ち立っていた。サーシャはその背中から、あの時のジャレッドの面影を感じていた。
「ありがとう、ジャレッド。私を守ってくれて……」
「………」
もちろんそこにジャレッドはもういない。漆黒の騎士は動くこと無くただ立ち尽くす。
「そういえば名前決めたの。メア。いい名前でしょ。生まれてくるのは、多分女の子な気がするの。男の子だったらまた考えるけど…」
「………」
「ジャレッドが私に初めてプレゼントしてくれた宝石の名前から取ったの。単純かもしれないけど、本当に嬉しかったの…」
「………」
返事はもちろんないが、それでもサーシャはジャレッドとの思い出を話した。
「それと…これはずっと秘密だったんだけど、私…、初めてジャレッドを見た時の記憶覚えてるの……」
「………」
「あの時は咄嗟に記憶がないふりをしたんだけど、あなたがどうしても悪い人には見えなかったの。それどころか話してるうちに、どんどん好きになってしまったの…」
「………」
「あなたが必死で考えて、どうにもできなくなって困ってる表情が好きだったから……えへへ」
「………」
「それから半年は、私ばかり好きになる一方で全然あなたは振り向いてくれなかった。少しだけ自信を無くしちゃった時もあったのよ。」
「………」
「でも、あの誕生日の夜。ジャレッドと私が同じ気持ちだった事が分かって、とっても、とっても嬉しくて…」
「……」
「ありがとう、ジャレッド。私はあなたを永遠に愛しているわ……」
サーシャはこの言葉もこの思いも、すでにジャレッドには届かない事は分かっていた。しかし、こうして言葉にして話さなければ、ずっと溢れる涙を止める事は出来なかったのだ。
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