第2話 悪役令嬢はクリームブリュレ

 目を開けると窓から差し込む光が私の両目に突き刺さった。


「ぎゃあああ!目が!目があああ!」


 あまりの眩しさに私はベッドの上でのた打ち回った。手で目を抑え、ゴロゴロと転がりながら私は大声で叫んだ。


「ちょっと!!誰!?勝手にカーテン開けたの!!」


 私の叫び声を聞いて、メイドのエクレア・ホーバルンが私の部屋にやってきた。


 彼女は、主人が叫び声を上げているにも関わらず、それをまったく聞いていなかったかの如く、私がのた打ち回っているベッドにゆっくりと近づいてきた。


「私です、お嬢様。お嬢様がどうせ時間通りに起きないだろうと思い、カーテンを全開にさせていただきました。」


 私は目を覆っていた手を外し、エクレアを睨んだ。


「ちょっと!あんた!主人を何だと思ってるわけ!?こんなこと勝手にしていいと思ってるの!?あと、主人の叫び声が聞こえてきたら、せめて走って駆けつけなさい!」


「申し訳ありません、お嬢様。しかし、アサーニャ様がさっさとお嬢様を起こすようにと。」


「起こし方よ!起こし方!危うく主人を失明させるところだったのよ!もっと優しい起こし方があるでしょうが!ちょっとは考えなさい!」


 エクレアはあまり納得がいってない様子だったが、とりあえず私に頭を下げた。それを見て私はしっしと手を払うジェスチャーをした後、ベッドから降りて部屋の外に向かった。それを見たエクレアは顔を上げ、私の右斜め後ろをついてきた。




「おはようございます、お嬢様!」


 家のメイド達が一斉に私に挨拶した。私は、メイド達の視線を浴びながら挨拶を返した。


「…うぃ~す。」


 私の名前は、ヒルノ・クリムブリュレ。クリムブリュレ侯爵家の長女。つまり、侯爵家の令嬢。所謂、貴族。


 黒くて長い綺麗な髪に、透き通ったパープルの瞳、整っていて大人びているが、まだ何処かあどけなさも感じさせる顔立ち、そして、同年代の子よりもちょっと高めの身長が私の容姿の特徴。


 年齢は15歳。今期からマドレーヌ魔法学校に通い始める学生。今までの成績は比較的優秀で、特に魔法の分野に関してはトップレベルである。それでいて、容姿端麗で、みんなから憧れられるスーパーお嬢様(自称)だ。


 私は、お辞儀しているメイド達を尻目にテーブルに向かった。テーブルには専属の料理人が作った豪勢な朝食が用意されていた。私がその朝食を眠そうな目で見ながら椅子の横に立つと、エクレアがその椅子を座りやすいよう後ろに引いた。


 さっきから私について回るこのメイドはエクレア・ホーバルンという人物。クリムブリュレ家の専属メイドで、数年ほど前にここに来た私の世話係である。とはいっても、さっきのことからわかるようにたぶん私のことをなめている。


 私は、椅子に座って朝食を食べ始めた。貴族だから食事のマナーは一応心得てるつもりだが、家ではそんなことに気を使わない。ダラダラと肘をつきながら右手に持ったフォーク一本で料理を口に運ぶ。とても他人には見せられないが、普段からそういうことに気を使っていると疲れるので気にしていない。


「もっと行儀よく食べなよ。」


 そう私に注意してきたのは、向かいの席に座って食事をしていた弟のヨルハ・クリムブリュレである。


 彼は私の三つ下で、私と同じ黒い髪、パープルの瞳、整っているがまだ幼さの残る目鼻立ち、そして同年代の子より少し高めの身長といった見た目をしている。


「うっさいわねー。家なんだからどう食べようが私の自由でしょ。あんまりマナーにうるさすぎると頭カッチカッチの大人になるわよ、ヨルハ。」


 ヨルハは呆れた顔で私を見た後、自分の食事に視線を戻した。そんな彼を見て、私はニヤッとしながら聞いた。


「ねぇ?今日で私、この家を離れるけど…どう?寂しい?」


 そう、私はマドレーヌ魔法学校に入学し、そこの寮で生活するため、今日でこの家を離れる。ずっと、一緒に暮らしてきた弟ともしばらく会えなくなる。だから、興味本位で私と離れるのが寂しいかヨルハに聞いてみた。


 ヨルハは、相変わらず呆れた顔をしながらこっちを見て答えた。


「別に寂しくないけど?むしろ、清々するよ。」


 そう言ってヨルハはまた私から目を逸らした。


「けっ!かわいくない奴ぅ。そこは空気読んで寂しいって言わなきゃ。そんなんだからみんなに嫌われるのよ?」


「はぁ?嫌われてるのは姉さんだろ?」


「はぁ!?嫌われてませんけど!?私が誰に嫌われてるっていうのよ!」


「この屋敷の使用人の人達からだよ!みんな姉さんのこと嫌いだってさ!」


「はぁ!?そんなわけないでしょ?ねぇ!そうよね?エクレア!」


 私がエクレアの方を見ると彼女は私から目線を逸らし、斜め上の天井を見ていた。


「ちょ、ちょっと!なに目逸らしてんのよ、あんた!コラ!こっち向け!ちょっと誰か!エクレアをこっち向かせて!」


 私は他のメイドに視線を向けた。しかし、他のみんなも私から目を逸らしていた。


「って、あんた達もか!?おい!私から目を逸らすな!こっちを向けよ!あんたら!」


「ほら、やっぱりみんなから嫌われてるのは姉さんじゃんか!」


「ヨルハ!あんた、みんなになにか吹き込んだでしょ!」


 ギャーギャーと私とヨルハは言い争いをしていた。


 最初は、姉と弟の可愛らしい口喧嘩だった。しかし、私達は徐々にヒートアップしていった。


「大体、あんたはガキのくせに不愛想だし、高慢すぎんのよ!もっと、ガキはガキらしくしてなさい!」


「うるせーよ!高慢なのはどっちだ?姉ちゃんは、性格悪いし大人げねーんだよ!」


 私とヨルハは立ち上がって、お互いを睨みながら激しく罵りあった。そんな私達を見たメイド達は、少し困惑しながらも、「ああ、またか」といった感じの顔をしていた。


「御二人共、落ち着いてください。」


 メイドを代表してエクレアが私達二人に落ち着いた声で言った。すると、それに対して私とヨルハは彼女のことを睨みつけて強い口調で言った。


「あんたは黙ってなさい!」


「エクレアさんは口を挟まないでください!」


 私達に睨まれたエクレアは、呆れた目で私達二人の顔を交互に見た。私とヨルハはそんな彼女に一切構わず、再び互いの顔を見合わせた。そして、さっきとは対照的に静かな口調で、だが強い口調で話し出した。


「…私とやろうっての?あんた。」


「…ああ、やってやるよ。」


「フン!あんた、私の魔法の強さ、嫌というほど知ってるでしょ?…勝てると思ってるわけ?」


「いいから来なよ。ビビってんの?」


「…いい度胸ね。私に挑んだことを後悔させてあげるわ!」


 私はヨルハに右手の手のひらを向け、力を込めた。すると、私の手のひらから魔法陣が浮かび上がり、周りの大気が揺れ出した。


「はーっ…!」


 私はどんどん魔力を右手に集めていった。


 それを見たヨルハは、同じように右手を私に向けて、魔力を溜めだした。


 私とヨルハの周りの大気が揺れた。メイド達はその様子を見て、ざわざわとざわつきだし、何人かは私達を止めようと声を掛けてきた。


「お二人とも…!」


「お止めになられた方が…!」


「私、無関係ですからね…!」


 しかし、私達にその声は届かなかった。私達は、腕を下すことなく、魔力を溜め続けていた。それを見たエクレアは額に手を当てて呆れていた。


 やがて、お互いの魔力が溜まり切った時、私は冷ややかに笑いながら言った。


「私に挑んできた度胸だけは褒めてあげるわ。でも、弟は姉に勝てない。これが真理よ。」


「言ってなよ。その発言したこと、後悔させてやるよ。」


「フン、行くわよ…喰らいなさい!」


 私はそう言って、右手に溜めた魔力を一気に解放した。


 そして、大きな声で堂々と呪文を叫んだ。


「ショタコン・バーストッ!!!」


 私がそう叫ぶと、紫色の閃光と共に、同じ色のビームが右手の魔法陣から勢いよく放たれた。


「シスコン・サンダーッ!!!」


 ヨルハも私と同じように呪文を叫ぶと、右手の魔法陣から紫色の稲妻を放った。


 私達が放った魔法は、勢いよく唸りながら相手に向かって一直線に飛んでいった。周りのメイド達は、魔法が衝突する時に生まれる衝撃に耐えるため、少し屈んで両手を顔の前にやった。


 やがて、お互いの魔法がぶつかった。


 すると、その時エクレアが大きく飛びあがり、机の上に乗った。そして、片膝をつきながら、両手を私達の魔法がぶつかったところに向けた。


「NTR《エヌティーアール》・アブゾーブ!」


 彼女がそう叫ぶと、両手から禍々しい黒色の球がボワン!と出てきた。そして、その黒色の球は凄まじい引力を発生させた。


 私とヨルハが放った魔法は、ぶつかり合って衝撃波を生んだ。しかし、エクレアが出した魔法がその衝撃波を吸収し、私達の魔法を跡形もなく消してしまった。


 自らが放った魔法が消えていくのを見た私は、机の上に乗っているエクレアに対して言った。


「ちょっと!何すんのよ、エクレア!」


 そう問われたエクレアは私のことを見下ろしながら、静かに言った。


「お嬢様、落ち着いてくださいと言ったじゃないですか。お嬢様の尻を持つ身にもなってください。」


「…だ、だってヨルハが生意気なこと言うから!」


「姉ちゃんが突っかかってくるからだろ!」


「何よ!あんたが悪いんでしょ!」


 私とヨルハはまたしても言い争いを始めた。その狭間に立たされたエクレアは呆れながら溜息を吐いていた。


 すると、いきなり部屋の扉がバーン!と開いた。


 その音に驚き、私とヨルハがそっちを見ると、そこには私達の母親であるアサーニャ・クリムブリュレが立っていた。


「あっ…か、母さん…おはよう…。」


「誰かしら?朝から大声ではしゃいでいるのは?」


 母さんはニッコリと笑いながら言った。

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