第5話
抜け殻のような毎日を過ごしている時に、声をかけてくれたのが一人の少女だった。
「こんな暗いところで何をしているの?」
「早く眠りについてしまいたいんだ。」
「どうして?」
「夢を見たいから。」
「ゆめ?」
「夢の中なら、誰にでも会えるから。」
「会いたい人がいるの?」
「うん。」
「その人は、現実じゃ会えないの?」
「その子は海になってしまったから。会いたくても会えないんだ。どんなにどんなに願っても、絶対に会えなくなってしまったから。でも! 夢の中なら…夢の中でなら会える。どんな形であっても、また会うことができるんだ。いなくなった人に会う方法なんて、夢くらいしかないから。夢が…夢が現実になってほしい。また声を聴きたい。また笑顔を見たい。また一緒に笑い合いたい。それだけなのに…海も村も僕のすべてを奪い去ったんだ! 僕が何したっていうんだ。何であの子が海に捧げられなきゃならないんだ。あの子が僕の全てだったのに。」
「大丈夫。大丈夫だよ。」
彼女は僕を優しく
「そんなに思いつめないで。どんなに辛いことがあっても、どうしようもできないことがあっても貴方が諦めなければ希望は必ず降り注いでくるものなの。大丈夫。絶対に帰ってくるから。だから大丈夫。ね?」
「でも、記憶はなくなっていくものだから。そのうち僕はあの子の声や顔も、口癖なんかも忘れてしまうかもしれない。思い出が消えていくのが怖い。僕に残っているのは、この僅かな思い出だけなのに。」
「記憶は本当に大切なことを憶えていてくれる。全てが消えるわけじゃない。ねぇ、知ってる? 遠い昔、海には色がなかったの。でもそこに空を放った人がいて、海と空は鏡合わせのようになったの。なんでかって言うとね。うーんと、透明って色がないでしょ? 透き通ったものは綺麗でも、本当の透明がどれだけ美しいかはどんなに頑張っても理解できないの。だって、絶対に何かが映り込んでしまうから。この世界のものには色がついている。だから鏡合わせにしたの。どうせ分からないのだからってね。海の底が暗いのは、空の向こうに宇宙があるから。海は空を映し出しているの。そんな話が何千年も前から色んな人を巡って、語り継がれている。素敵だと思わない? こんな昔の話を私たちが知っているのって。全てが化石になるわけじゃない。幸せは伝染していくもの。さあ、手を出して。この世にはあなたが知らないことばかり。それを知ろうとするかはあなた次第だから。いつかはその子を助けられる方法だってきっと見つかるわ。一緒に頑張りましょ?」
「ありがとう…手を差し伸べてくれてありがとう。優しくしてくれて、ありがとう。」
僕は泣きながら彼女の手を取った。
「これからは一緒だよ?」
「名前は…名前はなんて言うの?」
「私は
「僕は…
「凪君ね。絶対に助け出そう。きっと大丈夫。何せ私たちは独りじゃないから。」
見失っては駄目…あなたが望む幸せは、私を助けることではないの。それを忘れないで。大切なのは、あなたが失った全てを探し出し、あなたを取り戻すこと。あなたは修羅じゃない。
忘れてはいけない。それだけは決して。
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