第4話 旅立ちと手紙

「よ~し!準備完了!」


 私はパンパンと手を叩いた。


 すべての準備を終えた私は、今、家の門の前にいる。後ろには、私が生まれた時からずっと暮らしてきた大きな屋敷があった。


 私は振り返り、その屋敷を懐かしむような目でしばらく見つめた後、再び目の前のこれから乗り込む荷馬車を見た。


 荷馬車には、私がこれから寮暮らしをするために必要な荷物が山のように積んである。


 今まで家を離れる実感があまりなかったけど、これを見るとそれが突然沸いてきて、急に悲しくなった。


「お嬢様、大丈夫ですか?」


 エクレアが近づいてきて優しく私に問いかけた。私はエクレアの方を向いて微笑みながら答えた。


「…ええ、大丈夫よ。…大丈夫…うぅ…うわぁ~ん!」


 私は、ダラダラと涙と鼻水を垂れ流しながら、マーマレーさん及び他の使用人達のもとへと走った。


「み”んな~!い”ってく”る~!ズビー!!」


 私はマーマレーさんのメイド服で鼻水をかみながら涙声で言った。みんなはさっき泣いていたので泣いておらず、私一人だけが泣いていて異様に浮いていた。


 結局泣くのならさっき泣いとけよ、とみんなに言われそうな空気の中、私はわんわん泣いていた。


「…はぁー!…よし!」


 一通り泣いた後、私は頬っぺたをパン!と叩いて再び荷馬車の方を向いた。叩く加減を間違えて頬っぺたがジンジンとしていたが、私は毅然とした態度でみんなに別れの挨拶をした。


「みんな!行ってくるわ!」


 私は勢いよく荷馬車に乗り込んだ。


「私がヒルノ様と乗ります。御2方は後ろに。」


 エクレアが2人のメイドと話し合った後、私の後に続いて荷馬車に乗り込んだ。他の2人は後ろの荷馬車へと乗り込んだ。


 窓から外を見ると母さんとヨルハが荷馬車の近くに来た。


「ヒルノ!行ってらっしゃい!向こうではあまりはしゃがないようにね。学校ではむやみやたらに喧嘩しちゃダメよ?」


「…するわけないでしょ?喧嘩なんて家以外では絶対しないから大丈夫!行ってきます!母さん!」


 私が笑顔で言うと、母さんはそれに微笑みで返した。


「…姉ちゃん、性格悪いの悟られないようにせいぜい頑張れよ。」    


 少し恥ずかしそうにしているヨルハに私は笑いながら言った。


「あんたもね!向こうで友達できたら、あんたのこと才色兼備なハイパー弟として紹介するから、それが嘘にならないようにしてよ!」


 荷馬車が動き出した。私は、次第に遠くなっていくみんなにいつまでも手を振っていた。




 やがて、全員が豆粒くらいの大きさになった頃、私は手を振るのに飽きて、もう荷馬車の中で寛いでいた。


「遅くなーい?これ、向こうに着くまでどれくらいかかるの?」


「結構かかります。荷物が多いので遅いのは仕方ないかと。」


「あーなるほど。馬も大変ね。あ、そうだ!馬の負担を減らす為に私、走って行こうかしら!」


「ええ、それもまた一興ですね。時にお嬢様。」


 エクレアは、私のボケを軽く流した。渾身のボケを流された私は頬を膨らましながらエクレアを睨んだ。


「なによ?人に恥かかせてまで自分の話したいの?」


「そうですね。割と大事な話を2つほど。」


 エクレアは、真っ直ぐこちらを見て言った。その目はくだらない話はいいから黙って私の話を聞けと言っていた。


「…なによ?」


「まず、これなんですが…」


 エクレアは、ポケットの中から取り出した物を私に差し出した。それは金色の懐中時計でとても古びていて、針は動いておらず、表面には叩かれてできたであろう凹みが見られた。


「…ああ、それね。それはまだあなたが持っていてちょうだい。」


 私は、その懐中時計から目を逸らし、窓の外を見た。エクレアは暫くじっとその懐中時計を見ていたが、やがてもともと入れていたポケットにそれを戻した。


「かしこまりました。では、これは私が。」


「それで?2つ目は?」


「はい。実はミネール様から手紙を預かっておりまして…」


「…は?ミネールさんから?」


「ええ。ヒルノ様に届けて欲しいと。」


 ミネールさんとは、私の従姉妹にあたる人物だ。とても優秀な魔法使いで、私の師匠でもある。私が魔法の分野で成績が良いのは、彼女に教わっていたからだと言っても過言ではない。彼女は、優秀な魔法使いで、優秀な先生でもあるのだ。


 しかし、性格に難があり、周りからは変人扱いされている。その点に関しては弟子の私も否定できない。いや、寧ろ弟子だからこそ、周りの人よりも強く肯定できてしまう。


 もし、私が『彼女は変人ですか?』という質問をぶつけられたら、『何でそんな当たり前のこと聞くんですか?』と答えてしまうだろう。


 ミネールさんはそれくらい変な人である。


 エクレアは、懐中時計を入れたポケットから、1通の手紙を、左手の人差し指と中指で挟んで取り出した。


 私は少し折れ曲がっているその手紙を、露骨に嫌な顔をして見つめた。


「…読まなくていい?」


「お読みになられた方が良いかと。」


 私は嫌々その手紙を受け取り、封を切ろうとした。


「いつ預かったのよ?この手紙。」


「昨日です。昨日、直接ミネール様から手渡しされました。」


「は?手渡し?わざわざ?ってか、ミネールさんこっち来てたの?」


「ええ。ミネール様は手紙を渡す際に、なるべく人には見せないように、とおっしゃっていました。…手紙を預かった私を除いて。」


「ふーん。じゃあ、あんたも見る?」


「…差し支えなければ。」


 私は、封筒から手紙を取り出して広げた。


 その手紙には黒いインクで、少し大きな字でこう書いてあった。


『ヒルノへ。

 

 マドレーヌ魔法学校への入学おめでとう。この先、何か変わったことが起きて、助けが欲しいほど困った時には、私のところを訪ねなさい。力になれるかもしれないわ。


 貴方は、何処にディストピアがあると思う?


 PS,来る時は手土産を忘れずにね。忘れたら門前払いです。』


 書かれてある文を読み終わり、手紙をひっくり返して裏側に何も書いてないことを確認した後、私とエクレアはお互いの顔を見合った。


「…何か変わったこと?それにこの質問…どういう意味?」


「お嬢様、何か心当たりは?」


 私はゆっくりと大きく首を横に振った。色々と思い返してみたのだが、別に身の回りで変わったことが起きた記憶もないし、この質問の意味するところは皆目見当がつかない。


 私はしばらくその手紙と睨めっこしていたが、そのうちに諦めて手紙を二つに折りにして自分のポケットにしまった。


「まぁ、考えてもわかんないし、いいや。そもそもただのイタズラかもしれないし、ミネールさんの。」


「わざわざ手紙を届けに来てですか?」


 エクレアは納得のいかない面持ちで言ってきたので、私はそれに対して肩をすくめながら反論した。


「…う〜ん、まぁなくはないでしょ。クレイジーだもん、あの人。どうせ、あの人の家に行っても使いっ走りにされるだけよ。」


「…そうですか。私は、あまり詮索はしないでほしいとミネール様に言われましたので、お嬢様のご判断にお任せします。」


 私は再び窓の外を見た。流れていく景色には見覚えがあり、とても懐かしく感じられた。私が子供の時から変わらない、出かける時に見かける風景。


 変わったことって…?移動中、私の頭からその疑問が離れることはなかった。


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