第7話

 僕は村長の家へ向かった。村はまるで誰一人居なくなったかのように静かで、祭りの前の様子とは思えなかった。


「そこに誰かいるのか。」

 遠くから声が聴こえる。


「凪です。」

「…まだ居たのか。」


 声の主は村長だった。

「今は沐浴もくよくの時間だ。何故ここにいる。」

「お話があってきました。」

「沐浴より大切な話がある、という事だな。よっぽどの理由がない限りここには来ないはずだ。要件は。」

「今日の祭りでの儀式を取り止めてほしいんです。考え直してください。あなた方はおかしい事をしていると。」

「海に対する侮辱ぶじょくと捉えるが、そう捉えてもいいんだな。」


「どう考えたっておかしいじゃないですか。一人の少女を海の祠に監禁するって。何で解らないんですか。」

「お前はこの祭りがなぜ行われているかを理解して言っているのか。」

「何で、人間を生贄にして、他の人間は楽しく飲んだ食って、のうのうと生きていけるんですか。そんなの分かるわけがないですよ。しかも殆どの人がその少女より年が上で、若い子が辛い顔見せないで頑張っているのに、何なんですかその態度は。人の命であなた方は遊んでいる。人間のやることじゃないって分かりますよね…」


「何だと思ったらその事か。そんな下らぬ理由で、沐浴から抜け出してきて。お前は何を仕出かしたか分かっているのか。大切な祭りの前に面倒事を増やさないでくれ。彼女も納得をしている。早く出ていけ。」


「面倒事って…今日の夜には、あなた達の身勝手な行動で彼女は海に閉じ込められるんですよ! それを面倒だなんて、酷い。あまりにも酷すぎる。あなたは悪魔だ。悪魔が海を崇拝なんかしたら、海がよどみ穢れてしまう。人の血をすする悪魔め。この村の人すらも洗脳し、挙句の果てに少女までも手に掛けようとする怪物が!」


「お前がなんと言おうと変わらんさ。この村が栄えてきたのは全て、海のお陰なんだ。繁栄し、恵みを与え、私たちに沢山の恩恵を下さった。それを称えるのがこの祭りだ。讃美歌は初代の村長が考え、それを今まで受け継いできた。先祖代々、長い年月をかけて受け継がれてきた大切なものなのだ。そして海への生贄は、海から授かった様々なものに対する代償だ。代価が必要なんだよ。皆が幸せに暮らせるわけが無い。周知の事実だ。たった一人の命で数百人の命が救え、この村も栄えていく。こんなに光栄なことは無いだろう。平等なんて無理なんだよ。そもそも生贄は幸せになれる人に〝含まれていない〟のだからね。その人の意思に関係なく、選ばれたものは全て除外されるんだ。仕方がないだろう。これは決りだ。お前がここに住んでいる以上どうしようも出来ないことなのだよ。下らぬ私情なんかで覆されるものでは無いんだ。そもそもお前に人が救えるわけがない。自分も救えぬ人間に他の誰かを救うことなどできるとでも思っているのか? 一人では何も出来ないくせに生意気なことを言いおって、お前はまるで赤子だな。思い通りにいかないことに噛みつき、泣いていれば済むのだから。其奴そいつを東の牢屋にでも入れておけ。無力さに溺れろ。お前は何者にもなれぬ哀れな奴だよ。せいぜい己の無力さを痛感しているがいい。」


「あなたは……理不尽な決りを受け入れ、肯定し、何もおかしいと思わないイカれた思考に支配され、人の心を忘れてしまって…なんで……何で解らないんですか。」

 怒りを抑え、ゆっくりと言葉を紡ぐ。このままでは牢屋に入れられてしまう。それだけは避けたかった。どうにかして、村長を説得しなければならない。怒りを抑えなければならない。


 この人は何も知らないんだ。閉鎖的空間に何十年もいて脳が毒されてしまったんだ。生まれた時はきっと純粋だったんだ。


 そうだ。


 きっとそう。きっと、伝わる。分かってくれるさ。だから気を鎮めて。ゆっくりと考えるんだ。彼と争うために来たのではない。本質を忘れては駄目だ。彼女を救う。それだけを考えよう。


 「なんでその考えに至るんですか。海は神じゃない。もう数百年も前に分かりきったことじゃないですか。運命なんてものもないんです。全てが自分の選択と行いで決まって辿りついた道なんです。神に責任を押し付けないでください。あなた自身の考えを教えてくださいよ…顔も知らない、見たこともない人達がやってきた行いで、今を生きる一人の少女を見殺しにしようとしているんですよ。何で…今が一番大切じゃないんですか。」


「そんなこと決まっている。神がいなくとも、私達は感謝することを忘れてはならない。言うなれば自己を満たすためにやっているのだよ。勿論やってほしいと頼まれた訳では無い。お前もそうだろう。汐音がお前に助けを求めたか。私はこのしがらみから解放され、過去からの栄光と伝統を守り、海に仕えることを選んだのだ。犠牲はいとわない。村は村として始まり、村として終わる。私はその運命を選んだ。時代に適応することなく、村は村として生きる。情など全て断ち切った。この村には、村を愛する人間しかいないのだよ。受け入れているんだ。もういいだろう。連れて行け。」

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