第9話 ヒルノと紗季
次の日。マドレーヌ魔法学校の入学式の日。
私は学校の制服を身に纏い、ラテマキアート学生寮の自室にいた。窓に差し込む日差しを体全体で受け止めながら、私はそこから見える景色を眺めていた。
窓の外には、まだ人が活動する前の街並みと、私がこれから通うこととなる学校が見える。
私は深く呼吸をした。
昨日、私には前世の記憶が戻った。そして、記憶が戻ったことによりいろいろな疑問が生まれた。
ここは乙女ゲーム『空の彼方のユートピア』の世界なのか?
そして、私はそのゲームの悪役令嬢に転生したのか?
昨日出会ったメリルという名の少女は正ヒロインなのか?
もし、それらの疑問の答えがイエスだった場合、名前などの設定が微妙に違うのはなぜなのか?
今は考えても答えが出ないかもしれない。一体、この世界は…
「…まあ、どうでもいいか、今は!」
私はそう言って腰に手を当てて、少し笑った。
そう。とりあえず今考えても、そんなことわからない。
それに私が私であることに変わりはない。
私はこの世界で15年間、こうしてしっかりと生きてきた。
仮にこれがゲームを模した世界であろうと、前世の記憶が戻ろうと、これからもヒルノ・クリムブリュレとして生きていくのだ。
この世界では、何があろうとクリムブリュレ侯爵家の令嬢で、父さんと母さんの娘。そして、この世界の色々な人達と、共に支え合いながら生活してきた。
この事実は変わらない。
「…嬉しそうですね。」
後ろからエクレアが話しかけてきた。私は口元に笑みを浮かべながらくるりと振り返った。
「そりゃあ、今日は入学式だからね。気持ちの一つや二つ昂ってもおかしくないでしょ?」
私がそう言うとエクレアは少し驚いた様子を見せ、それからさり気なく私から目を逸らした。
「意外ですね。お嬢様はこういう行事事を面倒臭がるとばかり思っていました。」
その言葉を聞いた私は、少し笑って言った。
「まぁ、たまにはね。」
私はそう言った後、改まった態度で続けた。
「…今までありがとう、エクレア。…それと、これからもよろしくね。」
私は彼女の目を真っ直ぐ見て、微笑みながら言った。私の不意打ちにエクレアは戸惑っていた。
「えっ?あ、はい。…なんですか?急に。気持ち悪い…。」
「おい!気持ち悪いって言うな!失礼ね!」
懐疑的な目で私のことを見るエクレアに、私は慌ててツッコミを入れた。恐ろしく早い私のツッコミに、エクレアは今度はまったく動じずに答えた。
「いや、だってお嬢様がそんなこと言うのを初めて聞いたので。どうしたんですか?もうすぐ死ぬんですか?」
「別に死ぬ予定なんてないけど?…っていうより、むしろ生き返ったって感じね。」
「…?」
私の言葉の意味が理解出来ずに、エクレアはしばらく首を傾げていた。
「ヒルノお嬢様ー!エクレアさーん!」
唐突に私達を呼ぶ声が部屋の外から聞こえてきた。声がした方に目をやると、部屋の入り口に立っているグミと、横からひょっこり顔を出しているキャンディーがいた。
「準備できましたー?そろそろ出ないと遅刻しますよー?」
元気よく私達に呼びかけるキャンディーに、私は軽く手を振って答えた。
「わかってるわ。今行くから。」
私は未だに不思議そうな顔をしているエクレアを尻目に、部屋の入り口付近で待っている二人の所へと歩いていった。
部屋を出る前にキャンディーが私に向かって問いかけてきた。
「お二人で何をお話されていたのですか?」
笑顔で聞いてきた彼女に、私は意地悪な笑みを浮かべながら言った。
「ヒ・ミ・ツ!」
「ええー!?教えてくれてもいいじゃないですか〜!?」
「フフッ。あなた達も、今までありがとね!」
私は笑いながらそう言って二人の肩に手を置いた。すると、キャンディーとグミもそれに釣られて笑い出した。
「どうなさったんですか〜!急に〜!」
「らしくないですね〜!不気味です~!」
笑いながらそう言った二人のメイドと共に、私は部屋を出た。
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