ほんへ 異世界転生
第1話 Vtuberの死亡
「はぁ~い!みんな~、こんりる~!元気してたりる~?光名りるだよ~!」
私は今、無理をしている。
普段なら絶対にあり得ないテンションで、普段なら絶対に出さないような高い声を出し、普段なら絶対に付けない語尾をつけて喋っている。
現在、19歳で大学生の私、今井紗季はVtuberとして活動している。
活動し始めて1年ほどが経ち、チャンネル登録者は5000人を超えている。正直、個人勢にしてはかなりよくやっている方だと思う。
しかし、直近の配信にはその数に見合うほどの視聴者がいない…。一つの配信が伸びても、その後が続かない…。そんな一進一退の攻防をここ最近ずっと繰り返している。
有名Vtuberになる為の道を確かに進んではいるのだが、このペースでは遅すぎる。最終目標の100万人を超える時には既に本体がしわだらけになっているだろう…。そんな漠然とした不安を抱えながら、私は活動を続けている。
今日は、数週間ぶりの配信になる。訳あって休んでいたから、配信を上手くこなせるか不安だ。
「最近、配信できなくてさみしかったよーっ!だから、今日みんなと会えるの、すっごーい楽しみだったんだーっ!」
私は、平然と嘘を言ってのけた。
いや、根っからの嘘というわけではない。私を応援してくれている人達には感謝してるし、配信をしたいとは思っていた。しかし、私がここ最近、配信ができずに感じていたのは、みんなに会えない寂しさではなく、視聴者が私に飽きて離れてしまうのではないか?という恐怖であった。
そして、今日の配信も楽しいからというよりは義務感で始めたと言った方が正しいだろう。
「今日は、ピストルで人のことぶっ殺すゲームをしようと思ってるんだーっ!でも、まだ始めたばっかりだから、いっぱいいろんなこと教えてねーっ!」
私は元気いっぱいでそう言った。
パソコンの画面には、私のアバターが映し出されている。金色に輝くショートボブの髪、華やかなピンク色のドレスを身に纏い、少し幼い印象を受ける顔立ちをしているとても可愛らしい少女。
本当によく描けている。何度見てもそう思う。
このキャラクターは、光名りるという名前で、異世界の魔法学校に通っている女の子という設定だ。
貴族生まれが多く在籍する名門学校に通う平民の子で、元気で明るくて、活発なのが取り柄。
私が昔ハマっていた乙女ゲームの正ヒロインを参考にさせてもらって作り上げたキャラクターである。(決してパクったわけではない。)
だが、このキャラクターを演じていても、正直あまり楽しくない。なぜなら、私の性格とはかけ離れた、元気で明るい性格のキャラだから。
私は普段、元気でもなければ、明るくも、活発でもない。元気がなく、根暗でめんどくさがり。それがわたしである。
このキャラクターの前にも、他のキャラクターで活動していたことがある。所謂、前世と呼ばれるやつだ。だが、そっちは箸にも棒にもかからなかった。一度もバズらなかったし、ほとんど応援してくれる人がいなかった。
そっちのキャラクターは、本来の私に近い設定のキャラだった。黒色のロングヘアで、落ち着いた色の服を着ていて、テンションも抑えめ。普段通りの私でいればそのキャラクターを演出することができた。活動していてとても楽しかった。
しかし、視聴者が全く増えないと、段々と自分の才能を否定されている気分になってくる。普段の私に近いキャラでやっているなら尚更である。
だから、私は今のこの元気で明るいキャラクターに切り替えた。おかげで前より成果は出た。しかし、今度はあまり活動を楽しめなくなってしまった。
別に今の活動がまったく楽しくないわけではない。でも、自分を偽り続けるのは正直しんどいものがある。
「おつりる~!」
配信を終えた私はそのままベットに寝転がった。すると、疲れと共にいろいろな不安が押し寄せてきた。
本当にこれでいいのだろうか?
今、自分がやっていることは果たして将来実を結ぶのだろうか?
このキャラ続けてたら、精神的におかしくならないだろうか…?
学校でこんりる~!って言っちゃったらどうしよう…?
などなど。考えても仕方ないことをどうしても考えてしまう。
そんな悩みで頭がパンパンになっていた時、ペコペコだったお腹がグ~となった。
「お腹すいた…。コンビニいこ…。」
私はそう呟くとベットから起き上がり、机の上に置いてあった財布を乱雑にポケットに突っ込み、重い体を引き摺りながら玄関に向かった。
玄関の扉を開くと、そこにはいつも通りの景色が広がっていた。何の面白味もない閑静な住宅街だ。
もっと人気が出ればこの景色も変わって見えるのかな…。そんなことを考えながら、私は曇り空の下をトボトボと歩き、コンビニに向かった。
昼下がりの町にはチラホラ人がいた。
その人達は私になんか目もくれず、各々の目的地に向かって歩いていく。何故か、今の私には、それがほんの少しだけ寂しく感じられてしまった。
周りの人達は私がさっきまでVtuberとして配信をしていたなんて考えもしないだろう。
さっきまで、FPSやりながら甲高い叫び声を上げていたなんて考えもしないだろう。
さっきまで、くしゃみをしただけで感謝される存在だったなんて考えもしないんだろう…。
私は、なぜか孤独を感じた。
…まぁ、でも、それはお互い様である。
私もすれ違う人達に興味なんて湧かない。
向かいを歩いてるサラリーマンだって、私の前を歩いてる主婦だって、さっき抜かしたおじいちゃんだって、くしゃみで人を救ってるかもしれない。でも、私はいつもそんなこと考えてすらいない。
大抵の人間は他人になんて興味がないのだ。
そんなくだらないことを考えてるうちにコンビニに着いた。
入り口のドアの前に立つと、それが自動で開き、中から店員さんの明るい声が聞こえてきた。
「いらっしゃいませー!」
私は知っている。この明るい声は義務感から来ているものだと。店員さんは仕事だから無理矢理元気を出してるだけだ、恐らく。だって、私が配信している時の声とどこか似てるもん。
私はそんな店員さんを尻目に、店の奥へと歩いて行き、ペットボトルの水を一本手に取った。
そのペットボトルを左手で持ち、今度は食品がたくさん置いてある場所に向かった。
優柔不断な私は、毎回何を買うかで物凄く悩んでしまう。今回も例に漏れず、おにぎりやら、パンやら、たくさんの食べ物に囲まれて、どれを買えば一番後悔しないのかがわからなかった。
私は何を買おうか迷って、周囲の棚を物色した。
「…あっ。」
すると、デザートやらスイーツやらが沢山置いてある棚に、私の大好きなクリームブリュレを見つけた。
このクリームブリュレは私が子供の時から売っているものだ。とてもおいしいので、見かけたらついつい買ってしまう。私の脂肪の半分くらいはこれでできているといっても過言ではない、と言えるくらい食べてる。
何を買うか迷っている時でも、これだけは直ぐに手を伸ばしてしまう。
今回も例に漏れずそうだった。
最近、少し太った気がするから、甘いもの控えてたんだけどなぁ…。
私は、自分の欲への忠実さと、自制心の無さに呆れながら、それを掴んだ。
結局、ペットボトルの水とパンとおにぎりとクリームブリュレを手に取ってレジに向かった。
レジでは先程の店員さんが、愛想良く対応をしてくれた。
「666円です。」
財布からジャラジャラと小銭を出して、支払いを済ませる。っていうか、金額がめっちゃ不吉な数字。悪いことでも起こるのだろうか?
「ありがとうございましたーっ!」
店員さんの義務的な、元気な声と共にコンビニから出ると、少し雨が降っていた。確かに曇ってはいたがこんなに早く降ってくるとは思わなかった。
私は傘を買おうか迷ったが、そんなに降っているわけではないし、勿体無いので家まで走って帰ることにした。
行きと同じ道を小走りでぐんぐん進んでいく。雨が降ってきたせいなのか、人通りがさっきより少なくなったような気がした。
家が近くなるのに比例して、私の身体と洋服が少しずつだが濡れていく。向かい側の傘を差して歩いている人を横目で見ながら、私は家へと急いだ。
道の途中に、街を流れる川がある。私が、その川の上に架かっている橋に差し掛かった時だった。
ブー!という音を鳴らしながら、ポケットに入っているスマホが震えた。
「…。」
私は、小走りのままポケットからスマホを取り出し、その画面を確認した。
画面には、母親の名前が映し出されていた。
母からの電話だった。
私は、その画面を見て足を止めた。
しばらくその画面を黙って見ていた。雨が降っているにもかかわらず、傘を差すわけでもなく、走るわけでもなく、ただその場に佇んでいた。周りの人から見れば異様な光景だったかもしれない。でも、私はそうしていた。
やがて、何もせずに放置していると、スマホの振動が止まった。画面から母親の名前が消えて、ロック画面になった。
雨が強くなってきた。私の身体と洋服はどんどん濡れていく。でも、私はその場から動けずにいた。
私が動けずにいた理由。それは、電話を掛けてきたことへの腹立たしさと、それに出なかったことへの少しの後悔と、それと…
と、その時、私の後ろから轟音が聞こえてきた。
それで我に返って、慌てて音のする方を見ようと後ろを振り返った。
ドン!
とても大きな音が鳴った。
振り返った瞬間、私の身体は大きな衝撃と共に宙を舞った。
何が起こったか理解することができなかった。
そして、身体を思うように動かすこともできなかった。
僅かに視界に映ったのは、さっきまで渡っていた橋の欄干と、トラックの運転席で笑っちゃうくらい驚いた顔をしている運転手と、コンビニ袋から飛び出て、私と同じように宙を舞っているクリームブリュレ。
ああ、なんとなくわかった。私、轢かれたんだなぁ。
ぼーっとそんなことを考えた。いや、意識が朦朧としていて、それくらいしか考えられなかった。
たぶん、一瞬の出来事だったのだろう。私が、トラックに轢かれて、欄干で一度バウンドし、橋の外に投げ出され、そして頭から川に入水したのは。
しかし、私にはそれら全てが、段階を踏んでゆっくりと進んでいるかのように感じられた。
なんか、異世界ものの主人公みたいだな、と思いながら、私は水の中へと落ちた。
ドボンという音がして、全身が優しく水に包まれた。
なんだか、柔らかくて、少し暖かい感じがした。
水の中って、とても心地よい。
そう思った。
トラックに轢かれたというのに、全く痛みを感じない。
更には、恐怖も、悲しみすらも感じない。
ただ、私が薄れていく意識の中で感じたのは、心地良さだけであった。
やがて、目の前が真っ暗になって、いつの間にか私の意識は途切れていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます