第12話 入学式と校長のカツラ
入学式は、マドレーヌ魔法学校にある大きなホールの中で行われた。
ホールには講演台と、生徒達が座るための椅子が多く設置してある。
私達一年生は、その椅子に座って講演台で喋っている先生やらどっかのお偉いさんやらの話を黙って聞いていた。
壇上に金色の髪の毛をフサフサに生やした、比較的身長の低いおじいちゃんがゆっくりと上がってきた。その人物は中央の講演台の上に手を置くと、ゆったりとしたペースで喋り出した。
「えーっ、マドレーヌ魔法学校への入学おめでとうございます、みなさん。…えーっ、校長のテリーです。」
私はあの人物を見たことがある。『空の彼方のユートピア』にも、魔法学校の校長先生が入学式で挨拶をする場面がある。そこに出てくる校長とあの校長は容姿がそっくりだ。
私はこの入学式で、あの校長に関して確認しなければいけないことがある。
『空の彼方のユートピア』では入学式中に、あるイベントが起こる。
それは校長先生のヅラが吹っ飛ぶというものだ。
ゲームが始まってから割とすぐに、魔法学校の入学式の様子が描かれる。
正ヒロインはそこで、これから始まる学園生活に期待を膨らませながら、校長先生の話を聞いているのだが、突如、校長先生がくしゃみをし、その反動で校長の風魔法が暴発してしまい、頭のカツラが高速スピンしながら舞い上がるという、ギャグみたいなイベントがゲーム序盤にして出てくる。
まぁ、いわゆるこのゲームの掴みといわれるものだ。…掴みにしては馬鹿馬鹿し過ぎるイベントだと思うが。
ここがもし『空の彼方のユートピア』の世界なら、この入学式で同じことが起きるかもしれない。
私は壇上で話している校長を真剣に見つめていた。…主に頭の部分を。
すると、すぐだった。
話し始めてから割とすぐに、校長に変化が生じた。そう、校長の鼻がムズムズし始めたのだ。
「君達には未来があり、そして…へっ…へっ…」
校長は話の途中で、目を細めて、口を歪めて、フリーズした。
次第に校長の顔は大きく歪んでいき、今にも、くしゃみを出しそうといった感じになった。
「…!」
それを見た私は興奮のあまり握り拳を作りながら、さっきよりも身を乗り出して、壇上にいる校長に注目した。…主に頭の部分に。
そして、その瞬間は遂に訪れた。
「へっ…へっくしゅん!!」
校長は盛大にくしゃみをした。ジジイが全く押さえようとせず、自分の気持ち良さ優先で思いっきりぶちまけた時の、あのビビるくらい大きなくしゃみだった。
と、そのくしゃみが出た直後、校長の頭の上に何重もの魔法陣が現れた。そして、それらは光り輝き出し、校長が立っている壇上に、小規模だが、激しい竜巻を巻き起こした。
ブワーッと壇上で発生したその竜巻は、校長を中心として、物凄い風を渦巻かせていた。そして、その渦巻いた風は、校長の頭をしばくかのように吹き抜け、校長の頭に乗っていたものを、遥か上空へと吹っ飛ばした。
カツラだった。
竜巻は校長のカツラを引きはがし、高速の回転を与えながら空中へと舞い上がらせた。
「校長!?大丈夫ですか!?」
その光景を傍から見ていた先生達は、勢いよく壇上へと駆け上がり、校長の元へと向かった。
校長は、自らの風魔法を喰らいながら、寂しくなった頭を必死で隠していた。
そして、その様子を各々の座席から見ていた生徒達は、みんな唖然としていた。みんな何が起きたのか分からないと言った様子だった。
しかし、そんな中、私は1人ガッツポーズを取っていた。
「…っし!」
校長のカツラが飛んだことで私は確信した。
間違いない。ここは『空の彼方のユートピア』の中の世界だ。そして、恐らく私はそのゲームに出てくる悪役令嬢である。
周りの子には、校長のカツラが飛んだ瞬間にガッツポーズをした私がとても怪しく見えたかもしれない。しかし、私はそんなこと気にしなかった。
私は、このゲームの悪役令嬢に生まれ変われたことがとても嬉しかった。
私は、前世でVtuberをしていた。
前世での私は、はたから見ればあまり日常生活に不満を持っていない、それなりに充実している学生に見えていたかもしれない。
しかし、私の心の中では日々、鬱憤が溜まっていた。毎日、人と接するときは無理して明るく振舞って、したくなくても会話に頑張って加わっていたからだ。
なぜ、自分を偽って生きなければいけないのだろうとか、そんなことばかり考えていた。
たまにこんなことを言ってくる人がいる。「そんなに嫌なら無理しなくていい。」って。
簡単に言ってくれるが、そんなわけにもいかないのだ。
ありのままの自分で生きるのもいいかもしれない。でも、そんなわがままな私を受け入れてくれる人達は一体何人いるだろう?疲れるからって不愛想にしている私を気にかけてくれる人なんているだろうか?話したくないからって話に加わってこない私と誰が仲良くしてくれるのだろうか?
学校生活を営むためには、嫌でもやらなければいけないことがたくさんある。そしてそれは、無理をしてでも続けなければいけないもので、おいそれとやめれるものでもないのだ。
だが、極稀にそういう無理をせずに学校生活を送れる人間がいる。それは、元の性格が学校生活に適している人間だ。
何も考えずとも元から明るく、会話するのが大好きな人。そんな人はとても愉快な学校生活を送っているのだろう。とてもうらやましい。
私はそれらを一種の才能だと思っている。学校生活を楽しく送ることができる才能。自分を偽らなくても、ありのままで生きていくことができる才能だ。私はそれを持って生まれなかったのだ。
私は気づいた。才能のない人間はありのまま生きることができないんだと。
しかし、逆にこうも思った。
ありのままの私に需要のある場所を見つければいいのではないか?
学校では需要がなかった素の自分も、他の場所では求められるかも。
根暗で、めんどくさがりで、人と会うのがあまり好きではない、インドアな私を受け入れてくれる場所。私はそれをしばらくの間探し続けた。
そして私はVtuberになることを思いついた。
Vtuberになれば人に明るく接することも、つまらない会話をすることも、自分を偽ることもしなくていいと思った。…いや、まったくしなくていいと思っていたわけではない。多少のキャラ作りは必要だと思っていた。
しかし、それよりもありのままの自分を一番生かせる場所だと思った。ありのままの自分を受け入れてくれる人達がたくさんいるところだと思った。
私は自分に近いようなキャラを作り、Vtuberになった。そのキャラは貴族学校に通う悪役令嬢という設定だった。それは自分に似ていると同時に、憧れのキャラでもあった。
Vtuberとして生配信をしてる時はとても楽しかった。ありのままの自分で雑談したり、ゲーム実況したり。学校生活で溜まっていた鬱憤はそこで解放された。
しかし、それも長くは続かなかった。私はある壁に直面した。
視聴者がとても少ないのだ。
生配信を見てくれる人は存在した。毎回見に来てくれる固定のファンだっていた。
しかし、ほとんどいないも同然の人数であった。いや、こんなことを言ってはその時応援してくれていた人達に失礼かもしれないが、私の心はそれでは満たされなかった。
何とかして視聴者数を稼がないと。次第に私の考えはそうなっていった。
たぶん、私は怖かったのだ。ありのままの自分を受け入れてくれると思った場所でも、大した成果を得ることができなかったという事実が。
そして、次第にVtuberとしての活動は自分をさらけ出せる場所から、偽らなければいけない場所に変わっていった。
こうなると私がもうVtuberとして活動する意味なんてないんじゃないかと思われるかもしれない。ここもありのままの自分を受け入れてくれる場所でないなら、次の場所を見つければいいのではないかと。
でも、私にとって最初から諦めていた学校生活と、自分の才能を生かせると思って始めたVtuberとしての活動は違った。
私は視聴者数を伸ばすために自分を偽ることにした。その時に作ったキャラクターが光名りるというとても明るい女の子だ。一度、大勢に好かれるキャラを演じて、ある程度人気が出たら素の自分に戻ればいい。私の考えは次第にそうなっていった。
私はできるだけかわいい声で、見てる側に元気を与えられるように明るく、そして応援してもらえるように楽しく振舞うようにした。
そのキャラ作りが功を奏したのか、前よりも視聴者数が伸び、固定のファンも前より断然増えた。
…とは言っても人気者には程遠い。このキャラをしばらく続けないと全然伸びないだろうと確信していた私は、溜まっていく鬱憤を抑え込んでVtuberの活動を続けていた。
…まぁ、死んだんだけど。
私は前世で自分を偽ることに対してとてもうんざりしていた。
だから、今、悪役令嬢に生まれ変わったと知って私はとても嬉しいのだ。
これから始まる学園生活で悪役令嬢として生活すればいい。ありのままの自分で過ごせばいいからだ。
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