21話 彫刻の代償10
魔族というのは魔王を中心とした忠実な種族である。命令は絶対で裏切りは死を意味する。
サーシャと結ばれて3日が過ぎ、俺はサーシャに改めて全てを話した。
俺の聖霊都市での最後の任務は、協会が隠し持っている魔導書と彫刻を魔王様に届ける事。
その後はどうなるかは分からないが、サーシャは離れ離れになるのなら全てを捨てても俺と一緒に生きて行きたいと言った。
「魔導書はもうないか。」
「急ぎましょう。日が昇るわ」
そうして俺は教会から彫刻を盗み出して、サーシャと魔界に駆け落ちする様に逃げている。
第5王女が消えればもちろん城は騒ぎとなる。それに教会から彫刻が盗まれたとなれば、軍と教会は総出で俺たちを追うだろう。
「ここまで逃げれば、あとは洞窟を抜けて魔王様がいる城に一直線だ。」
「でもジャレッド、傷が酷いわ……」
俺たちは聖霊都市を抜けるまでは良かったが、その後に探知魔法に長けた者に場所を特定された。そして、一気に距離を詰められ多対一の戦闘を続けていた。
この洞窟まで来るのにサーシャは既に売国奴という扱いで、国から暗殺対象となっていた。
魔族の俺も魔力に限界がある。正直もうサーシャを守りながら戦う魔力は底を付きかけていた。
俺はサーシャの肩を借り、洞窟を歩きながら話した。
「聞いてくれサーシャ、この洞窟を抜ければ魔族の援軍がいる。この彫刻を持って、マルファスという男に合って話をすれば助けてくれるはずだ。」
「ジャレッド、あなたは?」
「大丈夫だ、いざとなればコイツを使うさ……」
俺はそう言って複数ある彫刻の内の、馬の形を模した物を選びサーシャに見せた。
そうしてサーシャの背中を押して笑顔でサーシャを見送る。
「ほら、行って、大丈夫だから」
「ジャレッド! 私……待ってるからね。絶対だから!」
「分かってるさ、そうだ、待ってる間に子供の名前でも考えていてくれ。そうすればすぐだろう……」
「うん! 分かったわ! ……愛してるわジャレッド!」
「俺もだ、サーシャ」
俺は無理やりに声を張って遠く歩くサーシャに少しでも元気だと伝わるようにし、別れをつげた。
もうすでに立っていることも限界だろう。そんな俺を待たせるわけもなく、予想した通り追手は来ていた。
「20、30、50いや……、まだいるのか?」
足音から大体の人数を予想する。洞窟を抜けるルートは魔族しか知らないが数で無理やりと言った感じだろうか。
「いたぞ! 魔族の男だ!」
「よくやった。コイツがサーシャ姫をたぶらかした奴か……」
洞窟の奥から兵士たちが湧くように出てくる。
ごちゃごちゃと何かを言っているが、ここは戦場だ。俺は右手に全魔力を圧縮した球体を爆発させるように前方に放つ。
物凄い衝撃波で、地面と洞窟全体が揺れ岩が崩れ落ちる。
衝撃波の近くにいた兵士は全身に強い衝撃を受け死亡した。
奥の兵士は洞窟から剥がれ落ちた岩の雨に当たって重傷だった。
「シンプルだが強いだろ? へへっ」
俺は気味の悪い笑みを浮かべた。傷は致命傷、あとは命が尽きるのを待つのみ既に退路は無くこの先に待つ結末は変わらない。
しかし、このままサーシャを渡すわけにはいかない。
砂煙が晴れ、洞窟内の魔法石がキラキラと光る。
「死にかけの魔族の最後の一撃と見た。」
「へへっ、まだ、いやがるのかよ」
兵士たちの死体の山の奥から隊長と呼ばれる男が出てきた。
「そこまでして姫様を守るか、しかしもう限界のようだな。お前を殺したあと、サーシャ姫は私が責任を持って殺すと約束をする。諦めて眠れ……」
「諦める、か、ここから先は。例え死んでも……誰一人として通さない……」
「言葉は不要か、はあ!」
隊長は走り、魔力を込めた剣から渾身の一撃をジャレッドに叩き込む。
その瞬間ガラスがはじけたような音が、洞窟に響き渡った。
地面に落ち砕け割れたのは馬の形をしたガラスの彫刻だった。
「ングッ……」
それは、一瞬の判断だった。
カランっと高い金属音をたて隊長の持っていた剣が地面に落ち、遅れて片腕が地面に落ちる。
隊長はギリギリの所で後ろに飛び、二振り目を交わす。
「隊長!」
部下が近づき回復魔法で止血を急ぐ。
「………」
隊長は睨むように、全力で切りかかった相手を見た。
そこには全身漆黒の防具で身を包んだ騎士が、ただ一人立っていた。
漆黒の騎士からは溢れる魔力のオーラ―と、ただこの先を進む者を殺すという殺気のみを感じていた。
「アーティファクト、教会側の奴…やはり隠していたか」
「皆の者! 隊長は軽傷だ。俺たちで囲い全力で潰すぞ!」
誰もが絶対にかなわない相手を前に口を閉ざすが、王家直属の部隊の一人は叫んだ。
しかし隊長はそれを止める。
「やめろ! この戦い、俺たちの負けだ。奴は彫刻を使ったこれ以上先に進む事は不可能だ!」
隊長の指示に部下たちは渋々従っていたが、この場にいる誰もが漆黒の騎士に勝てない事を分かっていた。
もう魔族ですらない何かに誰もが怯えていた。
「………」
洞窟の中央でただ立ち尽くす漆黒の騎士。その者は何も考える事も無く、何も感じる事も無く魔力という力の塊でしかない存在。
洞窟の先に進もうとする者がいるのなら、ただ殺す。誰一人として通さない。ただ一つの目的のみを永遠に果し続けるだろう。
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