3話 いきなり勇者
魔界の薄暗い森の中。4人を乗せた4頭の馬が疾風の如く駆け抜ける。
その者たちの装備は最低限の物だけで、今から魔界の城に行くとは到底思えない程だった。
通常なら荷馬車を用意して補給や退路を考慮し、複数の部隊で侵攻する。
しかしこの4人の部隊は勇者を先頭に少数で早急に目的地へ向かう理由があった。
「着いたか」
城門に着くと勇者ファイムは仲間たちに指示を仰ぐ。
「私の魔法で城門をこじ開け一気に城内に攻め込む。上位魔族と敵対次第ダンカとルッフェ、お前たちに任せる」
「招致した」
「うむ」
ダンカとルッフェは頷いた。
二人は、聖霊都市で強者しか入る事の出来ない騎士団に所属している。
卓越した腕前は、魔族相手にも引けを取る事はないだろう。
3人の間に入るように、魔術師の女の子が勇者に話しかけた。
「勇者様~、私は~?」
「あぁ、リムは雑魚共の掃除とダンカとルッフェの援護を頼む」
「はーい」
魔術師のリムはチームに欠かせない回復魔法を使える部隊唯一の女性だった。
そして勇者にとっては、愛する大切な人でもある。
無邪気に振舞うリムの表情を見てから勇者は門に向かった。
「よし、行くぞ!」
勇者は剣に二層魔法陣を展開し、高火力の炎を風に乗せ城の門に放つ。
まるでドラゴンのブレスを受けたように、魔鋼鉄で出来た頑丈な扉が吹き飛んだ。
城を揺らすほどの衝撃波が城内に響く。
城内で話をしていたメアとアヤトは、下の階で派手な爆発音がしたことに驚いた。
「もう来たのね、予想より早い!」
「おい、メア! 勇者様は待ってくれないようだが、俺は魔法とか使えるのか?」
「赤い瞳を持つ魔族なら使えるはずよ。それに私の魔力ほとんど持って行ったのよ、使えなかったら許さないわ!」
どうやら俺を召喚した事でメアは魔力をかなり消耗したらしい。
メアは腕を組み、少し怒った表情で言った。
俺はゲームでいう所のチュートリアルを済ませるべく魔法の呪文をメアに聞く。
「許さないって、まあいい。とりあえず一つ、魔法の呪文とかッ……」
俺は体の違和感の方へ視線を移すと、胸に銀色の板が刺さっていた。
どうやら会話している暇すらなく、俺は勇者に後ろから刺されたらしい。
刺された事を脳が認識し、背中と胸が火傷した様に熱かった。
「ぐっ……」
勇者は突き刺さった剣を引き抜き、俺の背中を蹴り飛ばした。
俺は地面に転がりそのまま意識が消えそうになる。
視界に写った勇者は剣を払い、床には赤い血がべっとりとこびりついていた。
「お前が魔王の娘、メアで間違いないか?」
勇者は俺には全く興味をしめさずに、メアに話しかけた。
「そっ、そうよ! 私が魔王の娘。メアよ! あなたは何者なの?」
怯えながら強がってるメアを俺はローアングルで血を流しながら見ていた。
痛みもリアルで激痛だが、不思議と死ぬ気はしない。
ひんやりとした床の温度を感じながら、俺はメアのパンツを凝視しながら考えた。
このゲームは死にゲーだったっけ?
PVは普通の冒険系だったような……
そもそもアイコン出ないしバグか?
いや、死なないとログアウトできない仕様とか?
てか俺は今、死んでるんじゃないのか?
あれ……さっきは死ぬほど痛かったのに、痛くないな。
まあ、そんな事どうでもいいか! それよりも、悪魔娘は黒のパンツなのね。
素晴らしい。
俺は死んだふりをしつつ、二人の会話を聞いていた。
「我が名はファイム! 魔王が死んだ今、娘の貴様を殺しこの戦争を完全に終結させにきた。しかし、我とて勇者だ、速やかに命を差し出すのであれば……痛みを感じるまでもなく死を与えられる。おとなしく首を差し出してはくれまいか?」
おいおいおい! メアには丁寧だな。
俺は? 刺す前に刺していいですかって聞いたか? 聞きましたか? なに、不意打ちして俺をぶっ殺してんのにホントムカつく!
俺は怒りに任せて立ち上がろうとするも体は動かなかった。
「首を差し出せ? お父様を殺したくせに、勇者も随分と私をなめてくれるのね」
メアは涙をこらえる表情と、怒りで声を震わせながら右手に三層の魔法陣を展開している。
俺は一瞬、空気の流れが完全に止まったような錯覚を感じた。
メアは赤い瞳を光らせながら、構わず魔法を発動させ空間が歪みだす
赤と黒と銀色の魔法陣がメアの右手に螺旋をゆっくりと描きながら回転する。
「何ッ! 体が動かない!」
「お父様の仇! くらいなさい! ペルセヴェランシア・デ・ラ・メモリア!」
勇者に向けて放たれた魔法は形を成す前に光を発しただけで消えた。
「嘘……魔力が足りない……」
メアは魔法が発動しなかったことが影響してるのか、その場に倒れた。
「ふーびっくりさせるね。そんな最上級魔法を放たれたら存在自体を消されていたよ」
勇者は相当焦ったのか剣を強く握ったまま構えて動かない。
「まさか魔王の娘が魔力不足で魔法が使えないとは。私が魔王を殺してから1週間のうちに勇者召喚の書を書き換え何者かを召喚しているかと、少し警戒していたが杞憂だったようだ」
魔法が使えないと知っても、勇者は警戒をし距離を取りつつ剣に魔法を展開させる。
魔王を倒すほどの勇者だ、警戒は怠らないのだろう。
「魔王の最後の言葉の答えがこの娘か。魔力切れさえなければ切り札になりえたかもしれないな……」
「まあいい、火力は落ちているがこの聖剣カルメルで魔王をやった時と同じ炎で消してやろう」
勇者の剣から二層の魔法陣が展開され、剣を覆うように物凄い勢いで炎が暴れだす。
俺はさっきまでゲームのオープニングを見るように二人を見ていた。
しかし、勇者が本気でメアを殺そうとしているのを見て焦りを感じた。
「(おい、ヤバいんじゃないか? あの炎を食らったら間違いなくメアは死ぬ)」
メアは気絶したまま動く気配はない。だが勇者は無慈悲にも剣を振りかざした。
「はあっ!」
聖剣カルメルから業火が嵐のような勢いでメアを襲う。
「クッソがっ!」
俺はここで動かなければいけないという衝動にかられていた。
気づけば一瞬で立ち上がり、メアを炎の進路から遠ざける為に動いていた。
勇者に刺された傷口はふさがり、体中に沸騰するような魔力を感じる。
自分の命欲しさに、初めて会ったばかりの女の子を見殺しには出来なかったのだ。
体の使い方は、頭で理解するよりも先に瞬時に動く。
そして、メアを抱きかかえて物陰に移動していた。
「おい、メアしっかりしろ」
俺は小声で話しかけるもメアの意識はない。
「(この状況下で、俺一人で勇者を相手にするしかないのか)」
俺は、床に落ちていた壁飾りの剣をゆっくりと握った。
「あっけない、勇者3人を殺した魔王の娘と期待したが,とんだ幕引きとなったか……」
勇者は剣を鞘に納めた。
どうやら勇者は高火力魔法でメアを消し去ったと思っているらしい。
それに俺の死体があった場所に何もない事にまだ気づいていないようだ。
これは不意打ちのチャンスかもしれない。
だが冷静に考えると、魔王を倒すほどの実力持ちの勇者、戦い方も知らずに俺が勝てる訳がない。
しかし逃げるにしても追いつかれる事は間違いない。
このまま運任せで隠れていても、勇者の味方の能力で残存兵を見つける魔法があった場合終わりだ。
つまり逃げるのはあり得ない。
それならば、どうやって倒すかを俺は冷静に思考を巡らせる。
傷口は塞がってるから超回復能力の様な物はありそうだが、首をはねられたら間違いなく死ぬだろう。
無謀に戦うしかないが、俺は魔法の使い方も分からない。それに剣なんて触るのは初めてだ。
どう考えても勝てないが勇者が気づいていない今、やはり一か八かの不意打ちをやるしかない!
そう思い俺が踏み込む瞬間だった。
「勇者様~、早すぎますよ~、私、もう限界ですー」
「遅いぞ! リム」
後から来たのは見た目が魔法使いの女だった。
クソッ! 仲間か、まずいな二対一じゃ勝ち目はない。
俺は冷静に踏み留まる。
「あ~、もう終わったんですね~勇者様強すぎます~!」
「帰るぞリム。ダンカとルッフェは?」
勇者はリムの頭をポンポンと撫でながら聞いた。
「あの二人は幹部とまだ戦ってます。ダンカさんが『俺たちより勇者様の援護を』って言われたので来ました!」
「まあ、あの二人なら余裕か……おぃ、リム? ……お前」
勇者は驚いた顔でリムを見た。
「ゆ、うっしゃ……さま……」
リムは何が起こったか理解する前に意識を落とす。
「後ろから不意打ちをくらい、殺される気分を教えてやろうと思ったが……まぁいいか」
俺は女の魔法使いを背後から心臓を突き刺し、剣を引き抜き蹴り飛ばした。
俺としては既に詰んでいる状況。せめて確実に1人をやる事を優先したが、成功したようだ。
「貴様ぁああああああああ!」
勇者は俺に向かって真っすぐ剣を振り下ろす。
感情剥き出しの単調な剣筋だった。
あまりにもゆっくりと動く剣を俺はしっかりと見切っていた。
「少し落ち着けよ、勇者様。お前が俺にやったことを再現してやっただけだろ?」
剣を交えつつ俺は勇者を煽った。
「魔装もしていない下級魔族の雑魚が何故生きている! 貴様は俺が殺したはず!」
さらに勇者は力任せに剣を俺に振りかざすが、俺は避けて距離を取った。
「(このまま剣で切りあえば、剣術をしらない俺は間違いなく死ぬだろう。一人殺せた事は大きいが、状況は間違いなく不利だ。何か打開策は……)」
俺は会話を続けた。
「俺だって、なぜ生きているのか知りたいね。もしかしたら、そこの女も生き返るかもな」
自分で言っておいて最低だが、俺は中々にゲスイ事を言う。
まあゲームとは言え、相手を煽って正常な判断をさせない戦術だとすれば聞こえはいいが……
「リムは。俺の大切な……とても大切な人だったのに! お前は!」
勇者は怒りに任せて剣を振る事を辞め、剣を地面に突き刺し俺を睨んだ。
「私を本気にさせたのは、お前で二人目だ!」
勇者は怒りを爆発させ、地面に刺さった剣から一層の魔法陣が展開される。それと同時に地面が少し揺れた。
「なっ、なにっ! 下か」
距離を取っていた俺を捕まえるために、地面から鎖が突き出し俺の左足は拘束された。
「まずいな……これは……」
「魔術封じの鎖だ。魔王を殺した時に使った物だ。魔装をしてないと言う事は何かの特殊魔術に長けているんだろ? 残念だったな!」
勇者は地面から剣を引き抜き剣に二層の魔法陣を展開させる。
「いや、やめよう。確実にお前を殺す為にこの剣で首を跳ねてやる!」
先ほどの炎魔法はやめるらしいが、勇者は真っすぐこちらに向かってくる。
このままでは確実に殺される。何かないのか……
死を意識した俺の脳内は、何も考える事ができずにいた。
しかし、メアを助けた時と同じように無意識に体が動き出す。
拘束されてない右足を後ろにして、左手に剣を逆手持ちした。姿勢は低く右手は後ろに隠し敵の動きを受け入れる体制を作っていた。
「さっさとくたばれ! 下級魔族がぁあああああ」
勇者は剣を両手で力ずよく持ち、水平に俺の首を一直線に振り払う
「ぐっ……」
金属がぶつかる音が響く。
俺の剣は勇者の一撃を片手で完全に受けきる事は出来ず、そのまま首に少し食い込んだ。
だが……剣は止まった。
確実に勇者が止まるこの一瞬を俺は逃さなかった。
バチッと静電気の様な音を立て、黒い小さな球に魔力を圧縮するイメージを俺はしていた。
そしてそのまま、右手に貯めた魔力を爆発させるようなイメージで勇者の胸に打ち込んだ。
「なにっ!」
勇者はとっさに後ろに逸れ、回避しようとするが遅かった。
「これでぇええええ!!!」
黒く圧縮された魔力の塊が勢いよく爆発し、勇者の上半身を消し飛ばした。
爆発の衝撃波は城の壁に穴を開け、爆風が外に吹き抜ける。
瓦礫が落ち舞った土煙が落ち着き、月明かりが差し込んだ。
「はぁ……はぁ……」
俺は呼吸を整えつつ、勇者の下半身だけ残った肉片を見つめて思った。
考えるよりも先に適正な答えを体が分かってるような動き、俺は一体何なんだ。
しかし運が良かったのは間違いないだろう。
もし勇者が冷静に炎の魔法で俺を殺しに来ていたら俺は負けていた。
壁に穴が開いた事で城壁がまた少し崩れ、月明かりがさらに差し込む。
「おい……嘘だろ?」
月明かりが差し込んだ事で、床にいつも自分が付けていたハズの眼鏡と粉々になったヘッドギアを見つけた。
俺はある違和感をずっと感じていたが、どうやら違和感は本当だったらしい。
「つまり、これは現実……何がゲームだ、俺は命を懸けた殺し合いをしていたのか……」
軽かった体が重くなり。勇者の返り血で汚れた手を見て、震えた。
「運がいいのか、悪いのか……」
俺はその場で疲労とショックのあまり立っていられなくなり意識を失った。
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