16話 彫刻の代償5


日は既に昇り下層を血眼になって探す王家直属の部隊は、3つの不自然な血だまりから痕跡をたどりジャレッドの家の前についていた。


「ここか、いくぞ」


隊長の脳裏には、最悪サーシャ姫は死体になっている事を意識せざるを得なかった。

隊長は部下に指示をだし、扉を蹴り飛ばし開ける。

建物を囲むように、裏口にも部下に抑えさせ逃げる隙を与えない。

バンッと扉が強く開かれる。


「サーシャ姫! おられますか?」


隊長は剣を構え家の中に入る。

部屋の中にはベットと家具が置かれているだけのもぬけの殻だった。


「隊長、これはやられましたね。」


「どうやらこの家にいたのは間違いなさそうだが……」


家の中を軽く漁ってみる。どこにでもあるような一人暮らしの家か、しかし洗濯装置の中に姫の衣服が入っているのを見つけた。


「殺されている可能性は低そうですが、衣類、下着も全て奇麗に洗濯されていますね。つまり……」


「言わなくていい。」


考えられる可能性は人攫いが人を売る時に、身ぐるみをはがし高そうな服はきれいに洗い高値で売る事が多い。

そして姫は今頃は冷たく重い首輪に、鎖でつながれた手錠を掛けられ奴隷として売られているはず。この聖霊都市にいる可能性は低い事は明白だった。

最悪買われる前に取り戻せたとしても、傷物の姫は王家の恥として内密に殺された事として処分される。

つまり、生きてはいても死んだ存在となるのだ。


「行くぞ。」


部下に洗濯が終わり、奇麗に乾燥までされた衣類をかき集めさせた。

これ以上の追跡は不可能と判断し、隊長は上層の城に戻る事にした。

足取りは重く隊長として責任を取る事を覚悟していた。

そんな暗く絶望しかない王家直属の部隊とすれ違うように、ジャレッドとサーシャ姫は中層にいた。

中層は聖霊都市の大部分を占める区間で、住む人々は衣食住もそれなりに安定している人が多く平民という階級が多い。

大戦中でも街はそれなりににぎわっている。


「ねぇねぇ、ジャレッドわたくしポテトフライというものが食べてみたいの!」


「朝からポテトフライは、って違うか。もう昼だったな無駄に待ちすぎたか。それにしても本当に姫様なのか?」


俺は馴れ馴れしく腕を組まれ、女の子に引っ張られていた。

サーシャは城を抜け出するのが初めてではなく、何か嫌な事があると街を適当にぶらつくらしい。

いつもは半日も立たずに、直属の部隊に見つかって連れ去られるらしい。

しかし今回は、認識をそらす魔法をかけて聖霊都市の外に行く気だったらしい。

目覚めてから1時間ぐらい家で話しながらその部隊を待っていたが、来る気配はなかった。

痺れを切らした俺たちは、腹が減ったのでサーシャと一緒にご飯を食べに中層へ行っていた。


「姫です! これでも第5王女です! 今は認識をそらす魔法がかかってるから町娘にしか見えないかもしれませんが……」


「ほらサーシャ、ついたぞ。ここのバーガーは上手いぞ」


「もう、ジャレッドのバカ」


少し不満げに言うサーシャに俺は適当に流しながら食事をする。

サーシャは初対面の俺に異常に心を許していた。

俺は最初は何か思惑があるのかを疑っていたが、距離感が近い王女様と今は考えを留めている。

貴族に言い寄られる話とか、お見合いを永遠に断わり続けていたら暗殺者に命を狙われる事が増えている話などを聞いていた。

話すうちに、この子が孤独な姫様だという事が分かった。

城内では腐っても第五王女という立ち位置で友達もおらず心を許せる存在がいなかったらしい。

そんな日々で、軽い人間不信とストレスも重なったのか対等に接する俺になついてる?らしい……

俺としては一応可愛い子だし悪い気はしないが、本来の目的だと第五王女と言っても殺害対象でもあるのだが…


「それでね。ジャレッドあなたに私の護衛をしてもらいたいの。」


「ん、ああいいんじゃないか」


「ほんと! それは嬉し、じゃなくてよかったわ。うん」


サーシャ姫は命の恩人であり、話せば話すほど心を許せる存在になっていくジャレッドをとても気に入っていた。

表情がコロコロと変わり面白い子だなと思いながら、俺は適当に相槌を打ち話を聞いていた。


「君は悪くない。そういうこともある。」


「城の人は傭兵だと言って最初は嫌がるかもしれないけど、やっぱりジャレッドぐらい強くないとダメだと思うの!」


「あぁ、貴族はひょろい奴が多いもんな」


俺は飯を食い終わりコーヒーを飲みながらサーシャの話を永遠に聞き続けた。

それから上層に入り城にサーシャ姫を送り届けた。

この適当な返事をしたせいか、俺はいつの間にかサーシャ姫の護衛として働いている。

俺は何をやっているのだろうか、まあ命があるだけ運がいいと思うべきなのか、ただ本当にサーシャ姫は俺が魔族だと気づいていないのか分からない。


とにかく今は時間が必要だ。俺に拒否権はない、そんな日々は続く。



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