12話 彫刻の代償




何かを得るには何かを失わなければならない。途方も無い夢を追って、その先に同じ結末が待っていたとしても。それでも、全てを失ってでも成し遂げたいことがあるはずだ。


男の右手には、騎士の形をした彫刻が握られていた。彫刻の見た目はガラスの様に割れやすそうだが、ハンマーで叩いても割れないほど固い。しかし何で出来ているのか分からない、いわゆるアーティファクトと呼ばれる物だった。



「その男は、魔王直属の部下で彫刻の所持者。名はジャレッド、精霊都市の情報を得る為にスパイとして派遣され姫の情報を入手し、隙あれば殺す命令を受けていたらしい。」


洞窟を進みながら、オルトは淡々と話しだす。ジョーカーは歩きながら黙って聞いていた。


聖霊都市は中心の城から離れるごとに、上層中層下層と3つの区間があり、貧富の差と治安もそれと同じ様に分かれていた。

ジャレッドは聖霊都市に侵入し、しばらくの間、傭兵として活動していた。その間に聖霊都市の仕組みや魔術開発組織、教会の魔導書など少しづつ情報収集し仕事をこなしていた。


しかし、精霊都市の中層では活動できても、上層となると王家や直属の護衛兵、上級貴族など一傭兵が侵入し情報を集めることは難しかった。

そんな時に転機が起きた。聖霊都市の第5王妃が城を抜け出したという情報を得たのだ。


第5王妃のサーシャ姫はとても破天荒な性格で、城の生活がとても嫌いだったらしい。年齢が1歳上がるごとに貴族たちの擦りよりが多くなり、政略結婚の話が後を絶たない日々だったとか。

情報をいち早く手に入れていたジャレッドは誰よりも早く姫を探し出していた。


「見つけた。こんな昼間に家出か、普通は夜を選ぶべきだが」


抜け出した時間から移動距離と隠れる場所や通る道を予測する事は簡単だった。

サーシャ姫は砂漠を横断する様な服装で、フードを深く被り顔を隠して歩いていた。このまま下層を抜けて他国でも目指すのだろうか? いや一国の姫、流石に下層に武器も持たずに行くわけ無いよな。俺は家出少女の動向に興味が湧いた。


「全く、本当にありえないんだから。なんで私があんなヒョロヒョロで、剣一つ振るうことすらでき無い貴族と結婚しなきゃいけないのよ」


サーシャ姫は怒りで思っていた事を無意識に口走っていた。俺は見失わない程度の距離から監視を続けた。


本人はフードを被り隠しているが、少し目立っている。足取りは早く、怒りで地面を強く蹴るようにして進んでいた。


「あれは相当怒っているな、このままだと本当に下層に入り他国に行く気だろうな……」


ため息をつき、俺はサーシャ姫が日々、籠の中の鳥で世間知らずのお嬢様のような生活を送っていることがよく分かった。

下層に進んだところで、俺は気配を消すのをやめた。急ぎサーシャ姫に近づくために歩くのを早める。

このまま説得し最悪捕まえて姫の親に届ければ、上層の貴族とコネができるな。悪くない。

そう思っていたが事態は急変する。


「キャッ」


ほんの一瞬だった。家の角を曲がり薄暗い路地に入った瞬間に、サーシャ姫は口元を布で抑えられ謎の男達に攫われた。サーシャ姫は必死に抵抗しているが力が及ばない。


「おい! 大人しくしろ女! これ以上暴れたら犯す前に殺すぞ!」


男達は手際よくロープで手足を縛り、口元も布で叫べない様に縛った。


「ヒィッ!」


ドスッと鈍い音が響く。男はサーシャ姫の腹部を一回殴り脅した。声すら出せずにたサーシャ姫の瞳からは涙が溢れ、恐怖のあまり全身が痙攣するように震えていた。

この男達に力では絶対に敵わない、いつ殺されるかも分からない、生物としての絶対的な差と弱肉強食のみが支配する世界を一瞬で脳に刻み込まれた。


「チッ、あのバカ姫!」


俺は一瞬で魔装を展開し、足に魔力を集中させ地面を強く蹴り込み加速する。

もしアイツらが転移魔法を使えたら間に合わないだろう。魔法陣が一人の男の手から地面に浮かび上がる。


「誰だっ」


男達の一人が殺気にきずいたらしい。

俺は加速したまま、漆黒の剣を創造と同時に横に振るった。

それは瞬きする時間さえ与えなかった。男達は魔法を発動し、剣を鞘から抜く前に首が飛んでいた。


「3人か、転移魔法じゃ無くて認識阻害の魔法を使うタイプか。危なかった……」


飛んだ3つの首が地面に転がり胴体は地面に伏した。


「んッ!」


サーシャ姫の怯えた顔から服には、男達の血がべっとりとかかっていた。サーシャ姫は恐怖の許容範囲を超えてしまったのか、そのまま腰を抜かし失禁した。


「おい、大丈夫か?って……あっ」


俺は助けたと同時に一つ大切なことを忘れていたらしい。魔装に剣の創造、魔族の得意分野を堂々披露してしまった事に。それに急いでたから赤い瞳、角に尻尾まで見えている。聖霊都市のお嬢様なら知らない人攫いよりも、小さい頃から恐ろしいと言われる魔族の方が怖いか。


「……」  


「おーい」


ほおを叩くも起きる気配はない、サーシャ姫は気絶していた。

これは起きた時に、僕は魔族じゃないですよ。なんて言い訳したところで遅いよな…


「はぁ、面倒くさい事になったな」


俺はため息を漏らし、とにかく場所を変える為にサーシャ姫を抱えて下層の自宅へ向かった。

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