第23話 約束と煽り

「メリル?あんた、なんでここにいんの?私、先に行っててって言ったよね?」


 私が不思議そうにメリルに問うと、彼女は笑顔のままその問いに答えた。


「うん!でも、ヒルノちゃんのことが気になって、追いかけてきたんだよ!」


「先に帰ってくれててよかったのに…。あれ?じゃあ、ニーナとクロワは?」


「一緒だよ!ほら、私の後ろに…」


「待ちなさ〜い!!この腐れ雌犬!!!」


 メリルが話している途中で、彼女の右側から彼女を罵倒する声が聞こえた。

 

 その直後、曲がり角から怒りの表情を浮かべながら、全速力で走ってくるニーナとそれを追うクロワが現れた。


 ニーナはメリルに追いつくと、両腕で胸の前にバツを作り、走ってきた勢いのまま彼女にクロスチャップをお見舞いした。


「ウリャアァッ!!!」


「うぎゃあっ!」


 ニーナのクロスチョップを首元に受けたメリルは、そのまま吹っ飛んでバタリと地面に倒れた。


 ニーナはそんなメリルに飛びついて馬乗りになると、彼女の制服の襟を掴んで上体を起こし、そのまま前後にブンブンと勢いよく振った。


「あんた!ヒルノ様は先に帰ってろって仰っていたでしょ!?どうして、ヒルノ様の言うことが聞けないのー!!」


「だって、ヒルノちゃんが何してるか気になったんだも〜ん…!!」


 メリルはニーナに揺すられながら、目をぐるぐると回して言った。しかし、そんな彼女の言葉を聞いても、ニーナは怒り続けていた。

 

「言い訳にならないわよ、そんなの!あなたがそれを知る必要なんてないでしょ!わたくしはあなたが変な行動をする度にいちいち…」


「…ニーナ、もう許してあげたら?」


 私は、わちゃわちゃしている二人を見ながら、面倒臭そうに言った。


 私の声を聞いたニーナは、慌ててこちらを見て、頭を下げながら申し訳なさそうに言った。


「ヒルノ様!!…に、アサリノ様!?…ここにいらしたのですね…!大変、申し訳ございません!どうやってもこの子がわたくしの言うことを聞かず…。お二人のお話の邪魔をしてしまいましたわ!本当に申し訳ございません!」


 ニーナはそう言うとメリルの襟元から手を離し、土下座しそうな勢いで深々と頭を下げた。


「いいのよ…いいのよ、別に。」


 私は苦笑いを浮かべながら言った。


「ねぇ!ヒルノちゃんとアサリノちゃんは何のお話をしてたの?」


 突然、さっきまで目を回していたはずのメリルが、ケロッとした顔で聞いてきた。


「えっ?何って…。」


 私はそう言ってメリルからアサリノの方へ、ゆっくりと目線を移した。


 アサリノは、さっき私と口論をしていた体制のまま、カチッと固まって微動だにしていなかった。


 私は呆れた表情で彼女のことを見つめた。


 そして、そんな私に釣られて、他の三人もアサリノの方に視線をやった。


 すると、彼女は例の如く、急にお淑やかになり、微笑みを浮かべながら、口元に手をやり、首を少し傾げて、穏やかな口調で言った。


「フフッ、ヒルノさんが私のことを誘って下さっていたのよ。『新入生歓迎会に一緒に行かないか』ってね。…そうですよね、ヒルノさん?」


 また、この子は適当なことを…。


 私は、呆れた表情のままでいた。


 すると、後ろからメリルの声が聞こえてきた。


「アサリノちゃんも一緒に行くの?やったー!じゃあ、みんな一緒に仲良し五人組で行こー!」


「フフッ、メリルちゃんはいつでも元気いっぱいね。そんなに歓迎してくれるなんて、とっても嬉しいわ!…ニギリーナさんとクロワさん、私もご一緒してよろしいかしら?」


 アサリノはニッコリ笑って、ニーナとクロワに問いかけた。


 そう問われたニーナは慌てて立ち上がって、胸の前で手を合わせてから言った。


「も、もちろんでございますわ、アサリノ様!ご一緒できて光栄です!」


 ニーナは深々と頭を下げた。


「…私もです。」


 そんなニーナを見て、クロワも同じように頭を下げた。


「フフッ、ありがとう、お二人とも。」


「これでもうみーんなお友達だね!」


「フフッ、ええ、そうね!今夜がとても楽しみです!…ね、ヒルノさん?」

 

 アサリノは唐突に私に問いかけてきた。私は彼女の方を真っ直ぐ見た。アサリノは微笑みを浮かべながら、こちらを見ていた。


 私は彼女の瞳の奥から圧力を感じた。


 私は少し間を置いてから、明るく笑った。


「そうね!とっても楽しみ!いやぁー、それにしても、今日アサリノみたいないい人と友達になれてほんと良かったわー!」


「フフッ、私もよ、ヒルノさん。ヒルノさんみたいな才色兼備な方とお近づきになれてとても嬉しいです。」


「あら、素敵な言葉をありがとう、アサリノ。ほんといい人よね〜。いい人過ぎて、それがド汚い裏の顔を隠すための化けの皮に見えてくるわ〜。」


「…!」


 私は得意げな顔でアサリノに対して言い放った。


 アサリノは私の言葉に対して微笑みを崩すことはなかったが、一瞬だけ表情筋がピクリと動いた気がした。


「…なっ!ヒ、ヒルノ様!?」


 私の言葉にニーナが慌てて反応した。


 ニーナだけではなくその横にいたクロワも少し驚いた顔をしていた。


 まぁ、急に私がアサリノを煽るようなことを言ったから当たり前だ。


「ア、アサリノ様に、し、失礼では…!?」


 ニーナはあたふたしながら私に言った。


 しかし、私はそんな彼女に対して、余裕を持って冷静に答えた。


「大丈夫、大丈夫!冗談だから。私達、もうそれくらいの冗談を言い合えるような仲なんだよね~。そうだよね~?アサリノ。」


 私はそう言いながら、ニーナからアサリノに目線を移した。


 アサリノは一切表情を崩すことなく私の方を見ていた。


 しかし、彼女の目の奥から感じ取られるものは、先程とは違うものになっているような気がした。


 しばらく、私とアサリノの無言の睨み合いが続いた。


 やがて、アサリノはその沈黙を破り、「フフッ」という笑いを発した後、私に対して言った。


「ええ、そうね、ヒルノさん。あなたがそうやって軽い冗談を言ってくれること、私はとても光栄に思っています。他に、そんなにフランクにお話してくださる方はいないもの。」


 アサリノはそう言うと私の目を真っ直ぐ見て、握手を求めるかのように右手を差し出してきた。


「では、また今日の夜にお会いしましょう。集合時間と場所は…」


「夜の六時三十分、ラテマキアート学生寮の入り口の前…でどう?」


 私はそう言うと、アサリノから差し出された右手を掴んだ。私が手を握ったことを確認したアサリノは明るい声で言った。


「わかりました!楽しみにしていますね…ヒルノさん!」


 と、アサリノはそう言い切った瞬間、私の手を握る力をギュッ!と思いっ切り強めた。


「…っ!?」


 私は急に強く握られたことにびっくりして、強く握られた手を見た後、アサリノの顔を慌てて見た。


 アサリノの表情は力を込める前と一切変わっていなかった。


 しかし、彼女の表情は一切変わらないまま、手に込める力はどんどん大きくなっていく。


「…!」


 私はどんどん力が込められていく彼女の右手を見て思った。


 これは彼女からの宣戦布告だ。


 いや、その前の私のアサリノへの煽りを彼女がそう受け取ったとするなら、これはそれに対する返答なのかもしれない。


 兎に角、私はそんなものに臆するようなことはしない。この子の顔色を伺いながら学園生活を送るなんて真っ平御免だ。


 そう思った私は、アサリノと同様、手を握る力を強めた。


「ええ、そうね。私もよ、…アサリノ!」


「…っ!」


 私が手に強い力を入れた瞬間、アサリノの顔が一瞬だけ歪んだような気がした。


 だが、私はそんなことお構いなしに、さらに握る力を強めていく。


 そして、それに対抗してアサリノも同様に、手を握る力を強めていった。


「…フフッ…ウフフフフ!」


「…アハッ…アハハハハ!」


 私達は鍔迫り合いをするかの如く、笑い合いながら強く手を握り合った。


 お互いの手を握る力は、笑い声と共にエスカレートしていき、軈てお互いの手を軋ませるまでになった。


 ミシミシ…!とお互いの手が小さく音を立てていたが、どちらも一歩も引かなかった。


「あれー?なんかミシミシって音が聞こえなかった?ねぇ、ニーナちゃん?」


 メリルはそう言って、耳に手を当てながら不思議そうな顔をしてニーナの方を見た。


「はぁ?聞こえないけど?てか、そんなボロ屋みたいな音がするわけないでしょ?ここはマドレーヌ魔法学校よ?あんたが住んでいた、狼に吹き飛ばされてしまいそうなお家とは違うわよ。」


 ニーナが呆れた顔をしながらメリルに向かって言った。


「う~ん…。でも、聞こえたような気がしたんだけどな~。クロワちゃんは聞こえない?」


 メリルは納得のいかない表情で今度はクロワに聞いた。


「…聞こえない。」


 クロワはメリルの方を見ずに小さな声で言った。


 その間にも、私とアサリノはずっと握手をしていた。


 そして、お互いに一歩も引く様子はなかった。


 そんな中、私の頭の中でとある疑問が浮かんできた。


 アサリノにここまでの行動をさせる原動力は一体何?


 普通、ここまで意地になる?


 まぁ、一歩も譲らない私が言えたことではないかもだけど。


 ん?…どうして私はここまで意地になってるんだっけ…?


 ふと、そんな私に対する問いかけが頭の中に浮かんできた。


 その後、アサリノの目を見た。


 私を真っ直ぐ見つめるその目には、当然ながら私が映っていた。


「…ッ!」


 その瞬間、私はアサリノに握られていた自分の手を引いた。


 さっきまで物凄く強い力で私の手を握っていたくせに、私が引こうとするとアサリノは直ぐに力を緩めた。


 アサリノは相変わらず微笑みを浮かべたままだった。それは手を握っている間と同じものだった。


 しかし、私にはどこか勝ち誇っているようにも見えた。


「…フフッ。では、皆さん、また後でお会いしましょう。ごきげんよう。」


 アサリノはそう言って私達に軽く手を振ると、くるりと回って反対側を向き、優雅に歩き出した。


「うん!アサリノちゃーん!今度こそ、また後でねーっ!」


 メリルは去っていくアサリノに大きく手を振っていた。


 その横でニーナとクロワが彼女に対してお辞儀をしていた。


 私は困惑した表情を浮かべながら、アサリノに強く握られた手を摩った。まだ少しジンジンとしていた。


 それから、去っていくアサリノを見ながらこう思った。


 …彼女は私と同じなのかもしれない。


「ねぇ…!聞いた…?あの五人で新歓に行くんだって…!仲いいのかな…?」


「どうかな~…?あっ!実は仲いいように見せかけて、ほんとはヒルノ様派とアサリノ様派に分かれて、内部抗争してたりして!」


「ありえる~!あの五人が仲良くしてるところあんまり想像できないもんね~!」


「コラァ!!あんた達ぃ!!何、盗み聞きしてるのよ!このノミムシ共!!」


「ニ、ニギリーナ様!?ひぃ~!」


「お、お許し下さ~い!」


「あっ!待ちなさ~い!ひっ捕らえてワッフルみたいな形にしてやるわ!」


 後ろから聞こえてくる声で、あの声の大きい二人組が盗み聞きをしに戻ってきていたことと、それを見つけたニーナが彼女達を追いかけ回していることがわかった。


 しかし、私はそんなことには一切構わず、アサリノが消えていった曲がり角を見詰めていた。


 

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