第26話 ヒルノとメリル
私とメリルを包んでいた光は、軈て儚げに消えていった。
私は目を恐る恐る開けた。
そこにはさっきと何も変わらない景色が広がっていた。
大きくて、神々しく光っている満月、その光に照らされている夜の街、そして目の前には相変わらず微笑みながらフワフワと箒に乗って浮いている魔法使い。
私はそれらを見て、少しホッとした。
しかし、その直後、とあることに違和感を覚えた。
なんだか、バルコニーの手すりが高くなったような気がした。
「…ん?」
それだけではなかった。なんだか、全体的にさっき見ている景色より、低い位置から見ている景色のようだった。
まるで自分の身長が縮んでしまったようだった。
「…っ、一体何だっていうの…」
あれ?なんだか声が変だ。
私は自分の喉に手を当てた。
「…あー…?」
もう一度、声を出してみて確信した。これ、私の声じゃない…。私の声はこんなに高くない。それに、今私が発した声はなんだかメリルの声に似ているような気がした。
「う〜…、何が起きたの?ヒルノちゃん?」
なぜか、後ろから私の声がした。
私は、その声にゾッとして恐る恐る後ろを向いた。
そこには、いつも鏡で見ている人間…そう、私がいた。
「…えっ。…えぇ!?」
私の目の前にいる私は、まるでゾンビのような動きをしながら起き上がってきた。
なんだ、こいつ!?なんで目の前に私がいる!?ドッペルゲンガーか!?
様々な考えが頭の中で渦巻いた。
物凄く戸惑いながら私は自分の顔面をペタペタと触ってみた。すると、いつもと顔を触った時の感覚が違うことに気が付いた。
これ…私の顔じゃない!っていうか目の前に何故私がいる!?
次に、私は自分の髪の毛を確認した。本来の私なら髪の色は黒なはず…。髪の毛を引っ張って見てみた。金色の髪だった。そして、長かった髪は短くなっていた。
金色で短めの髪。これはメリルの特徴だ。
あれ?
なんかおかしくない?
なんで、目の前に私がいて、自分の身体的特徴がメリルのようになってるの?
馬鹿げた考えだけど…。
もしかして、私とメリル…入れ替わってる?
そういえば、目の前の私は、さっき私のことをヒルノちゃんって呼んでた…。
メリルも私のことちゃん付で呼んでる…。
私は再び私の方、もといメリルの方を見た。
私の姿をしたメリルは、メリルの姿をした私と目を合わせた。キョトンとした顔をしていたメリルだったが、しばらくすると事態を理解したようだった。
「えぇ〜!!ど、どうして!?目の前に私がいるの!?私、二人に増えちゃったの!?」
いや、理解はしていなかった。が、普通ではないことはわかっているようだ。
「お気に召してくれたかな?」
と、突然、私の後ろ、満月の方から声が聞こえてきた。
魔法使いだった。今まで、私達を静観していた魔法使いが、急に話しかけてきた。
『お気に召してくれたかな?』…。
魔法使いの言葉を聞いて、身体が入れ替わったのがそいつのせいだと気づいた。
私は、メリルから魔法使いの方に慌てて体の向きを変え、彼(彼女?)を指差して大声で叫んだ。
「ちょっと!あんた!私達に何かしたでしょ!一体何したの!?てか、あんた誰よ!?」
私が怒りの表情を浮かべながら、その魔法使いを問いただすと、魔法使いはそれを宥めるようにして言った。
「まぁまぁ、落ち着きなよ。ちょっと、イタズラしただけじゃないか。」
「ちょっとどころじゃないでしょ!?体が入れ替わるって!」
「うるさいなー君は。そんなに怒らないでよ。カルシウム足りてるかい?」
「カルシウム足りてても怒るでしょ!早く質問に答えなさい!私達に何したの?」
魔法使いはやれやれと言わんばかりの大きな溜息を吐いてから、私の方を見下しながら言った。
「君はもう何をされたかわかっているじゃないか。僕は、君達に身体が入れ替わる魔法をかけたんだよ。」
「なんでそんなことすんのよ!さっさと戻しなさいよ!」
「それはできないな〜。まぁ、しばらくしたらもとに戻ると思うから安心しなよ。たぶん、半日もしないうちに戻るさ。」
「半日?それでもとに戻るの?」
「ああ。まぁ、もとに戻ってもしばらくしたらまた入れ替わるかもだけど。」
「それじゃあ意味ないでしょ!この魔法をさっさと解きなさいよ!」
「嫌だよ。僕は悪い魔法使いなんだ。君達が困っている姿を見るのが楽しくて仕方ないんだよ。」
そう言って魔法使いは箒の上でケタケタと笑っていた。私はその態度に憤慨した。
「ふざけんなー!!あんたの遊び道具にされてたまるか!私達2人であんたのこと叩きのめしてやるから覚悟しなさい!ねぇ、メリル!」
私はメリルに同意を求めた。しかし、メリルから返事がなかった。
私がメリルの方を見ると、彼女は私の体でヘッドバンキングをして長い髪の毛をブンブンと振り乱していた。
「見て!ヒルノちゃんの髪の毛めっちゃ長いから頭振り回したらすごいことになるよ!!」
ああ、こいつはダメだな。
私は呆れた顔でメリルを見た後、再び魔法使いの方に目をやった。
魔法使いは、相変わらずニヤリと微笑みながらこちらを見ていたが、やがて箒に座り直して後ろを確認し、私達に言った。
「じゃあ、そろそろぼくはお暇するよ。これから大変だろうけど頑張ってね。」
魔法使いは私達に小さく手を振り、そのままこの場を立ち去ろうとした。それを私は全力で叫んで止めた。
「ちょ!待てぇえ!!戻せ!私達を!」
魔法使いはそれを無視して飛び去ろうとしていたが、「あっ!」と何かを思い出して、私達の方に再び向き直った。
「ちなみに君達が入れ替わってることが他人にバレたら、元に戻ることができなくなるから。入れ替わってることを他人に教えないようにね。じゃ!」
それを聞いた私はさらに憤慨した。
「おい!!さらっとめちゃくちゃやばいこと言ってんじゃないわよ!!他人に知られたら戻れなくなる!?そんな大事な情報を去り際に言うなぁ!!せめて、魔法かけた直後に言え!!」
怒鳴り散らす私を無視して魔法使いは再び反対側を向いた。
私は、キッと魔法使いを睨んで自分の中の魔力を右手に集めた。手からは魔法陣が浮かび上がり、そこから出る魔力に大気が揺れた。
魔法使いに向かって私は叫んだ。
「逃がすか!…ショ、ショタコン・バースト!!」
私は、飛び去ろうとする魔法使いに右の手のひらを向けて、詠唱するのがめちゃくちゃ恥ずかしい攻撃魔法を撃とうとした。
今、考えればこの魔法名もおかしい。
なんだショタコン・バーストって。
しかも、私には弟がいる。今まで私はこんな恥ずかしい魔法を何の戸惑いもなく打ち続けていたのか…。
私は、この魔法を打った時のことを思い出し、顔から火が出そうになった。
だが、今はあの魔法使いを仕留めることが第一だ。私はなんとか羞恥心を抑え込んで魔法を撃とうとした。
しかし、メリルの体だったからなのか、魔法は不発に終わった。
「ぷっ…はっはっは!!なに、その詠唱?恥ずかしくないのぉ?しかも、魔法出せてないよ?」
魔法使いは、飛び去りながら大爆笑していた。私は顔を真っ赤にしながら、飛び去って行く魔法使いにずっと叫んでいた。しかし、私の叫び声も虚しく、その魔法使いは見えないところまで飛んで行ってしまった。
しばらく、外の景色を見ていた。突然に、しかも短時間で起きた信じられない出来事に私はひたすら絶望していた。
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