泣いて泣いて泣いて、溶けてしまえばいい

青樹春夜(あおきはるや:旧halhal-

泣いて泣いて泣いて、溶けてしまえばいい


 その日記は、日記帳と呼ぶには相応ふさわしくない薄い大学ノートに綴られていた。


 彼の入院先の看護師さんから、それを渡された私はただそれを抱きしめて茫然として立ち尽くすだけだった。





 初めはメモ書きのようだった。


 病状とか体温とか、食べた物とか——。


 それからたまに私のことも。


 私と行きたい場所もメモしてあった。さくらんぼ狩りと田舎の遊園地。


 LINEで話した事や、通話した事。


 そのうちに部屋から出れらくなって、電話も減って——。


 こっそり病室で電話もしたっけ。



 個室の病室で、窓から狭い屋上が見えると書いてある。


 食事について来た節分の豆を投げてやると、鳩がやって来るのだと——。


 生き物を見るのは心が休まる。もっと豆か菓子が有れば良いのにと書いてあって、思わず笑った。


 ——知ってたら、差し入れに来たのに。


 胸の内でそう呟いて、すぐに首を振る。今はお見舞いも制限されてるいて、家族ではない私はただの一度もお見舞いに行けなかった。


 無理にでも行けばよかった——。




 それから、突然に文字が乱れ始めた。


 文字を書く力が入らなくなったのだろう。自分でもそれに気が付いていたらしく、『ヤバい』と罫線から大きくズレて書き殴ってある。


 その乱れた文字が涙でかすむ。


『負けたくない』


 彼の悲痛な叫びが聞こえて来るようだった。


 日付が無くなっていくその日記は、私への言葉で綴られていた。


『愛してる』

『愛してる』

『愛してる』……。


 一番上手に書けた言葉に丸印がついていた。


 後はただ、


 白紙

 白紙

 白紙……。


 彼が最後に書いた言葉は涙に溶けて溶けて溶けて——。





 終わり

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