第11話 大広間とハンカチ
「ここよね?大広間って。」
「ええ、そのようですね。」
開きっぱなしになっている、両開きの扉の奥に、大きくて開放感のある空間が広がっている。そこには、入学式に参加するであろう生徒達が集まっていた。
「お嬢様、私はここまでです。」
そのまま歩いて、大広間の中に入ろうとした私に、エクレアは立ち止まって言った。
「えっ?」
私は少し驚いた顔で、後ろを振り返った。そこには、真剣な眼差しで私のことを見つめているエクレアがいた。
彼女の言葉は、これから学園生活を営む私と、これからも屋敷でメイドを続けるエクレアのお別れを意味していた。
「…そうなんだ。じゃあ、入学式が終わる頃には、もうあなたに会えなくなっているのかしら?」
「そうなりますね。」
エクレアは静かにそう言った。彼女の言葉を聞いた私は、悲しげな表情を浮かべてしまった。その顔を見られたくなくて、私は彼女から顔を背けた。そして、できるだけ明るい口調で言った。
「…まぁ、心配しなくていいわ。そのうちどっかの休みで、家に帰ってあげるから。母さんも、ヨルハも、あんたも、私がいなくなって寂しいだろうから。それまでの辛抱よ。」
私はそう言った後、エクレアに背を向け、大広間の方へと再び歩き出した。
「…じゃあね。私はこっちで頑張るから、あんたも向こうでの仕事頑張るのよ~。」
とても悲しかった。今まで一緒にいてくれたエクレアと離れて暮らすのは。この数年間、私の後を付いて来てくれたメイドは、明日からもういないのだ。
彼女とは、この数年間、他の誰よりも多くの時間を一緒に過ごした。だから、言葉を交わすことすらできなくなるのはとても辛い。
だが、泣き言ばかり言ってもいられない。私達はそれぞれの道を進んでいかなければならない。私には魔法学校での生活が、彼女にはメイドとしての仕事がある。
だから…
「お嬢様。」
エクレアが私のことを呼んだ。
私は無言のままちらっとエクレアの方を見た。
彼女は私の近くまで来ると、ポケットから何かを取りだし、それを私に向かって差し出した。
「…ん?」
エクレアが差し出したもの、それは白色のハンカチだった。
「…ハンカチ?」
「私からのプレゼントです。お嬢様は普段、ハンカチを携帯されていないですよね?」
「…まぁね。いらなくない?いつ使うの、ハンカチって?」
「手が濡れた時に拭けるじゃないですか。」
「…拭いた後、そのままポケットに入れるんでしょ?汚くない?ポケットの中、腐っちゃうでしょ。」
「腐りませんよ。どういう認識なんですか、それ?…ハンカチはレディのたしなみですよ。持っているだけでも品があるように見えます。」
エクレアはそう言うと、私の胸にそのハンカチを軽く押し付けた。私は嫌々ながらもそのハンカチを受け取った。
「…持たなきゃダメ?」
「ええ。」
「嵩張るからあんまりポケットにもの入れたくないんだけど。」
「嫌ですか?なら、こういう理由なら持っていただけます?」
エクレアは私を真っ直ぐ見て、意地悪な笑みを浮かべて言った。
「私からのプレゼントですので、嫌でも持ち歩いてください。」
「えっ…?」
私ははっとしてエクレアの目を見た。
エクレアの目の奥に無邪気さと純粋さが見えた気がした。
「…フフッ。何よ、それ?」
私はそっと笑った。
そして、その後ハンカチを頭の上に乗せて腕組みをしながら言った。
「どう?似合うかしら?」
「子供ですか、あなたは?それともハンカチを初めて知った人ですか?」
「あんたが嫌でも持ち歩けっていうから、無理矢理使い道を探してあげてるんでしょうが。まったく、あんたはセンスないわね~、プレゼントにハンカチって。無難すぎるでしょ。それに、ハンカチをプレゼントすることの意味わかってんの?」
「ええ。わかっていますよ。でも、そんな言い伝えを気にする人でもないでしょう、お嬢様は?だから、敢えて…です。」
それを聞いた私は、からからと笑いながらエクレアに背を向けた。そして、大広間に向かって歩き出した。
「このハンカチ、鼻水拭くのに使わせてもらうわ。」
私は左手に持ったハンカチを軽く振りながら、後ろにいるエクレアに言った。
「なんかあまりいい気はしませんが…。まぁ、いいでしょう。」
エクレアは呆れた口調でそう言った後、それとは対称的な明るい口調で言った。
「いってらっしゃいませ、お嬢様。」
それを聞いた私は、ちらっとだけ彼女の方を見て言った。
「行って来るわ、エクレア。」
エクレアは優しく微笑んでいた。
私はそんな彼女に微笑みを返した後、再び大広間に目を向けた。
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