第22話 悪役令嬢と友人キャラ

 ヒソヒソと小さな声で話す、二人の女の子の声が聞こえた。私はその声に聞き覚えがあった。


 そう、さっき私に、アサリノの居場所を教えてくれた二人組の声であった。


 彼女達の足音は次第に大きくなってきて、背中を向けている私にも、二人が近づいてきていることがわかった。


「…。」


 アサリノもその二人に気付いたのか、私に言いかけていた言葉を止めて、そのまま固まってしまった。


「一体、何をお話しているのかしら?新歓に一緒に行く約束とか?お二人共仲が良さそうだし…!」


「う〜ん、どうかな〜…!あっ!実は仲良さそうに見えて、本当は犬猿の仲で、今も激しく罵り合ってたとかだったりして…!」


「ありえる〜!お二人ともああ見えて実はプライド高かったりしそうだもんね〜…!」


 彼女達はそう言った後、静かになった。直接彼女達を見ていない私でも、彼女達が私達の会話に聞き耳を立てていることがわかった。


 以前、アサリノは何も言わずに固まったままだった。


 やがて、彼女達が私達の会話が聞こえるほどの距離まで近づいて来た。


 すると、突然アサリノは手を後ろで組み、私に上目遣いを使ってきた。


 そして、満面の笑みを浮かべて、穏やかな口調で私に言った。


「…ヒルノさん、もし宜しければ今夜の新入生歓迎パーティー、ご一緒に行きませんか?うふふっ!」


「…。」


 両極端すぎるだろ…。


 目の前にいるって、本当にさっきと同じ人?


 私はアサリノの変わり様を見て、呆れ返ってしまった。


 しかし、それは私にだけ酷い態度をとられた、悲しみや怒りによるものではなかった。いや、寧ろそんな感情は、殆ど私の中では湧いてこなかった。


 私がアサリノに呆れたのは、「そんなことしてたら疲れない…?」とか「そんなことしてなんか意味あんの…?」などの、彼女に対する同情からであった。


「あんた…大変じゃないの…?」


「フフッ、何がです?」


「…いや…だから…」


「フフッ、何がです?」


「…。」


 アサリノは一切表情を崩す事なく、私に言った。リプレイの様に同じ言葉を繰り返す彼女に、私は困った顔をしながら言った。


「…まぁ…じゃあ、一緒に行く?…新歓。」


 私がそう言うとアサリノは、まるでお日様の様な笑顔で返事をした。


「まぁ!嬉しいです!今夜、楽しみにしてますね!」


 …これ演技だよね?すげぇ…。


 私は、アサリノの変わりように呆れを通り越して感心してしまった。


 まさか、一人間にここまでの裏表が作れるとは。私は人間の底力を感じた。


「聞いた…!?新歓のお誘いだったわよ…!ヒルノ様とアサリノ様って仲良いんだね…!」


「仲良いだけに止まらなくて、実はデキてたりして…!」


「ありえる〜!ヒルノ様もアサリノ様も男の子より女の子の方が好きですって雰囲気出てるもんね〜…!」


 言いたい放題だな、この子らは。


 彼女達は、ヒソヒソと、私にも聞こえるくらいの大きさの声で話しながら去っていった。

 

 やがて、彼女達は突き当たりの角を曲がり、姿が見えなくなった。


 すると、アサリノは穏やかな表情から急に険しい表情に変わり、私を鋭く睨んだ。


「なんで、あんたなんかと新歓に行かなくちゃいけねぇんだよ、ふざけてんのか?」


「…あんたでしょうが…咄嗟に一緒に行こうって誘ってきたの…。」


 私はジト目でアサリノのことを見ながら、溜息を吐いた。しかし、アサリノは怯むことなく私を責め立てた。


「そもそもあんたが調子に乗らなければ、私がこうやって裏の顔をあんたに晒す必要もなかったんだろうがよ!あんたのせいだよ、ミミズ野郎。」


 私はそれに対して臆することなく言い返した。


「知らないわよ!あんたの事情でしょ、そんなもん!あの子らに、あんたの裏の顔がバレないように、さっきの小芝居に付き合ってやったんだから感謝しろよ、馬面が…!」


「バラす度胸がなかっただけだろうがよ…!大体、お前はゴブリンのキン○マ…」


 と、アサリノが何かを言おうとした瞬間、また誰かの声が聞こえてきた。


「いけない、いけな〜い!忘れ物しちゃった〜!」


「も〜、気をつけないとダメじゃ〜ん!」


 また、あの子達だった。


 彼女達はさっき曲がって行った角から再び小走りで現れた。


 忘れ物をしたと言ったので、多分それを取りに戻ってきたのだろう。


 …というのは建前で、本当は私達の話が気になってまた戻って来たに違いない。


 その証拠に、彼女達は私達に近づくにつれ、走るスピードを落としていた。


「…。」


 彼女達の足音を聞いて、アサリノはまた固まってしまった。


 そして、彼女達が近づいてきていることを確信すると、胸の前で両手を合わせて、少し首を傾けた。


 さらに、しかめっ面を素早く笑顔に切り替え、穏やかな口調で言った。


「そうだ!ヒルノさん!新入生歓迎パーティーでは、私と一緒にダンスを踊りましょう!きっと、忘れられない夜になりますよ!うふっ!」


 私はそんなアサリノを憐れみながら言った。


「…あんた、プロね…。」


「フフッ、何がです?」


「…いや、だから…。」


「フフッ、何がです?」


「…。」


 アサリノは先程と同じく、全く表情を崩さずに私に言った。私は困惑した表情のまま、笑顔の彼女を見ていた。


 アサリノの発言を聞いた二人組は、興奮した様子でヒソヒソと私にも聞こえるくらいの大きさの声でまた話し始めた。


「ちょっ…!聞いた…!?アサリノ様がヒルノ様をダンスに誘っていたわ…!」


「ま、まさか、本当にできてるんじゃない…!?」


「…ビッグニュース!ビッグニュース!」


 たぶん、噂ってこうやって生まれるんだろう…。彼女達は火のないところに煙をたたせるプロだ。…いや、多少の火はあるか、こちらにも。


 彼女らははしゃぎながら、小走りで私達から遠ざかって行った。


 やがて、彼女達は突き当たりの角を曲がって姿を消した。


 彼女達の足音が聞こえなくなると、アサリノは例の如く、穏やかな表情を崩し、険しい表情になり、鋭い目つきで私のことを睨みつけながら、強い口調で私に言った。


「だから、なんであんたとダンスなんか踊らなきゃいけないんだよ…!あんたは私の婚約者かなんかか…!?あぁん!?」


「いや、さっきから全部あんた発信なんだけど…。あと、トロールのケツとかゴブリンのキン○マとか、話遮られてなかったら何言うつもりだったのよ…。」


 私がまたジト目でそう言うと、アサリノは例の如く私に言った。


「黙りなさい。とりあえず、あんたがこの先、調子に乗って、大人しくならないようなら、徹底的に叩き潰す。わかった?この毛虫野郎。」


 そんなアサリノに負けずに、また私も言い返した。


「だから、知らないって言ってんでしょ?あんたが勝手に因縁つけてきたんじゃない!もし、私のことを潰すんなら覚悟してきなよ…!カウンターパンチであんたの顎の骨を砕いて、その後、割れた顎の骨のかけらをビスケットの如くボリボリ食べてやるから…!」


「その発言がもう調子に乗ってるのよ…!大体お前はよ、オークの小便…」


 アサリノは話の途中で口を閉じた。


 そして、またしてもそのまま固まってしまった。


 しかし、今回は別に誰かが近づいてくる様子も気配もない。


 だが、アサリノは固まって一切動かなくなった。


 私はアサリノの行動の意図がわからず、小首を傾げて、困惑しながら彼女を見つめた。


 すると、私に見つめられたアサリノは、顔を一切動かさず、目線だけを私の後ろに移した。


 私はそんな彼女を見た後、後ろを振り返って彼女と同じところを見てみた。


 どうやらアサリノは、先程の二人組が消えていった曲がり角を見ているようだ。


 そして、私が見る限り、もうそこには誰もいなかった。


 それがわかると、私はアサリノの方を向いて呆れた表情で彼女に言った。


「…誰もいないと思うけど?」


「…戻ってくるかもしれないだろ?」


「いや…まぁ、彼女達ならあり得るけどさ…。」

 

 アサリノはその後もしばらく彼女達が消えていった曲がり角をジーっと凝視していた。


 私はそんな彼女に問いかけた。


「…ねぇ、ちょっと…?」


「…。」


「…ねえ!」


「…。」


 私が問いかけても、アサリノは微動だにしなかった。


 私はそんな彼女を困惑しながら見つめていた。


 しばらくの間、沈黙が流れた。


 なんだ…この時間?私はなぜ、自分を罵ってきた相手が喋り出すのを黙って待たなければいけないのだろう?


 アサリノにとって裏の顔が私以外にバレるのは、たぶん致命的なことなのだろう。だとすれば、彼女がこれだけ慎重になるのもわかる。


 でも、私がそれに付き合う必要ある?


 別に待つ義理ないから帰るか。


 私がそんなことを思っていると、アサリノはあの二人組がもう来ることはないと確信したのか、やっと動き出して、言葉を発した。


「どうやら来ないようね。」


「…。」


「なによ?」


「あんた…やめたら?…取り繕うの。…大変でしょ?」


 私がそう言うと、アサリノは鬼の形相になって、私に言った。


「だから、お前が調子に乗るからだろうが…!お前が大人しくしてれば、私もこんな手間掛けずに済んだんだよ…!わかってんのか?蟻野郎…!」

  

 それに対して私も怒りの表情を浮かべて言い返した。


「だから、こっちも知らないって言ってんでしょうが!私に裏の顔をバラしたのも、勝手に因縁つけてきたのも、あんたの思い込みのせいでしょ!?私のせいにしてんじゃないわよ、この被害妄想女が!」

 

「お前のせいだろうがよ、どう考えても!大体お前は、サイクロプスの排泄物…」


「あっ!いたっ!おーい!ヒルノちゃーん!アサリノちゃーん!」


 と、突然、私の後ろから、アサリノの言葉を遮るかのように、私達を呼ぶ声が聞こえてきた。


 私は一瞬、あの二人組が戻ってきたのだと思った。


 しかし、私達を呼んだその声は、彼女達のものとは違った。


 私は、後ろを振り返ってみた。


 すると、そこには金髪で小柄な少女、メリル・メルティカップが立っていた。


 メリルは私達のことを指差しながら、ニッコリと笑っていた。

 

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