第15話 メインヒーローはベジタリアン

 ニーナとぶつかったその男の子は、彼女のことを睨んでいた。


 その男の子は、黒色の髪に浅黒い肌、少し強面だがシュッとしていて整っている顔、そして周りの男の子と比べて少し高めの身長といった見た目をしていた。


 ニーナはその男の子の顔を確認すると、慌てた様子ですぐに頭を下げて謝罪した。


「も、申し訳ございません!オラベ様!」


 そんなニーナを見た私は、彼女をフォローするために、その男の子とニーナの間に割って入ろうとした。


 しかし、それよりも前に、深々と頭を下げて謝罪する彼女に、その男の子は容赦なく突っかかって来た。


「申し訳ねぇで済むんなら兵士はいらねぇよなぁ?どこに目ぇつけてんだ、コラァ。」


 オラベと呼ばれるその強面の男子生徒に、ニーナはひたすら平謝りをしていた。それに対してオラベは、彼女を強く睨みながら怒りの表情を浮かべていた。


 私はその二人の様子を見ながら、少し怒りを覚えた。


 ニーナの前方不注意で彼にぶつかってしまったから、彼女が謝らなければいけないのは当然だろう。

 しかし、オラベも前から歩いて来るニーナをかわすことくらいできたはずだ。

 そこまでニーナを責める道理はない。


 ふと、クロワの方を見た。彼女は、ニーナのことを見ながら、どうして良いか分からないといった表情をして戸惑っていた。


 私は、ニーナとオラベの間を取り持つのをやめて、オラベに突っかかっていくことにした。

 

「ちょっと!あんた!さっきからニーナにいろいろ言ってるけどさ、あんたにも悪いところあんじゃないの?確かに、ニーナは前を見てなくてあんたにぶつかったけど、あんたが避けることだってできたでしょ?ひょっとして、あんたも余所見して歩いてたんじゃないの?それとも、なに?ぶつかってからしか方向転換出来ないルンバ野郎なの?」


 私はその男の子を鋭く睨みながら言った。


 すると、私の言葉を聞いた後、彼はこちらを向いて言った。


「…なんだ、ルンバってのは?」


「…余計なとこに引っ掛からなくていいから。ルンバか!」


 私は、オラベに対して強気に出た。


 前世の私なら二人の間を取り持つような行動を取っていただろう。例え、相手の態度に理不尽さを覚えたとしても、だ。


 しかし、今の私は違う。


 今の私は、クリムブリュレ侯爵家のヒルノ・クリムブリュレ嬢で、乙女ゲームの中の悪役令嬢である。そして、前世で出来なかった、ありのままの自分で生きるという目標を、この世界で達成すると誓った今井紗季でもある。

 

 その自信が私を強気にさせた。


「ヒルノ様!おやめください!全面的にわたくしの過失ですわ!」


 ニーナが慌てた様子で私に言った。しかし、私は聞く耳を持たなかった。


「いいえ、そんなことないわ。ニーナが謝ってるのに、それを聞き入れようとしないあいつにも問題がある。それを今から私が分からせてやるわ。あのお掃除ロボ野郎にね。」


「…お掃除ロボってのはなんだ?」


「だから、いちいち引っ掛からないでくれる?ルンバか!」


 私はそう言った後、腕を組み彼に得意げな顔を向けた。


「ところで、あなた。私が誰だかご存知?」


「はぁ?いや、知らねーけど。」


「はぁ…これだから田舎者は。」


「なんだと?」


 私は、怒りの表情を浮かべた彼に、声高らかに堂々と言った。


「いい?私はパンケーキ王国のクリムブリュレ領の領主、マイド・クリムブリュレ侯爵の一番娘、ヒルノ・クリムブリュレ嬢、その人よ!」


 私はそう言って、オラベに向かって右手の人差し指をピンと伸ばした。


 そう、私はこの状況を、彼との地位の差を見せつけることで収めようとしたのだ。


 そういえば先程、私は教室で身分の違い云々を、メリルに言おうとしたニーナを注意した。途中で止めたから違う可能性もあるが、おそらくあの後に続くニーナの言葉は、あまり気持ちのいいものではなかっただろう。ヒルノとして生きてきた私も、今井紗季として生きてきた私も、身分の差を持ち出してくるのは苦手である。


 しかし、今回のような理不尽な状況には別だ。それに対しては身分の違いを盾に問題解決を図ることをよしとする。というルールを今、私の中で作った。


「ヒルノ様!何を仰られているのですか!?」


 ニーナは驚きながら私に問いかけてきた。私はニーナの方を向き、それに冷静に返した。


「ニーナ。理不尽には理不尽で対抗よ。目には目を、歯には歯をってやつね。取り敢えず格の違いを見せつけて相手を黙らせ…」


「ヒ、ヒルノ様!…そ、そのお方は…」


 ニーナは慌てながら私に向かって言った。


「ジターリアン公爵家のご子息様です!!」


「は?公爵家?…!!」


 えっ?公爵家って…?


 あれ?この人、もしかして…私が敬わなくちゃいけない人?


 私は慌てて彼の方に目線をやった。


 彼は、私のことを強く睨みながらポケットに両手を突っ込んで仁王立ちをしていた。


 そして、私はその姿を見てあることに気がついた。


 そう、それは彼が乙女ゲームにおける、メインヒーローの内の一人であるかもしれないということだ。


 今気づいたのだが、彼の容姿は『空の彼方のユートピア』のメインヒーローの一人に酷似している。そして、そのキャラの肩書きは公爵家の子息だったはずだ。そのキャラは粗暴な性格で口調なども荒いが、ヒロインと仲良くなるにつれ、その態度を改めていく、そんな設定だったはず…。


 つまり、私は自分より身分の高い、メインヒーローに喧嘩を売ってしまったということか…。


 そんなことを考えていると、オラベが私に近づいてきて強めの口調でこう言ってきた。


「おい。お前こそ俺が誰だかわかってんのか?」


 彼は私の目の前まで来ると、少し前屈みになり、私に顔を突き合わせてきた。私は彼の迫力に気圧されて少し後ろに引いた。それを見た彼は、さらに自分の顔を私の顔に近づけると、鋭い目つきで言った。


「生意気な口をきいてくれたな?いいか?俺はジターリアン公爵家のオラベ・ジターリアンだ。よく覚えておけ。」


「…オラベ…ジターリアン?…ぷっ。」


 私は彼の名前を聞いて笑ってしまった。


 オラ…べジタリアン…。


 私には彼が「自分はベジタリアンです。」と言っているようにしか聞こえなかった。


 私は慌てて口元に両手を持っていき、唇をキュッと閉じて笑いを堪えた。


「…フフッ…プッ。」


「なっ…!お前、今笑いやがったのか…!?人の名前を…!」


「ヒルノ様!?オラベ様に対して失礼でございますわ…!」


 私が笑ったのを見て、オラベは驚きながら怒りの表情を浮かべ、ニーナは慌てながら私に呼びかけた。


 しかし、私には彼の名前が面白くて仕方がなく、ギリギリ笑いを堪えるのがやっとだった。


 やがて、笑いが少し落ち着いてきた頃、私はオラベに向き直って、深い呼吸をしてから言った。


「…フゥー…スゥー…。…失礼。」


「いや、失礼どころじゃなかったぞ、お前。」


「あなたの名前を笑ってしまったことに関しては謝るわ。でも、あなたがどこの誰だろうと理不尽に突っかかって来たことは許さない。私達は今、マドレーヌ魔法学校の生徒よ。そこに身分の違いなんて関係ないわ。」


 私はさっき作成したマイルールをRTAの如く早急に捻じ曲げ、オラベと対等な立場で喋ろうとした。


 さらに私は続けた。


「ニーナがあなたにぶつかったことは謝るけど、それ以上何かを言われる筋合いはないわ。例えあなたが私より偉くてもね。関係ないのよ!ここは、マドレーヌ魔法学校なんだから!どう?何か言いたいことでもある?」


 私は得意げな顔をオラベに向けた。


 すると、オラベはキョトンとした顔で聞いてきた。


「ん?マドレーヌ魔法学校ってのはなんだ?」

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