ほんへ 入学式

第10話 貴族学校とフライドポテト

「ここが今日から私が生活していく学校。」


 大きな門を抜け、ドッシリと構える校舎を見ながら私は呟いた。


 マドレーヌ魔法学校。


 都市にそびえ立つこの学園は、私達が暮らす国、オマンジュウ王国の中でも一番高尚な学校だと言われている。


 この学園には、オマンジュウ王国中から貴族生まれの学生達が集まり、学問や魔法を学び、集団生活の中で社会性を身につける。


 学園の入り口には、大きな門が構えてあり、そこをくぐると校舎まで続く長い道と大きな中庭がある。そして、生徒達が生活をする校舎はとても綺麗なゴシック調のものでとても幻想的な雰囲気を醸し出していた。

 

 そう、いかにも金持ち達が集いそうな貴族学校だ。


「…オマンジュウ王国。」


 私は自分が暮らしてきた国の名前に違和感を覚えていた。 


 なんだ、オマンジュウ王国って。


 今まで私が暮らしてきた国ってそんな対象年齢低そうな国名だったのか。でも、私はこれまでこの国の名前を変だと思ったことはない。

 やはり、こういう名前はこの世界ではとても一般的なものなのだ。


「…ねぇ?オマンジュウ王国って国名のことどう思う?」


 私はそれとなしに、隣を歩いているエクレアに尋ねてみた。エクレアは私にチラッと目をやりながら、その質問に答えた。


「どう思うって…特に思うことはないですが?」


「…変な名前だって思ったことない?」


「国辱ですか?」


「違うわよ!…まぁいいや。今の忘れて。…あっ!見て、あれ!すごい人だかり!」


 私は、遠くに見つけた大勢の人達を指差しながら言った。私の指につられてエクレアもそちらに目をやった。


「本当ですね。」


「なに?韓流スターでもいんの?」


「かんりゅ…?なんですか?」


「いや、いいわ。これも忘れて。」


 目を凝らしてよーく見てみると、その大勢の人達の中心にいる人物がチラッとだけ見えた。


 その人物は、綺麗な金色の髪に水色の瞳、シュッとしているが少し幼さの残る顔、男の子にしてはちょっとだけ小柄な身体、そしてそれを覆うマドレーヌ魔法学校の学生服という見た目をしていた。


「…あれ?もしかしてあの人って、この国の王子様じゃない?…確か、3番目くらいの。」


 私は、少し驚いた顔をして言った。


「ええ。あの方はこの国の第三王子、ステイ様です。」


「…へー。王子様もこの学校来るんだ。王子様はお城で勉学に励むんだと思ってたわ。」


「…そうですね。私もステイ様がご入学されていることを今初めて知りました。第一王子も第二王子もこの学校には通われず、王宮で勉学に励まれています。私の知る限りでは、この国の王子で魔法学校にご入学なされたのは彼だけです。」


「ふーん。なんで?落ちこぼれとか?」


「…。お嬢様。」


「…。よし、やめようか、この話。」


 ジト目で私のことを睨んでいるエクレアから目を逸らし、私は再び前を向いて歩き出した。


 周りを見渡すと第三王子のところ以外にも、何箇所かに人の集まりができていた。


 たぶん、みんな偉い家の息子や娘だろう。


 その子達の周りには、使用人やら、先生やら、この国のお偉方やら、この学校の生徒達やらがいた。


 私は呆れながらそれらを見ていた。


「大層なご身分ね。私のところには誰も来ないのに。」


「そうなるように望まれたのはお嬢様です。囲まれたら面倒だから使用人の数も最小にして、お出迎えも一部を除いて、全て断るようにと仰ってたじゃないですか?」


「まぁ、そうだけど。実際にチヤホヤされてる人を見ると、自分もそう扱われたいって欲が出るっていうか…。」


「難儀な性格ですね。」


 そんな会話をしながら、しばらく歩くと校舎の入り口に着いた。


 大きな扉を開いて学生達を待ち構えているその入り口に、私は何の戸惑いもなく入って行った。


 校舎に入ってすぐ、先生と思しき人物が私に近づいて来た。


「ご機嫌よう。お待ちしておりましたよ、ヒルノさん。」


 その人物は、ゆっくりと近づいて来て軽く私に手を振った。


 白い髪の毛を頭の後ろで結んでいて、私より身長が5センチほど高く、黒色の綺麗なドレスを身につけた50歳くらいの女の人だった。


「おはようございます、先生!…ですよね?」


「ええ、そうです。…ああ、失礼しました。自己紹介がまだでしたね。私はこのマドレーヌ魔法学校で教師をしているフラー・イドポーテートです。」


「フラー・イドポーテート…ぷっ。」


 私は先生の名前を聞いて笑いそうになった。


 フラー…イドポーテート…。


 まんまフライドポテトじゃん。これ、笑わせに来てるの?


 私は両手をサッと、あくまで自然な感じで後ろに回し、左手の甲を右手の親指と人差し指で思いっきりつねった。

 

「…ヒ、ヒルノ・クリムブッ…フフッ…ブリュレです…ぷっ。…よろしくおね…フフッ…おねがいします…ふっ。」


 私は笑みを零さないように必死に唇をキュッと結びながらフラー先生に言った。


「はぁ…?どうかされました、ヒルノさん?」


「…いえ。…スゥーッ…大丈夫です…フフッ。」


「あなたのお母様とは古くからの友人でしてね。彼女の娘であるあなたには一度挨拶をと…本当に大丈夫ですか?」


「…はい。」


 フラー先生は終始、私のことを懐疑的な目で見ていた。私はなんとか笑いを堪えるのに徹していた。


「入学式はもうすぐ始まります。始まるまで向こうの大広間で待機していてください。」


「…はい。」


「…ヒルノさん?私との会話を必要最低限で済ませようとしてません?」


「…いえ、そんなことないです。」


「…本当に?」


「…はい。」


「…。」


「…。」


「…ま、まぁいいでしょう。また後でお話ししましょう。」


「…はい。」


 戸惑っているフラー先生の横を通り、私は奥にある大広間に向かった。

 私の不自然な態度にエクレアは疑問を投げかけてきた。


「お嬢様、失礼過ぎます。先生を馬鹿にして笑うなんて。それに昨日から様子が変です。何かありました?」


「べ、別になんもないけど。後、馬鹿にしてるわけじゃないから。ただ、名前が面白かったから笑っちゃっただけよ。」


「…いや、それ充分馬鹿にしてますよね?そういえば、昨日私の名前を仰られた時も笑ってましたね。…あの川に落ちた時、お嬢様の何かが変わったとしか思えません。」


「ほんとに大丈夫だって!何も変わってない…変わる?」


 私は話を途中で止めた。


 あっ…そういえば思い出した。


 私はミネールさんという従妹から謎の手紙を貰ったんだった。


『この先、何か変わったことがあったら私のところを訪ねなさい。』


 確か、手紙にはそう書いてあった。


 すると、エクレアも思い出したかのように急に話出した。


「そういえば、ミネール様からの手紙に『変わったことがあれば訪ねてくるように』と書いてましたね?それとなにか関係が?」


 私が手紙のことを思い出した瞬間に、エクレアはそう尋ねてきた。彼女は私の目を真っ直ぐに見つめていて、まるで私の隠し事を見抜いているかのようだった。


 私は、少し悩んだ末にエクレアにこう切り返した。


「ほんとに何も変わってないから。…でも、もし、仮にこの変わったことっていうのが何かわかったら…それ、聞きたい?」


「…まぁ、無理にとは言いませんけど、お嬢様の生活に支障をきたすようなら把握しておきたいですね。」


「じゃあ、大丈夫ね。私、ちょっとやそっとのことで動揺しないし。」


「いや…。…まぁ、いいでしょう。ミネール様が仰られた通り、あまり詮索はしないでおきます。その代わり、お嬢様はしっかりとなさってください。」


「わかった、わかった。ごめんて。」


 その後、エクレアはこのことについて聞いては来なかった。


 たぶん、前世の記憶が戻ったなんて言っても信じないだろうし、エクレアにできることもないし、そもそも別に今のところ困ったことなどない。


 まぁ、とりあえず今は入学式のことを考えよう。私はそう思って学校の大広間へと目を向けた。 


 

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