プロローグ2 【凶報】正ヒロインが言うことを聞いてくれない

 魔法使いが、通り魔のように私達に魔法をかけ、どこかに飛び去って行った後、私は暫く唖然としていた。しかし、時期に正気を取り戻すと、私の身体ではしゃいでいるメリルの首根っこを掴んで、彼女を引き摺りながら部屋の中へと戻った。


 天井から吊るされたシャンデリアが、シックで華やかな内装を照らす中、メリルの姿をした私は、私の姿をしたメリルに言った。


「新入生歓迎パーティーには行かないわ。メリル、あなたもよ。取り合えず、身体が元に戻るまではこの部屋に籠ってるわよ。」


「えーっ!どうしてー!?行こうよー、パーティー!」


 部屋の中で、私の姿をしたメリルが大声で叫んだ。


 それに対して私はイライラしながら彼女に言った。


「行くわけないでしょ!あんた、状況わかってんの!?他の人にバレたら一生元の身体に戻れなくなるのよ!?それでもいいの?メリル!」


 私がメリルに物凄い剣幕でそう言うと、それを聞いた彼女は手を腰に当てて堂々と言い放った。


「今の私は、メリルじゃなくてヒルノちゃんだよ!」


「…終わった。」


 私は膝から崩れ落ちた。精神的にも、物理的にも。


 正体不明の魔法使いに身体を入れ替える魔法をかけられただけでも絶望的なのに、入れ替わった相手がよりにもよってこんなアホの子だなんて…。


 どう考えたって詰んでる…。


 …いや、諦めるな。まだ、何とかなる。諦めたらそこで試合終了だ。私一人ででも何とかしてやる!


 私はゆっくりと立ち上がって、メリルに言った。


「…あんたはいいかもしれないけど、私は元の身体に戻れなくなるなんて絶対に嫌だから。だから、なんとしてでもこの魔法を解く方法を見つけてやる。…メリル、あんたも協力しなさいよ。…不本意だけど、今の私に頼れるのはあんたしかいないんだから。」


 私がメリルを睨みながらそう言うと、彼女はぱーっと明るい笑顔になった。


「うん、いいよー!!それ、とってもおもしろそーっ!あと、私はメリルじゃなくてヒルノちゃんだよ!」


「はぁ…。」


 私は項垂れて溜息を吐いた。


 そんな私とは対照的にメリルは明るい笑顔で問いかけてきた。


「ねぇ!ヒルノちゃん!私は一体、何を手伝えばいいのーっ?」


「…今はあんたがヒルノなんじゃなかったの?」


「あっ!!そうだったぁー!!…じゃあ、この私、ヒルノちゃんは一体何を手伝えばいいのかしらでございますわ、メリル?」


「…私がいつ、そんなややこしい語尾を使ったのよ。そんな、迷走したお嬢様キャラみたいな。」


「あれ?違う?」


「違うわよ。…まぁ、いいわ。メリル、あんたが今できることといったら、新歓を休んでこの部屋にずっと籠っていることよ、誰とも会わずにね。そんで自然に元に戻るのを待つのよ。あの魔法使いは半日くらい経てば一旦、元に戻るって言っていたわ。癪だけど、今はその言葉を信じるしかない。そんで、身体が元に戻ったら、この魔法を解く方法を…」


 コンコン。


 私が喋っている途中で、部屋のドアを叩く音がした。


 その瞬間、私はメリルへの説明を中断して、口を手で塞いだ。


 私は恐る恐る扉の方へ目を向けた。


 コンコン。


 すると、もう一度扉をノックする音が聞こえた。


 間違いない。扉の向こうに誰かいる。


 普段なら扉の向こうの人間に「はーい。」と一言声をかけて、すぐさま扉を開けに行くところだが、今はそんなことをするわけにはいかない。


 なんせ、今の私はメリルと身体が入れ替わっているのだ。そして、そのことがバレれば元の身体に戻ることができなくなる。


 そんなリスクを負いながら、扉の向こうの人間と喋るなんてできるわけがない。


 ここは居留守を使おう。それが一番…


「はぁーい!!どなたですかーっ?」


 突然、隣から大きな声が聞こえた。


 私はびっくりして、慌てて声がした方を向いた。


 勿論、その声の主は私の姿をしたメリルである。


 私は、素早く彼女の後ろに回り込むと、彼女の口を手で塞いだ。そして、彼女の耳元で小さいがドスの効いた声で言った。


「あんた…!何、返事してんのよ…!?」


 私の問いかけにメリルは返答をしようとしていた。しかし、私が口を塞いでいたので、もごもごという声しか聞こえてこなかった。


 しょうがないので私は、彼女の口を塞ぐ手を少し緩めた。


「だって!お客さんだよ!お返事しなきゃでしょ?」


「声が大きいわよ…!あんた、状況わかってないでしょ…!今人と会ったら、私達が入れ替わってることがその人にバレちゃうかもしれないじゃない…!」


「でも、返事しないと扉の向こうの人がかわいそうだよ…!」


「そうかもしれないけど、今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ…!」


 私とメリルがヒソヒソと小さな声で口論していると、扉の向こうの人物が私達に問いかけてきた。


「ヒルノさん?私です、フラーです。あなたの学年の担任の。」


 扉の向こうの人はそう名乗った。


「フラー先生…!?よりにもよって…。」


 私は小さく呟いた。


 フラー先生は、私達、一年生の学年主任の先生だ。


 だから、フラー先生は私とメリルがどういう性格なのかを知っている。


 私のテンションがメリルみたいに高くないことも知っているし、メリルが私ほど落ち着いていないことも知っている。


 つまり、今の私達がフラー先生に会ってしまうと、私達が入れ替わっているのが先生にバレてしまう危険がある。だから、絶対に会うわけにはいかない。


 しかし、フラー先生は私の心配を無視するかのように話を続けた。


「申し訳ありませんが、扉を開けてくださる?」


 どうする…。どうすればいい…。


 フラー先生に会うのは危険すぎる。しかし、メリルが返事をしてしまった以上、扉を開けないのは不自然だ。


 でも、扉を開けたとして、メリルが私の身体でフラー先生と喋れば、いつもの私ではないことがバレて、十中八九怪しまれてしまうに違いない。


 なら、メリルをここに残して、私が先生と喋るしか…。


「ヒルノさん?大丈夫ですか?」


 外からフラー先生の言葉が聞こえてきた。


 私は深呼吸してから、フラー先生に返事をした。


「はーい!今行きまーす!」


 私はメリルの声で返事をした。


「あら…。メリルさん?いらしたんですね。よかったです。出てきてください。」


「はーい!ちょっと待ってくださーい!」


 私はフラー先生にそう言うと、メリルの方に向き直った。


「メリル、いい?私が外に出てフラー先生と話してくるから、あんたは何があってもここにいて…!そして、何があっても喋らないで…!…わかった?」


「うん!わかった!」


「…ほんとに?」


「もちろんだよ!」


「…。」


 ちゃんと言うことを聞いてくれるか、不安でしょうがない。しかし、今はメリルのことを信じるしかない。


 私はメリルに背を向けて扉の方に駆けて行った。


 そして、扉の前に着くとドアノブをガシッと掴んで少しだけ扉を開けた。


 扉を開けるとそこには、長身で、白い髪の毛を後ろで結んだ、五十歳くらいの女の人が立っていた。


「フラー先生…!何か、ご用ですか…?」


 私は扉を半開きにして、部屋の中から出ずに、恐る恐るフラー先生に聞いた。


 フラー先生は、半開きの扉から顔を覗かせた私を見ながら言った。


「ええ、メリルさん。あなたに用があります。…と、ヒルノさんの声がしたような気がしましたが、彼女もまだ部屋に?」


 フラー先生はそう言って、半開きの扉から部屋の中を覗こうとした。


 それに気づいた私は、扉の隙間が更に小さくなるように、さりげなく扉を動かした。


「ヒルノ…ちゃんも部屋の中にいるにはいるんですが…彼女、ちょっと具合が悪いみたいで…今、出てこれないんですよ~…。」


「そうなんですか?それは心配ですね。…あら?そこに座っていらっしゃるのって、ヒルノさん…?」


 フラー先生は部屋の中を指さして言った。


 見つかってしまったか…。フラー先生が指差しているのは、恐らく私の姿をしたメリルだろう。


 しかし、メリルには何も喋るなと伝えてある。そして、そこから動くなとも言っておいた。


 だから、大丈夫だろう。


「そうなんですよ…。つい、さっきしんどくなっちゃたみたいで…今そこに座って休んでるんですよ…。でも、心配いりません。しんどいって言っても、ちょっとだけらしいですし、少し休めば治るって本人も…」


 私はそう言いながら、一応、確認のためメリルの方を振り返った。


「…!!!」


 私は驚愕の余り顎が外れそうになった。


 そこには、明るい笑顔で大きく手を振っているメリルがいた。





 

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