メルティカップの化けの皮! ~憧れの悪役令嬢になれた私は、意地でもその身体を手放したくない~

正妻キドリ

ぷろろ 入学式の後

プロローグ1 【悲報】悪役令嬢、正ヒロインと体が入れ替わる

「…ふにゃ…っ…それ私のプリンだから!!…あ、あれ?」

 

 目を覚ますと、夜空に浮かぶ綺麗な月と、それを眺めながらバルコニーで佇む、金髪の小柄な少女が見えた。


 まだ少しぼやけている視界で、その光景をボーッと眺めていた。


 しばらくすると、辺りが暗すぎることに気がつき、慌てて時計を確認した。夜の7時…完全に遅刻していた。


 私、ヒルノ・クリムブリュレは、慌ててベッドから飛び降りて、黒くて長い髪の毛を靡かせながら、バルコニーにいる少女のもとへと走った。


「ちょっと!メリル!なんで起こしてくれなかったの!?ってか、あんたも早く新入生歓迎パーティーに行く準備しなさい!」


 その少女こと、メリル・メルティカップは月下のもと、私の方を振り返りながら嬉しそうに言った。


「ヒルノちゃん!あのね、さっきね、あのお月様のところに箒に乗った魔法使いさんがいたんだよ!」


 いつもテンションが高い彼女だが、それよりもさらに高揚しているのがわかった。


「…はぁ?魔法使いって、あんたも私も魔法使いでしょ?そんなに珍しいことじゃないじゃない。」


「う〜ん…でも、なんか…こう…昔話とかに出てきそうな…ザ・魔法使い!みたいな見た目の人だったんだよ!そんな人滅多にいないよ!もう一回来ないかな〜?」


 メリルは、再び大きな月に目をやった。私は、はぁ…と溜息を吐いて彼女に背を向けた。


「もう来ないでしょ、そのザ・魔法使いも暇じゃないんだから。」


「えぇ〜!?もう来ないの?そんなのやだ!ザ・魔法使いさ〜ん!もう一回目の前に現れて〜!」


 メリルは、大声で叫び出した。私は、慌てて彼女の口を塞ぎ、叫ぶのをやめさせた。


「コラ!何叫んでんの!迷惑でしょ!あんたに呼ばれて出てくるほどその魔法使いもサービス精神旺盛じゃないから!あんたも新歓行くんでしょ?だったら、もう諦めて準備しなさい!」


 私とメリルは今日、マドレーヌ魔法学校という貴族が集まる魔法学校に入学した。


 中世ヨーロッパ風の街並みが広がる、パンケーキ王国の中心都市「マドレーヌ」。そこに建立されたマドレーヌ魔法学校には、毎年多くの貴族階級の生徒達が入学してくる。


 私は、クリムブリュレ侯爵家という由緒ある家系の娘、所謂"令嬢レディ"であるため、国中の貴族が集まるこのマドレーヌ魔法学校に入学するのは当然であり、今日めでたくその日を迎えたというわけだ。


 そして、入学と同時に学校の寮に入った私は、メリルと同じ部屋で共同生活をすることになった。今はその学校で行われる新入生歓迎パーティーに向かう準備をしているところである。


 私に口を塞がれたメリルは、モゴモゴと何かを言い続けていた。さらに、ジタバタと暴れ出した彼女を、私は軽く関節を決めたりして制していた。


 しばらくわちゃわちゃしていると、いきなりメリルが「ん〜!」と何かを指差して私の手の中で叫んだ。


 私はメリルを一瞬、懐疑的な目で見た後、その指がさす方向を見た。



 その先には、箒に乗った魔法使いがいた。



 緑色の服と帽子。月明かりに照らされてキラリと輝く銀色の髪の毛。丸い眼鏡の奥には水色の瞳。体型はとても小柄で、まるで子供みたいだった。


「あっ…」と思わず声が漏れた。


 その魔法使いに見惚れて手を緩めた私に、メリルは解放された口を大きく開いて言った。


「ほら!さっき見た魔法使いさんだよ!また来てくれた!たぶん、すっごくファンサービスのいい人なんだね!」


 その魔法使いは私達を微笑みながら見ていた。私にはなんだかその微笑みが嘲笑に近いものに見えた。


 しばらく沈黙が続いた後、その魔法使いが唐突に口を開いた。


「君達に魔法をかけておいたよ。フフッ」


 私は、魔法使いの言葉に戸惑ってしまった。


「えっ…それってどういう…」


 私が魔法使いに問おうとした途端、私とメリルの体を月の様に輝かしい光が優しく包んだ。


「ちょ…!な、何これ!?」


「うわぁ!すっごーい!!」


 私とメリルは、あまりの眩しさに目を閉じ、お互いに独自の反応をしながらその光に飲み込まれた。


 なんだか優しいような、柔らかいような、そんな感覚だった。


 やがて、しばらく時間が経つと私達を包んでいた光は綺麗に消えてなくなった。


 目を開けると、そこにはさっきと変わらず、あの魔法使いが箒に座ってふわふわと浮いていた。


 景色自体は、先程と何も変わっていなかった。しかし、今私の視界に映っている景色は、いつもより低い位置から見た時のものの様だった。


 まるで、自分の身長が縮んだみたいだった。


「…っ、一体何だっていうの…」


 あれ?なんだか声が変だ。私の声じゃない。私の声はこんなに高くない。それに、この声はさっきまで聞いてた、私の隣にいた人物の声に似ているような気がした。


「う〜…、何が起きたの?ヒルノちゃん?」


 後ろから私の声がした。


 …なんか、ものすごく変だ。


 私は、恐る恐る後ろを向いた。


 そこには、いつも鏡で見ている人間…そう、私がいた。


「…えっ。…えぇ!」


 物凄く戸惑いながら私は自分の顔面をペタペタと触った。これ…私の顔じゃない!っていうか目の前に何故私がいる!?


 私は、自分の髪の毛を確認した。本来の私なら髪の色は黒なはず…。髪の毛を引っ張って見てみた。金色の髪だった。そして、長かった髪は短くなっていた。


 金色で短めの髪。これはメリルの特徴だ。


 あれ?つまり、私とメリルは入れ替わって…。


 私は再び私の方、もといメリルの方を見た。


 私の姿をしたメリルは、メリルの姿をした私と目を合わせた。キョトンとした顔をしていたメリルだったが、しばらくすると事態を理解したようだった。


「えぇ〜!!ど、どうして!?目の前に私がいるの!?私、二人に増えちゃったの!?」


 いや、理解はしていなかった。が、普通ではないことはわかっているようだ。


「お気に召してくれたかな?」


 魔法使いの声がした。私は、メリルから魔法使いの方に慌てて体の向きを変え、彼(彼女?)を指差して大声で叫んだ。


「ちょっと!あんた!私達に何かしたでしょ!一体何したの!?てか、あんた誰よ!」


 私が怒りの表情を浮かべながら、その魔法使いを問いただすと、魔法使いはそれを宥めるようにして言った。


「まぁまぁ、落ち着きなよ。ちょっと、イタズラしただけじゃないか。」


「ちょっとどころじゃないでしょ!?体が入れ替わるって!」


「うるさいなー君は。そんなに怒らないでよ。カルシウム足りてるかい?」


「カルシウム足りてても怒るでしょ!早く質問に答えなさい!私達に何したの?」


 魔法使いはやれやれと言わんばかりの大きな溜息を吐いてから、私の方を見下しながら言った。


「君はもう何をされたかわかっているじゃないか。僕は、君達に身体が入れ替わる魔法をかけたんだよ。」


「なんでそんなことすんのよ!さっさと戻しなさいよ!」


「それはできないな〜。まぁ、しばらくしたらもとに戻ると思うから安心しなよ。たぶん、半日もしないうちに戻るさ。」


「半日?それでもとに戻るの?」


「ああ。まぁ、もとに戻ってもしばらくしたらまた入れ替わるかもだけど。」


「それじゃあ意味ないでしょ!この魔法をさっさと解きなさいよ!」


「嫌だよ。僕は悪い魔法使いなんだ。君達が困っている姿を見るのが楽しくて仕方ないんだよ。」


 そう言って魔法使いは箒の上でケタケタと笑っていた。私はその態度に憤慨した。


「ふざけんなー!!あんたの遊び道具にされてたまるか!私達2人であんたのこと叩きのめしてやるから覚悟しなさい!ねぇ、メリル!」


 私はメリルに同意を求めた。しかし、メリルから返事がなかった。


 私がメリルの方を見ると、彼女は私の体でヘッドバンキングをして長い髪の毛をブンブンと振り乱していた。


「見て!ヒルノちゃんの髪の毛めっちゃ長いから頭振り回したらすごいことになるよ!!」


 ああ、こいつはダメだな。


 私は呆れた顔でメリルを見た後、再び魔法使いの方に目をやった。


 魔法使いは、相変わらずニヤリと微笑みながらこちらを見ていたが、やがて箒に座り直して後ろを確認し、私達に言った。


「じゃあ、そろそろぼくはお暇するよ。これから大変だろうけど頑張ってね。」


 魔法使いは私達に小さく手を振り、そのままこの場を立ち去ろうとした。それを私は全力で叫んで止めた。


「ちょ!待てぇえ!!戻せ!私達を!」


 魔法使いはそれを無視して飛び去ろうとしていたが、「あっ!」と何かを思い出して、私達の方に再び向き直った。


「ちなみに君達が入れ替わってることが他人にバレたら、元に戻ることができなくなるから。入れ替わってることを他人に教えないようにね。じゃ!」


 それを聞いた私はさらに憤慨した。


「おい!!さらっとめちゃくちゃやばいこと言ってんじゃないわよ!!他人に知られたら戻れなくなる!?そんな大事な情報を去り際に言うなぁ!!せめて、魔法かけた直後に言え!!」


 怒鳴り散らす私を無視して魔法使いは再び反対側を向いた。


 私は、キッと魔法使いを睨んで自分の中の魔力を右手に集めた。手からは魔法陣が浮かび上がり、そこから出る魔力に大気が揺れた。


 魔法使いに向かって私は叫んだ。


「逃がすか!…ショ、ショタコン・バースト!!」


 私は、飛び去ろうとする魔法使いに右の手のひらを向けて、詠唱するのがめちゃくちゃ恥ずかしい攻撃魔法を撃とうとした。しかし、メリルの体だったからなのか、魔法は不発に終わった。


 「ぷっ…はっはっは!!なに、その詠唱?恥ずかしくないのぉ?しかも、魔法出せてないよ?」


 魔法使いは、飛び去りながら大爆笑していた。私は顔を真っ赤にしながら、飛び去って行く魔法使いにずっと叫んでいた。しかし、私の叫び声も虚しく、その魔法使いは見えないところまで飛んで行ってしまった。


 しばらく、外の景色を見ていた。突然に、しかも短時間で起きた信じられない出来事に私はひたすら絶望していた。


 


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