第3話

 陽炎に呑み込まれたかのように、海は真っ赤に燃えていた。影が物体の形を地面に投影しはじめる。細く伸びた僕の影は痩せ細っていた。


 鳥が鳴いていても、小波さざなみによって流されてしまう。

 僕が頑張っても何の意味もないのかもしれない。海は誰のものでもないし、神様でもない。たったそれだけの事なのに、何でそこまでしなくてはならないのか。

 全てが明らかになりつつある今を認めずに、こばみ、拒絶して、何も見ようとしないで。それでいて何かにすがりつこうと必死だ。



 少女を犠牲にし、一体何が救われるというのだろう。罪悪感というものがないのだろうか。生というのはそこまで軽々しく捨てていいものなのか。よくもまあ、その腐った醜い心を人前で見せつけられる。


 きっと本当に美しいものに出会ったことがないのだろう。形式に執着し、本質を見いだせなくなった年老いたむくろとなり、何を大切に生きているのだろうか。中身には何も残ってない、形だけが残った哀れな生き物だ。



 空は静寂を取り戻し、紫色に染まりつつあった。刻々と過ぎていく時間。今頃、祭りの準備がされているだろう。

人の死を祝い、海を讃え、のうのうと生きようとする何も理解していない、無垢を装っている村人。けがれを肯定し、人を慈しむ心を持てば、少しはみんな幸せに生きられるはずなのに。



 あの頃は、みんな優しかった。いや、僕が何も解らなかっただけなのかもしれない——

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