第20話 解散と連れション

「それで?アサリノ嬢。僕に何か用でもあったのかい?」


 私達の会話が終わったタイミングを見計らって、ステイがアサリノに問いかけた。


「ええ。すいません。私としたことが、会話に夢中ですっかり忘れていました。お許しください、ステイ王子。」


 アサリノはステイの方に向き直ると、深々と頭を下げてそう言った。


「フッ。構わないよ、別に。」


「寛大な御心に感謝致します。ステイ様、フラー先生がお呼びですよ?」


「ほう…なるほど。フラー先生か。やれやれ、王子はまともに休憩も取れないな〜。」


 ステイはそう言うと、得意げな顔で私のことをチラッと見てきた。

 私はそんな彼のことを呆れた表情で見た。


 そんなステイと私を見ていたアサリノは微笑みながら言った。


「ステイ様、フラー先生がお待ちですよ?」


「ああ、わかった。それじゃあ僕らはここら辺でお暇させていただこうかな。正直、まだ喋り足りないのだが…」


 ステイは言葉の途中で、チラッとメリルのことを横目で見た。彼に見られても、メリルはポワーンとした表情のままだった。


「ふむ。また、今日の夜、新入生歓迎会ででも話すとしよう。」


 ステイはそう言うと、くるりと反対方向に回って、歩きながら片手を上げた。


「じゃあ、また会おう、下人の諸君。今度は新歓でね。行くぞ、カリー、オラベ。僕が先生に呼び出された。連れションの時みたくついてきてくれ。」


「やれやれ、行こうか、オラベ。じゃあ、また後でね、みんな。」


 カリーフは私達に手を振りながら、ステイの後に続いて歩き始めた。


「おい、新歓ってのはなんだ?」


 そして、オラベもそれに続いて疑問を投げかけながら歩き始めた。


「キャー!ステイ様ーっ!私達も連れションに連れてって下さーい!」


 さらに、ステイの取り巻き達もそれに釣られて歩き始めた。


 私達の前から大所帯が遠ざかって行った。


「またねーっ!」


 メリルは彼らに元気よく手を振っていた。


「…あいつら…なんなの?」


 私はその横で彼らを見ながら困惑していた。


「すごいですわ…。オラベ様とカリーフ様、さらにこの国の第三皇子のステイ様に、一気にお会いすることができるなんて…。」


 そして、その横でニーナが呆然としながら言った。


「…。」


 さらに、その横でクロワがただ立ち尽くしていた。


 私達がそれぞれの反応をしている中、アサリノは離れていく大所帯を見送った後、私達に向き直って言った。


「では、私もお暇させて頂きます。ご機嫌よう、皆さん。」


「えーっ!アサリノちゃんも行っちゃうの?もっと、お喋りしようよーっ!」


「ありがとう、メリルちゃん。でも、やめておくわ。また、後で会いましょう?」


「…わかった!じゃあ、約束ね!」


「フフッ。ええ、約束。」


 アサリノはメリルに微笑みかけた。それに対してメリルも笑顔で返した。その後、アサリノはメリル以外の三人に視線を移して言った。


「皆様もまた後でお会いしましょう。」


 アサリノは私達に背中を向けると、スタスタと歩き出した。


「も、もちろんでございますわ、アサリノ様!」


 ニーナはそれに対してお辞儀をした。そして、それを見たクロワもそれを真似てお辞儀をした。


「…。」


 私は去り行くアサリノに懐疑的な目を向けていた。


「よーしっ!じゃあ、私達はもう一周学校を見て回ろっかーっ!」


 メリルは私達に元気よく言った。私はアサリノからメリルに目線を移し、気怠そうな表情で言った。


「いや、もう疲れたから寮に戻るわ。それに、何周もするほど面白いもんでもないでしょ、学校なんて。」


「えーっ!?やだー!もっと見て回ろーよ!ヒルノちゃーん!」


「遠慮しとくわ。そんなに行きたいんならニーナと仲良く行ってきたら?」


「えっ!?わ、わたくしですか!?わたくしも行きたくなど…しかし、ヒルノ様がそう仰られるなら…仕方ありませんわ…。」


「えっ!やったぁー!ニーナちゃんはついてきてくれるんだね!」


「…ええ、まあ…。ヒルノ様がそう仰られるなら…。」

 

「…冗談よ。各々、新歓まで自由ってことにしましょ。」


「ほら、そういうことよ!とっとと、わたくしから離れなさい!この雌犬!」


「うぎゃー!」


 ニーナはメリルの頬っぺたに手のひらを当てて、グイッと押し退けた。


「…いきなり態度変わりすぎじゃない?」


 私は二人のことを呆れた目で見て言った。


「ニーナちゃーん!この後も一緒にあそぼーよ!」


「はあ?いやよ!わたくしに近づくな、このケダモノ!」


 私は戯れあっているニーナとメリルから目を離し、再びアサリノの方を見た。彼女は既に私達から遠く離れ、校舎に入っていくところだった。


 アサリノはすれ違う学生達に笑顔で対応していた。どこからどう見てもいい人にしか見えなかった。

 やはり、さっきのは私の勘違いだったのだろう…。前世の時からそうだったが、私には、所謂いい人を見ると、どうしても「裏があるのでは?」と疑ってしまう変な癖がある。


 この癖、さっさと治した方がいいな。せっかく、まともそうな人と知り合えたのに、思い込みでその機会を不意にするなんて損だ。


 私がそんなことを考えていると、去っていくアサリノのポケットからハンカチが落ちるのが見えた。


「あっ…。」


 私はそれに気づいたが、アサリノもその周りにいる人達もそれに気づいていなかった。


 私は進行方向とは逆の向きに走り出しながら、メリル達に向かって言った。


「ちょっと用事あるから先に行ってて!」


「え!ヒルノちゃん、何しにいくの!?私もついていくよー!」


「えっ?ヒルノ様、何かご用事が?それならばわたくし達もご同行致しますわ!」


 メリルとニーナが私に向かって言った。しかし、私は手のひらで彼女達を制止しながら言った。


「すぐ済むから!先に帰っといて!後で追いつく!」


 私はそう言うと彼女達から離れ、アサリノのところへと向かった。

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