第13話 取り巻きはおにぎりとクロワッサン
入学式が終わり、みんなが会場を後にして一年生の教室へと向かった。
一学年の人数は、四十人ほどである。
マドレーヌ魔法学校は、このオマンジュウ王国一の貴族学校である。だから、この国中の貴族の子供達が集まってくる。しかし、それだけではなく、平民の家の子も少人数だが入ってくる。
故に、学校にはいろいろな階級の子達がいる。公爵家の長男やら、子爵家の娘やら、平民の家の子やら、そして中庭で見たあの第三王子やらも教室にいた。
私は、いろいろな子達がいる教室の中で、自分の席で足を組みながらふんぞり返っていた。侯爵家の令嬢と乙女ゲームの悪役令嬢という肩書が私をそうさせた。
私はこの教室で悪役令嬢として学園生活を送るのだ。
ところで、一般的に乙女ゲームの悪役令嬢と言えば、ゲームの最後に悲惨な目に遭うのがお約束だったりする。退学させられたり、国から追放されたり、最悪の場合殺されたり。今まで散々ひどいことをしてきたのだからその報いを受けろと言わんばかりに懲らしめられる。
普通、悪役令嬢に転生したらそこを心配したり、回避しようとしたりするものなんだろう。…いや、そもそも転生するのが普通じゃないかもしれないけれど、たぶん…ね?
でも、私はそんなこと心配しない。いや、する必要がない。
なぜなら、この『空の彼方のユートピア』に、悪役令嬢が酷い目に合うエンドはないからだ。
このゲームの悪役令嬢は、ヒロインに嫌がらせをいろいろとするが、最後には自分の行いを反省し、正ヒロインと良好な関係を築く。それだけでなく、エンドによってはメインヒーローと結ばれたりするものもある。
そう、このゲームの悪役令嬢は最終的に幸せになるのだ。途中、少し嫌な目に合うかもしれないが、最終的には解決するはず。だから、全く憂う必要がない。つまり、余裕なのだ。
私はそんなことを考えながら、自分の椅子にもたれかかり、両手を頭の後ろに回して鼻歌を歌っていた。
「ありの~ままの~♪」
前世で聞いたような気がする曲を気分良く歌っていた。すると、そんな私の目の前に、知らない女の子がやって来た。
「ん?」
私は鼻歌をやめて、目の前の女の子に目をやった。
その人物は私の席の前で止まると、少し笑みを浮かべながら言った。
「お初にお目にかかりますわ、“クリムブリュレ侯爵令嬢“、ヒルノ様。」
そう言ってその女生徒は、スカートを両手で軽く摘まみ上げて、軽くお辞儀をした。
青色の綺麗な長い髪に、低めの身長、透き通ったグリーンの瞳、そして顔つきは少し幼く見えるが、その表情は自信に満ち溢れていた。
「えっと…どちら様かしら?」
「失礼致しましたわ。わたくし、オムスビス子爵家の令嬢で、名をニギリーナ・オムスビスと申しますわ。以後、お見知りおきを。」
「ニギリーナ…オムスビス…?…ぷっ。」
私は吹き出しそうになって、慌てて唇をキュッと結んだ。
…なんだ、オムスビス子爵家って。完全におむすびじゃん。
そして、なんだ、ニギリーナって。もう、名前でおむすび握っちゃってんじゃん。
私は彼女にバレないように必死に笑いを堪えていた。毎回のことだが、人の名前で笑うなんて失礼極まりないことだ。しかし、笑ってはいけないと思うほど、笑いがこみあげてきてしまう。
「ヒルノ様?どうかなさいました…?」
ニギリーナは、私のことを困惑した表情で見ていた。私は、こみ上げてくる笑いを無理矢理押さえつけ、深く呼吸をしてから彼女に言った。
「スゥー…ご丁寧にどうも、ニギリーナさん。」
私が強張った表情でそういうと、彼女は再び軽くお辞儀をしてから言った。
「ヒルノ様、わたくしのことはニーナとお呼びください。」
「ええ、わかったわ。そっちの方が安全そうね。」
「えっ?…どういうことでしょうか?」
「いいえ、こっちの話よ。よろしくね、ニーナ。」
「よろしくお願いいたしますわ。…ところで、ヒルノ様。オムスビス家のことはご存じでいらっしゃいますでしょうか?」
「…ふふっ…あー…えっと…あっ!そういえば…父さんから聞いたことあるかも。確か、うちの領内にある町の一つを任されてるとか…。」
「ええ!そうでございますわ!ヒルノ様に知っていただけていて、大変光栄でございますわ!」
ニーナは心底嬉しそうに笑っていた。彼女は自分の家に相当誇りを持っているようだ。
「我がオムスビス家は昔からクリムブリュレ家と深い関りがありまして…」
「へー、そうなんだ。」
「…ご存じないでしょうか?」
ニーナはとても残念そうな顔をした。やはり、彼女は自分の家を誇りを持っており、彼女より身分の高い私にあまり認識されていないのが残念なようだ。
それを見た私は両手を振って、慌てて取り繕った。
「あー、いや!ほら!私、そういうの疎くてさー!よかったら教えてくれる?」
私はこの場面での最適解と思われる返答をした。その解は当たっていたようで、それを聞いたニーナはパッと明るい顔になった。
「ええ、かしこまりましたわ!それならばヒルノ様にわたくしがオムスビス家についてご説明いたしますわ!まず、我がオムスビス家の始まりなのですが…」
ニーナは得意気に話し始めた。意気揚々と話し始めた彼女を見て、私はホッとした。何とか彼女の気分を害さずに済んだみたいだ。
世の悪役令嬢がこんなことを果たして考えるだろうか?
…まぁ、いいか。悪役令嬢に転生したと言えど、人ががっかりしている姿を見るのはあまり気持ちのいいものではない。
しかし、私はニーナに彼女の家のことを喋らせたことを後悔することになった。
彼女は全く止まることがなかった。私は軽い気持ちで聞いたつもりだったのだが、彼女は家の成り立ちからこれまでの功績まで事細かに話した。
「…そうしてオムスビス家は…」
「…あー、ニ、ニーナ?」
「どうなさいましたか、ヒルノ様?」
「あなたの家の話もいいんだけど、ほら…なんていうか、その…」
私は、なんと言ってニーナの話をやめさせればいいのか迷っていた。
「…ニーナちゃん。」
と、私が困っているところに別のクラスメイトがやって来た。
その女の子は、茶色いショートの髪で、丸い眼鏡を掛けていて、ニーナより少し身長が低く、全体的に控えめな雰囲気が漂っていた。
「…何よ?」
「…ヒルノ様、困ってるよ…。」
「はぁ?ヒルノ様はわたくしの話を楽しく聞いてくださっていたでしょ?あんたがヒルノ様の気持ちを代弁しないでくれる?」
「…。」
ニーナとその子の間に気まずい雰囲気が流れた。それを見た私は慌てて二人の間に入った。
「ま、まぁまぁ二人とも、落ち着いて。…あー、あなた、はじめましてよね?私、ヒルノ・クリムブリュレ。よろしくね。」
私は、彼女に対して手を差し伸べた。彼女はそれを見て俯きながらだが自己紹介をしてくれた。
「…クロワ・サンタベールです。」
「クロワ…サンタベール…フフッ。」
私はまたしても笑いそうになってしまった。
クロワ…サンタベール…。
完全にクロワッサン食べちゃってるじゃん。
おにぎりの次はクロワッサンか。
私は、ニーナの時と同様、唇をキュッと結び、笑いを堪えた。
クロワと名乗ったその少女は差し伸べられた私の手を軽く握った。ニーナはその様子を不満げに見ていた。
「ヒルノ様、クロワはわたくしの幼馴染ですわ。彼女の家はサンタベール男爵家という貴族の家系でして…」
聞いてもいないのにニーナがクロワの家について話し始めた。
私はそれを苦笑いで聞いていた。
しかし、頭の中では全く違うことを考えていた。
私はこの二人が何者なのかを考えていた。つまり、『空の彼方のユートピア』での役割は何なのかということだ。
少し考えると、この二人が誰なのかわかった。
おそらく、この二人は悪役令嬢の取り巻きである。
『空の彼方のユートピア』には悪役令嬢にいつも腰巾着のようにくっついて回るキャラが二人出てくる。
その二キャラにニーナとクロワの容姿や性格なんかが非常に似ている。
まぁ、例の如く、名前はまったく違うものになっている。こんな米とパンを連想させるような名前ではなかったはずだ。
「そのような経緯がありまして、オムスビス家とサンタベール家は…」
相変わらずニーナは得意げに話を進めていた。また途中で話を遮るのも悪いので、私は早く終わらないかな…という文字を頭に浮かべつつ、彼女の話を聞いていた。
すると突然、ニーナの話を遮るかのように教室の扉が開き、聞き覚えのある声が聞こえて来た。
「はい、皆さん席についてください。」
その声の主はフラー先生だった。フラー先生は、慌てて自分の席に移動する生徒達をチラッと見ながら、教卓までゆっくりと歩いた。
「皆さん、ご機嫌よう。私はこのクラスの担当教師を務めます、フラー・イドポーテートです。」
教卓についた彼女は、クラス全体に対して言った。
先生がそう言い終わる頃には全員、各々自分の席に座って大人しくしていた。さすが、いいとこの子達が集まってるだけはあるなと思った。
私は前で喋っているフラー先生の言葉を聞き流しながら、クラス全体をさり気なく見回してみた。
すると、一つだけ誰も座っていない席を発見した。
一体、誰の席だろう?頭の中にそんな疑問が浮かんだ。
しかし、この疑問はすぐに解決することになる。
クラスの全員が静まり返り、フラー先生の話を聞いていたのだが、突如その沈黙を破り、教室の扉が再び開かれた。
バタン!!
クラスのみんなやフラー先生は驚いて扉の方に注目した。そして、私もそれにつられて同じ方向を見た。
勢いよく開かれた扉の向こうには、一人の女の子が立っていた。
その子は、肩くらいまでの金色の髪に、グリーンの瞳、同年代の子に比べて少し低い身長、幼く見える顔立ちをしていた。そして、私はその子に見覚えがあった。そう、昨日橋の上で私にぶつかってきた子だった。
「間に合ったー!!」
「いいえ。間に合っていませんよ、メリルさん。」
その子の言葉を遮るように、フラー先生は冷静に言った。
「あれ?」
その子は首を傾げながらポワッとした表情をしていた。
「遅刻ですよ。一体、何をしていたのですか?」
「せんせー!外にチョウチョさんがいたので追いかけてました!」
「そうですか。早く自分の席にお座りなさい。」
「せんせー!自分の席がどこだかわかりません!」
「あの一つ空いている席です。早く座りましょうね。」
「はーい!…あっ!」
メリルは自分の席に向かっている途中で私を発見した。彼女は、自分の席から私の方へと進行方向を変えた。そして、私の席の目の前までくると私の手を両手で握り明るい笑顔で言った。
「ヒルノちゃん!同じ学校だったんだね!それに同じクラス!嬉しいなー!これからよろしくね!」
「…あ、はは…よろしく…。」
私はメリルの勢いに困惑しながらも返事を返した。それをフラー先生はずっと呆れた様子で見ていた。
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