第7話 前世の記憶と乙女ゲーム
「エクレア!こっちよ、走って~!早く来ないと日が暮れるわよ!」
私は白くて綺麗な石段の上で軽やかにステップを踏みながら、エクレアのことを呼んだ。すると、エクレアがめんどくさそうな顔をしながら歩いてきた。
私達は今、華やかな街の中にいる。
いくつも立ち並ぶ、色鮮やかな三角屋根の背の高いお家。道の脇には、街に華やかな雰囲気を与える綺麗な花々。街の中心には、日光を反射させてキラキラと輝いている大きな噴水。
私はそれらに囲まれながら、鼻歌交じりでスカートを翻した。
「私はあなた様が買い漁った、絶対に着ないであろう洋服や、絶対に使わないであろう小物や、絶対にお読みにならないであろう本など、色々なものを抱えながら歩いているのですよ?少しはそのことを考慮していただけませんかね?」
エクレアは私を睨みながら、呆れた口調で言った。
「いつか使うわよ…たぶん。あっ!ほら、あそこにアンティークショップがあるわ!今度はあの店に行って、なんかよくわからないけど、やたら値上がりしている古美術品を買うわよ!」
「…何のためにですか。」
「フフッ、いつか使うかもしれないからよ!」
私は数十メートルほど離れたところにある店を指差して、ワクワクしながら駆けだした。エクレアはそれを見て溜息を吐いていたが、少しすると私が指差した店に向かってトボトボと歩き出した。
「いやー、買い漁ったわ~。」
私はくるりと華麗に回り、橋の欄干に手をかけた。
私達は今、街を流れる川にかかっている石橋の上にいる。街中を流れているにしては綺麗過ぎるこの川は、お洒落な街の景観をより一層映えさせている。私は、橋からそんな川を眺めながらエクレアに聞いた。
「で、次はどこに行く?あんたが決めていいわよ。私はもう行きたい場所には一通り行ったし。」
私は少し得意げな笑みを浮かべながら、エクレアに言った。
「私は特に行きたい場所などはありません。お嬢様が満足なさったのなら、寮に戻りましょうか。」
「えー、なにそのメイドとしては高得点だけど、友達としては赤点な返事。このまま帰ってもつまんなーい。」
「明日は入学式ですよ。その前日に、侯爵家の御令嬢が街中をプラプラ遊び回るのは如何なものかと。」
「大丈夫でしょ。私、貴族って感じのオーラ出てないし。」
「ええ、そうですね。だからこそ、立ち振る舞いはそれっぽくしておいた方がよろしいかと。」
冷静にそう言い放ったエクレアに、私は頬を膨らませた。エクレアは「行きましょうか。」といってから、私に背中を向けて歩き出した。
せっかくいじけてみたのに、何も反応してくれなかったエクレアを、私はジト目で睨んでいた。
すると、エクレアは数歩ほど進んだところで何かを思い出したように立ち止まった。
彼女は、振り返って私を見て言った。
「すいません。ひとつ用事を思い出しました。…すぐに済ませてきますので、お嬢様はここでお待ちを。」
「は?えっ、ちょっと?」
エクレアは戸惑う私を置いて駆け足で去っていった。
私は、またもやいじけながら、橋の手すりの上に肘を置き、頬杖をついた。
「まったくなんなの?…ってか、あいつ走れんじゃない。」
何もやることがなくなった私は、ボーッと川を眺めていた。周囲からは人々が賑わっている声が聞こえた。しかし、騒がしいというわけではなく川の流れる音が聞こえる程度には落ち着いていた。
しばらくそのままの状態でいると、なにやらドタバタと耳障りな音が私の左側から聞こえてきた。
静かに左の方を向くと、遠くから一人の少女が走ってくるのが見えた。私と同じかそれよりもすこし若いくらいの女の子だ。
「元気だねぇ~…。」
その少女を見ながら私はつぶやいた。
やがて、その子は私がいる橋に差し掛かった。と、その時、彼女は思いっきり躓いた。
そして、彼女はバランスを崩し、私の方向に勢いよく転んだ。
「わあっ!!」
「えっ?」
私は、ものすごい勢いで突っ込んでくる彼女を、受け止めることも、かわすこともできず、そのままぶつかってしまった。ゴツン!と頭と頭がぶつかり、後ろにのけぞった私は、その少女と共に橋から落ち、宙に投げ出された。
「…!」
空中で私の視界に映ったのは、橋の欄干の外側と、私にぶつかってきた少女の頭と、落ちないようにと、必死にどこかに掴まろうとしている私の右手。
私は頭が真っ白になった。
あっ、落ちたな。
この言葉だけが真っ白になった頭の中にポツンと浮かんできた。
私はどこかに掴まるのを諦めて、川の中に落ちる覚悟をした。
やがて、私は金髪の少女と共に、頭から入水した。
ドボン!という音がして、身体が水に優しく包まれるような感覚に陥った。
その後、私の身体からはスッと力が抜けていった。
なんだか、柔らかくて、少し暖かい感じがした。
水の中って、とても心地よい。
なぜかそう思った。
…あれ?
何か前にも似たようなことがあったような…。
私の頭の中に一つの情景が浮かび上がってきた。
雨が降っていた。私は、雨に打たれながら、見たことのない板を悲しそうに眺めていた。その後、大きな音が鳴った。後ろを振り返ると、大きな乗り物?みたいなものに追突され、橋の上から吹き飛ばされた。そして、川の中に頭から入水して、それで思ったんだ。
水の中って、とても心地よいって。
ああ…。私は前世でこんな感じで死んだんだった。
唐突にそんな言葉が浮かんできた。
と、次の瞬間、私の頭の中で覚えのない記憶が次々とフラッシュバックした。
いや、覚えのないではない。正確には覚えているはずのない記憶。
そう、前世の記憶だった。
全く別の世界で、全く別の生活をしていた時の私の記憶。それが、私の頭の中で、まるで万華鏡を見ているかのように広がっていった。
とても綺麗だった。私が前の世界で十九年間生きて、その結果生まれた記憶達。それは懐かしくて、輝かしくて、何処か儚いような…そんな感じだった。
やがて、その様々な記憶達は、一つ一つ、今の私の記憶になっていった。
ベッドでスマホを弄っている時の記憶。
おにぎりを貪りながらアニメを見てる時の記憶。
オンラインゲームをしながらキレている時の記憶…。
…いや、もうちょっとマシなやつあったでしょ?ろくな思い出ねぇーじゃん。なんで真っ先に受け入れるのがこれらの記憶なのよ。
そういえば前世の私は、今とはかけ離れた生活をしていたんだった。貴族ではなく、一般人としての生活だ。前世の私は、生きる目的も目標もあまりないような、そんな若者なんだったの忘れてた。
…にしても、もうちょっとなんかなかった?最初に思い出す記憶じゃないでしょ、これ。
私は、頭の中でそんな愚痴を溢している間にも、前世の記憶は今の私の記憶としてどんどん蘇っていった。
「…あれ?」
すると、その途中、私はある奇妙な発見をした。
前世の記憶の中に、今私が生きているこの世界と深く関わっているのではないかと疑ってしまうものがあった。
それは、私が乙女ゲームをプレイしている時の記憶だ。
いや、それ自体は何の変哲も無いものなのだが、問題はそのゲームの内容である。
なんと、そのゲームの世界観が、今私が暮らしているこの世界にとても似ているのだ。
ゲームの名前は『空の彼方のユートピア』。魔法学校に通う平民の女の子が、同級生の男の子達と恋をするという王道な乙女ゲーム。昔、ハマっていた時期があるから朧気に覚えている。
そして、私はそのゲームに出てきた悪役令嬢に似ている。黒くて長い髪の毛に少し高めの身長、魔法の才があり、侯爵家の令嬢。その他、これまでの経歴がその悪役令嬢に似ていた。
偶然かな…。いや、もしかして…。
私は、水の中で、ここが乙女ゲームの中の世界で、自分が悪役令嬢なのかもしれないという淡い期待を抱いていた。
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