プロローグ3 【朗報】Vtuber、正ヒロインとキャラが被る

 彼女は、さっき私とした約束なんて頭の片隅にもないかのように、元気に手を振っていた。


 死ぬほど明るい笑顔で、腹が立つほど堂々とそこに立って、フラー先生に大きく手を振っていた。


 普段の私が絶対にしないようなことを平然とやっていた。


 私はその光景を見た瞬間、慌てて部屋を出て、目にも止まらぬスピードで扉を閉めた。


 バタン!と大きな音が鳴り、扉はフラー先生の視界を遮った。


「はぁ、はぁ…。」


 私は息を切らしながら扉にもたれかかった。


「…メリルさん?大丈夫ですか…?」


 私の不審な行動を見てなのか、フラー先生は懐疑的な目で私を見ながら聞いてきた。


 私はそれに少し間を置いてから答えた。


「…はい、大丈夫です。」


「…ほんとに大丈夫ですか?」


「…はい。」


「…。」


「…。」


「…ほんとに?」


「えっ…だ、大丈夫ですよ?…な、なんで、そんなに疑うんですか?」


「疑う?…いえ、その…昼間見た時より…なんていうか…テンションが低い?といいますか…元気がないといいますか…。今日、教室に入って来た時はもっと元気だったような…?」


「そ、そんなこと…ないと思いますけどね~…。」


 私は斜め上に目線をやりながら答えた。


「あっ!そういえば…。」


 と、突然、フラー先生が手をポンと叩いた。


「な、なんですか?」


「メリルさん。あなた、今日、遅刻しましたよね?…入学式の日だというのに。」


「ええっと…は、はい。」


「私、メリルさんが教室に入ってくる前に自己紹介を済ませてしまったのですよ。」


「…はい。」


「だから、まだ、あなたにはちゃんと自己紹介をしていませんでしたね。」


「えっ?…いや、そんなの別に…」


 私は両手を小さく振って遠慮したが、フラー先生はそれを無視して自己紹介を始めた。


「私はマドレーヌ魔法学校の一年生の担任を務めます、フラー・イドポーテートです。メリルさん、この一年よろしくお願い致しますね。」


「フラー…イドポーテート…ぷっ。」


 私は、先生の名前を聞いて笑いそうになった。


 私は慌てて自分の口に手をやり、それから下を向いた。


「…メリルさん?大丈夫ですか?」


「…ぷっ…スゥー…大丈夫です…フフッ。」


 私は必死に笑いを堪えようとしたが、堪えれば堪えるほど、どんどん笑いは込み上げてきた。


 フラー…イドポーテート…。完全にフライドポテトじゃん。


 笑わせに来てるでしょ、これ。


 何度聞いても、笑ってしまう。


 フラー先生のフルネームを聞くのは、これが初めてではない。


 今日の朝にも、私は先生の名前を聞いている。


 そして、その時も私は笑ってしまった。


 人の名前を聞いて、それを笑うなんて失礼極まりない行為である。相手が相手なら殺されても文句は言えないかもしれない。

 

 しかし、どうしても堪えられない。先生のフルネームと今のこの絶対に笑ってはいけないという状況が、私にとって不利過ぎる。


 しばらくの間、無理矢理笑いを抑え込み、なんとかギリギリ平然とした顔を保てるようになった私は、ゆっくりと、そして慎重に顔を上げた。


「…メリルさん?」


「…なんですか?」


「私の名前を聞いて…笑いました?」


「…いいえ、笑ってなど…ふっ…いません。」


「…本当ですか?」


「…はい。」


「…。」


「…。」


 フラー先生が静かにまじまじと私のことを見出した。先生の眼は私の外側にではなく内側に向けられているかのようだった。まるで、私が隠していることを見透かそうとしているかのような眼差しだった。


 私は、その間出来るだけ平然とした顔を装おうとした。しかし、込み上げてくる笑いのせいで、今にも私の顔面は崩れそうだった。

 

 やがて、フラー先生は沈黙を破って、私に向かって言った。


「…あなた、本当にメリルさん?」


「えっ!!?」


 私は心臓が飛び出そうになった。


「そ、そうですけど!?な、何ですか、その質問は!?」


「いえ…先程からどうにもおかしいというか…昼間のあなたとは全く違う人のような気がして…。まるで、化けの皮が剝がれたような…。それに部屋の中にいたヒルノさんも昼間と違うというか、あんな元気な感じじゃなかったような…。あれじゃ、まるでメリルさんみたい…。」


「えっ!?」


「あれ?そういえば…。」


「なんですか!?今度は!?」


「…確か、ヒルノさんも私の名前を聞いた時に笑っていたなと思いまして…。今のあなたはまるでヒルノさんみたい…。ん…?あれ…?もしかして、あなた達…」


「先生ー!!?ちょっと待って!!」


 私は嫌な予感がして、両手をブンブンと大きく振りながら、先生の発言を止めようとした。


 しかし、フラー先生は無情にもそんな私を無視して言葉を紡いだ。


「入れ替わって…」


 私は絶望した。


 終わった…。


 私は一生、他人の身体で生きていかなきゃいけないんだ。


 また、自分を偽って生きなければいけないんだ…。









 突然だが、私には前世の記憶がある。


 今、この世界に生きている、ヒルノ・クリムブリュレではなく、その前の別の世界で生きていた時の記憶である。


 前世の私は、今井紗季という名前の人物だった。年齢は十九歳で、アパートで一人暮らしをしている女子大生であった。


 大学に行って授業を受け、それが終わったらバイトしたりとか、友達と遊んだりとかして、家に帰ればゴロゴロ、ダラダラとアニメや動画を見て、夜中、寝る前に時間の使い方に対してちょっと後悔をする、至って普通の大学生だった。


 目的も目標もほとんどないような若者だった。

 

 しかし、そんな前世の私が、明確な目標を持って頑張っていたことが一つだけある。


 それは、Vtuberとしての活動である。


 私は前世でVtuberとして動画サイトで生配信や動画の投稿を行っていた。有名どころと比べたら全然だったが、全くファンがいなかったわけではなく、毎回欠かさず見に来てくれる人がいるくらいの人気はあった。


 その時、私がキャラクターとして使っていたのは、金髪で幼い顔立ちの可愛らしい少女であった。そして、そのキャラクターは、元気で活発で明るい性格という設定だった。


 私は、そのキャラに合わせて役作りをしていた。


 そのキャラとメリルの性格は酷似していた。

 

 つまり、理論上、私はメリルの物真似を完璧にできるはずだ。




「せんせーっ!!あのね!さっきね!お月様の所に魔法使いさんがいたんだよっ!」


 私は大きくて元気な声で、そしてとても明るい声でフラー先生に向かって言った。


「…はぁ?」


 突然、大声で訳のわからないことを言い出した私を、フラー先生は驚いた顔で見た。


「すっごく綺麗で、お月様と同じくらい輝いてたんだよっ!」


 私は、メリルの真似をしてそう言った。


 いや、正確に言うとメリルの真似ではない。  


 私は、前世でやっていたVtuberの役作りを思い出し、それをそのままやった。


 とにかく、私がメリルと入れ替わっていることがバレるわけにはいかない。一生自分の身体に戻れなくなるなんて絶対に嫌だ。


 入れ替わった相方は、全然危機感がなく役に立ちそうにない。


 だったら、私が一人ででもやってやる。バレないように、Vtuberの経験を生かして、メリル・メルティカップというキャラクターを演じきって、そして、あの謎の魔法使いをとっ捕まえて、もとに戻る方法を聞き出してやる。

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