第25話 魔法使いと入れ替えの魔法
「…ふにゃ…っ…それ私のプリンだから!!…あ、あれ?」
なんとも間抜けな寝言を放ちながら、私は目を覚ました。
重たい体を無理矢理起こすと、夜空に浮かぶ綺麗な月と、それを眺めながらバルコニーで佇む、メリルの姿が見えた。
まだ少しぼやけている視界で、その光景をボーッと眺めていた。
いつの間にか眠っていたようだ。
あの後、目を閉じてからたぶん速攻で眠りに落ちた。まぁ、今日は色々あったから仕方ない。
しばらくすると、ニーナ達と六時半に約束していたことに気がつき、慌てて時計を確認した。夜の7時…完全に遅刻していた。
私は時計を投げ捨てて、慌ててベッドから飛び降り、急いでメリルのもとへと走った。
「ちょっと!メリル!」
「あ!ヒルノちゃん!おはよう!どう?よく眠れた?夢の中で、憧れの意地悪な魔法使いにはなれた?」
「はぁ?…ああ、そういえばそんな話してたわね、寝る前。見れてないわ。誰かにデザートを強奪される夢を見てた。…いや、そんなことどうでもいいわ!どうして起こしてくれなかったのよ!?」
「起こす?あ!そうだった!ヒルノちゃんをチューで起こす約束してたんだった!今からしてあげるよ!」
「そんなことしたらマジでトーキック喰らわすから。あんた、私のつま先とチューすることになるわよ。…まぁいいわ。あんたも新歓行くんでしょ?だったら早く準備しなさい、そんな月ばっか見てないで。月なんて珍しくもなんともないでしょ。」
私がそう言うと、メリルは嬉しそうな顔をしていった。
「ヒルノちゃん!あのね、今ね、あのお月様のところに箒に乗った魔法使いさんがいたんだよ!」
「…魔法使い?」
「そう!箒に乗った魔法使い!」
彼女にとって箒に乗った魔法使いは珍しいものだったのだろう。
魔法使いで箒に乗れるようになるのは、一握りの人間しかいない。箒は一部の魔法学に長けた生まれつき魔力の高い人間にしか乗れないのだ。そして、魔力の高い人間はほとんど貴族の家系にしか生まれない。彼女は平民の家の子だ。箒に乗っている魔法使いが身近にいないから彼女にとってはそれが珍しいのかもしれない。
しかし、遅刻している今の私は、それを伝える余裕がなくメリルの話を雑に処理してしまった。
「いや、魔法使いって…あんたも私も魔法使いでしょうが。珍しくもなんともないでしょ、そんなの?その人が黒猫連れて宅配物でも持ってなきゃ、興味の一つもそそられないわ。」
「う〜ん…猫ちゃんは連れてなかったかな。でも、なんか…こう…昔話とかに出てきそうな…ザ・魔法使い!みたいな見た目の人だったんだよ!そんな人滅多にいないよ!もう一回来ないかな〜?」
メリルは子供のように目を輝かせながら、再び大きくてまん丸い月へと顔を向けた。そんな彼女を見た私は、溜息を吐いて彼女と月に背を向けた。
「もう来ないでしょ、そのザ・魔法使いも暇じゃないんだから。」
「えぇ〜!?もう来ないの?そんなのやだ!ザ・魔法使いさ〜ん!もう一回目の前に現れて〜!」
メリルは大声で叫び出した。私は、慌てて彼女の背後に回り込み、口を塞ぎ、叫ぶのをやめさせた。
「コラ!何叫んでんの!迷惑でしょ!あんたに呼ばれて出てくるほど、その魔法使いもサービス精神旺盛じゃないから!あんたも新歓行くんでしょ?だったら、もう諦めて準備しなさい!」
私に口を塞がれたメリルは、モゴモゴと何かを言い続けていた。さらに、ジタバタと暴れ出した彼女を、私は軽く関節を決めたりして制していた。
しばらくわちゃわちゃしていると、いきなりメリルが「ん〜!」と何かを指差して私の手の中で叫んだ。
私はメリルを一瞬、懐疑的な目で見た後、その指がさす方向を見た。
その先には、箒に乗った魔法使いがいた。
緑色の服と帽子。月明かりに照らされてキラリと輝く銀色の髪の毛。丸い眼鏡の奥には水色の瞳。体型はとても小柄で、まるで子供みたいだった。
「あっ…」と思わず声が漏れた。
その魔法使いに見惚れて手を緩めた私に、メリルは解放された口を大きく開いて言った。
「ほら!さっき見た魔法使いさんだよ!また来てくれた!たぶん、すっごくファンサービスのいい人なんだね!」
その魔法使いは私達を微笑みながら見ていた。私にはなんだかその微笑みが嘲笑に近いものに見えた。
しばらく沈黙が続いた後、その魔法使いが唐突に口を開いた。
「君達に魔法をかけておいたよ。フフッ」
その魔法使いは、小さな声で囁くように私達に言った。私は魔法使いのその言葉の意味が分からず、戸惑ってしまった。
魔法?なんの?
「えっ…それってどういう…」
私は頭の中で渦巻いている疑問を、そのまま魔法使いにぶつけようとした。と、その時、私の目の前に小さな線香花火のような光が現れた。
「…?」
私が不思議に思ってその光に触れようとした瞬間、それはパッと大きく広がった。
「…!」
私はその光にびっくりして、慌てて右手で光を視界から遮った。そして、その後目を閉じようとしたのだが、その時にあることに気が付いた。
その光は全然眩しいと感じなかった。
私は、顔の前にもってきていた右手をゆっくりと下し、その光を直視してみた。
やはり、全く眩しくない。
私は唖然としながらも、隣にいるメリルの方に視線をやった。
メリルも私と同様、その光を驚きながら見ていた。しかし、メリルの表情は驚きから次第にワクワクに変わっていった。
「うわぁ!すっごーい!!」
メリルはそう叫んだ。すると、それと同時にその光が更に大きくなり、やがて私の視界は真っ白になってしまった。私は迫りくるその光にびびって目を瞑ってしまった。
「ちょ…!な、何これ!?」
私とメリルは成す術もなくその光に飲み込まれてしまった。
なんだか優しいような、柔らかいような、懐かしいような…そんな感覚に私は包まれた。
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