17話 彫刻の代償6


上層では貴族や王家に近い関係を持つ人間が多い。階級や地位、能力値の高い者が住んでいる。

治安はもちろんよく、人自体かなり少ない。大きな城と住宅地がほとんどだ。


「はぁ、なんでこうなったのか」


俺は現在サーシャ姫の護衛という任務を受けている。

仕事自体に不満はない、ただこれが仕事なのかよくわからない状況だった。

既に3ヵ月近くの月日が過ぎた。起こった事と言えば、サーシャを嫌う貴族が暗殺の刺客をだし、それを返り打ちにしたこと。

そして、傭兵上がりの俺が気に食わないのか現在城の庭で公開決闘をしている。


「ふざけるなよ! 魔法も使えない傭兵ごときがなんで、ぼ、僕のサーシャ姫に、て、手を!あぁあああああ」


貴族の気品を忘れ奇声を上げながら俺に魔法をぶつけてくる。魔法陣は2層で水と風を合わせた魔法だった。


「魔法のセンスはいいんじゃないか。ただ、これじゃ当たらない」


2層の高威力の魔法を放つ決闘相手は冷静さを欠いていた。

いくら威力が高くても、一直線に突き進む魔法を避けるのは簡単だった。

一応城の庭、決闘をする正式な場ではない。最初は貴族の坊ちゃんも加減はしていたようだが、次第に威力を上げてきた。

俺はどう終わらせるべきなのか避けながら考えていた。

そもそも、思い出すとサーシャが悪い。

数時間前の事である。俺はサーシャの部屋で適当に雑談をしていた。


「ねえジャレッド。そろそろ一緒に住んでもいいんじゃないかしら? いくら城の近くに住んでいるとしても不便でしょ?」


「いや、満足してるよ。俺は下層でも普通の生活をしていたわけだし。それに護衛範囲もほぼ中層までだしな……」


もちろん王女を護衛をする場合、城内に住むのは普通だ、しかし俺は情報収集をする為にある程度自由な時間、行動範囲は確保しておきたかった。

ソファーにどっしりと座る俺に、サーシャは後ろから抱き着くように俺に話しかけていた。

第5王女の部屋で堂々とした態度でくつろぐ護衛が、もし他の貴族に見られたらと思うと面倒だが今更サーシャ相手に態度を変えるのも面倒だった。そもそもコイツが馴れ馴れしい、普通の女の子にしか見えない。


「えー、他の護衛の人たちは同じ城に住んでいるのに~」


そう言って、俺の隣に座わり肩をぶつけてくる。

俺は飲みかけていた紅茶をこぼしそうになり焦った。


「おいバカ! こぼれるだろ。」


「いいじゃない。それよりも私、今日のお見合いの件だけど嫌なの……」


「なんでだ? 今回は魔法も強く、それなりの地位がある貴族だろ? 確か顔も悪くはなかったはずだが」


俺は心底不思議だった。護衛をする手前、月に1度のお見合いを見てきたが、相手は能力値が高くまともな奴しかいない。

むしろ、俺が女なら普通に結婚を考えるレベルだ。

そんな訳で、最近サーシャはおかしいんじゃないかと思い始めていた。

全く失礼を感じさせない相手に言動がなよなよしてる感じがして不快だとか、しゃべっていて疲れるだとか。とにかくめちゃくちゃだった。

わがまま王女様という奴なのだろう。


「嫌って言っても、もう約束の時間だろ? 俺としては動かなければ楽だから問題はないが」


「あるの! 問題しかないの! もう何で分からないの? 私たちもう出会ってから3ヵ月も立ったのにまだ…」


サーシャ姫が言い終わる前に入口から部屋をノックする音がし、メイドが扉を開いた。


「失礼します。サーシャ様、本日のお見合いの時間がとうに過ぎておりまして、お相手のミルホン様がこちらに迎えに来たそうです。通してもよろしいでしょうか?」


「はぁ……、わたくしミルホン様は少し苦手なの、断っておいて……」


サーシャ姫が言い終わる前に、貴族のミルホンはメイドを押しのけ部屋に入ってきた。


「サーシャ姫! 遅いですよ!ぼ、僕はこの日を待ちに待ちに待ったというのに! いや、僕の待った年月に比べればたかが数分、数時間なんて大したことは無いのですがね!」


ミルホンという男は、とても興奮したようにサーシャに話しかけていた。俺はちょっとした修羅場を眺めていた。


「ミルホン様、わたくしは本日はあまり体調が優れないのです。ご足労頂いて誠に申し訳ないのですが、今回のお見合いは無かったことに……」


「いいや! 大丈夫、元気にして見せます。ぼ、ぼくの回復魔法にかかれば一発ですよ!痛いの痛いのとんでけー!」


サーシャのあからさまな嘘と拒絶にひるむこと無く回復魔法をかける。

もちろん健康なサーシャに効果は無いが、ミルホン本人はお見合いする事しか頭にないらしい。

というかコイツ外見は普通で魔法も使えて優秀そうだが、ちょっと頭おかしいのか?

俺はテーブルに置かれたクッキーをポリポリと食べながら思った。


「もう、なんでいつもこうなのかしら。好きな殿方には振り向いてもらえずにどうでもいい男に私は好かれ」


「すっ、好きな殿方。もしかして僕のことですか!」


「違いますわ!」


ミルホンは嬉しそうにサーシャに聞いたが、一瞬で玉砕していた。

これは後から聞いた話だが、ミルホンはサーシャが幼い頃からずっと好きで付きまとっていたらしい。

サーシャは一貫して拒絶し続けたが全く効果が無かったらしい。


「なっ、なんでですか?まさか、その男が好きとでも冗談を言うつもりですか?」


「ん?」


俺は急にミルホンに指をさされ、恋敵でも見るような目で見られた。

そんなミルホンを見てサーシャは悪い笑顔を浮かべていた。


「そうよ、わたくしこのジャレッドが好きなの。もう裸で一緒に寝る仲ですの」


「えっ……そんな……」


人間は何か受け入れられない事が起こると言葉を失うらしい、ミルホンは10秒ぐらい固まっていた。

そして、ミルホンは体をプルプルと震えさせながら話し出した。


「う、嘘だ、ぼっ、僕は信じないぞ! おい、お前!確か最近サーシャ姫の周りをうろついてるの見ていたが、本当なのか!? ちなみに嘘をついても僕の魔法です、すぐにわかるんだからな!」


「あー、裸で一緒に寝たのは本当だな。だがな…」


「ひぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」


ミルホンは嘘を見抜く魔法を発動させながら、俺の話を途中まで聞いて発狂しだした。

隣でサーシャはニヤニヤと笑みを浮かべながら笑っている。

俺は思わぬとばっちりを食らい面倒だが、涙目のミルホンを慰めるべく声をかけた。


「おい、聞けって、裸で寝たのは本当だが一緒に寝ただけだ。つまりその、な? うん」


言ってて恥ずかしくなってきた、なんで俺はこんな男の為にわざわざくだらない事を1から説明しなくてはならないのかと。

というか俺の話を聞いてないな…

崩れ落ちたミルホンは床の一点を見つめながら一言しゃべった。


「……決闘だ。」


「は?」


「えっ」


「1時間後この城の庭で待っている。もし来なければ、決闘も受けれない弱い護衛なんて王様が許さないでしょう!」


ミルホンはそう言って立ち去って行った。この発言に俺は何を言い出したんだと思いサーシャを見る。

サーシャはかなり驚いた表情をしていた。

その理由も、この聖霊都市で決闘をする事はとても重い。何かを手に入れる為には何かを失わなければならない。

決闘を挑む者は地位と名誉を賭けなければならない。敗北すれば貴族ではなくなり中層、下層に住むことになる。

受ける者は勝てばその者の地位と名誉を手に入れ、負ければ勝者に全てを差し出さなければならない。


もちろん命を懸けた殺し合いだ。敗北を認めさせるか、命を絶つまで終わらない。この決闘が終わるまで聖霊都市から出る事もできない魔法による誓約が交わされる。

決闘が始まればそこに和睦はないのだ。

俺はサーシャに決闘の説明を受けて仕方がなく受ける事にした。


「チッ、とばっちりだが受けるしかないか……」


「ふふっ、ありがとジャレッド。」


「サーシャの為じゃないぞ」


「分かってるわ」


サーシャは嬉しそうにニコニコしていた。

俺が決闘を受ける理由はシンプルにムカついたからだ。何で俺だけがこんな目に合わなければならないのか、真面目に護衛の仕事をして、情報収集までして挙句の果てに断れば仕事をクビだ。

せっかく運がよく上層に出入りできるようになったというのに。

あの坊ちゃん貴族のせいで全てがダメになるとかありえない。

あとは教会に侵入してアーティファクトを奪って魔界に帰るつもりだというのに。


1人でぶつぶつといら立っているのに、サーシャ姫は何故か頬を赤くして嬉しそうにソワソワしていた。


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