物語No.3『異世界への来訪』
琉球、
湖に渦巻いていた揺れは消え、魔物は消えた。
唐突に、謎の少年は槍を琉球の左腕に突き刺した。
左腕には激痛が走る。だが激痛が和らぐとともに左腕が徐々に生えてくる。
十秒も経てば、左腕は動かしても問題ないほど回復していた。
「ボクは君たち三人を
謎の少年は、気さくに三人に話しかける。
まるで長年付き添った相棒かのように、遠慮ない態度で振る舞う。
「異世界?」
「君たちは現実世界から異世界に転移した。故に、もし君たちがボクの協力を得なければ、再びモンスターに襲われ、すぐに絶命することになる」
優しいのか、それともなにか企んでいるのか。
暦の表情からは読み取れない。
無表情、声のトーンも一定で、自然体。笑みもせず、綻ぶことのない表情筋。
琉球は片腕で上体を起こし、彼に視線を向ける。
「もし事実なら、現実世界に戻ることは可能なのか?」
「もちろん可能だ。現実世界と異世界は常に繋がっている。
琉球は安堵する。
「だが、君たちはその術を知らない。ボクはあまり優しくはない。条件を受けてくれるのなら、君たちを現実世界に帰してやろう」
「条件はなんだ?」
「ここで君たちは冒険者となり、異世界を冒険してほしい」
「なぜだ?」
理由が分からない、と琉球は声を強めて問いかける。
「世界は英雄を求めている。圧倒的な力、才能、カリスマを持ち、世界を解放してくれる者を求めている」
「それが俺たちだと?」
「自惚れるな。英雄になる可能性がある者はいくらでもいる。だがその器が真に英雄となる前に、砕け散っていく者は多い」
「多くの者が……死んでいったということですか?」
「ああ」
恐る恐る尋ねた琉球に、暦は間髪いれず返答した。
彼の言葉には重みがあった。
彼は死んでいった者を何度も見た。何度も見ては、繰り返し、同じように希望を抱いた。
何度繰り返しても、英雄になる前に散っていく光景を何度も見た。
「俺たちも、そうなるかもしれないってことですか……?」
「ああ」
恐い、三人の心をそれだけが埋め尽くす。
「僕、早く帰りたい。もう恐い目に遭うのは嫌だよ。死にたくない」
三世は小さくうずくまり、身体がひどく震えていた。
目の前であの怪物を見た後もあり、当然だった。
「私も帰りたいよ」
愛六の身体にも恐怖は残っていた。
また同じ状況に遭えば、生きて帰れる保証はない。
抽象的ではない、具体的な恐怖を目の当たりにしたからこそ、彼らは異世界という未知の存在を恐れていた。
死を間近にしたからこそ、三人はトラウマを植えつけられた。
「俺も、恐いです。あんなモンスターと戦うのは二度と御免だと思いました」
「ではここで餓死でもするか。ボクは英雄になろうとしない者に興味はない」
「……はい」
暦は容赦なく槍を琉球に向ける。
琉球は少し肩を震わせ、だが震いを止めるよう自分の身体を押さえつけながら、
「それでも俺は、戦います」
恐怖を胸の奥に圧し殺した。
沸騰のように沸き上がる恐怖を押さえつける。
「僕は、僕は戦いたくない……」
「やだよ。私も死にたくない……」
「大丈夫。俺がいる。俺が必ず二人を護るから。だから俺と一緒に異世界を冒険しよう」
琉球も恐かった。
だが二人の恐怖を逆撫でしないよう、自分は必死に恐怖を噛み殺し、震えを抑え、二人に手を差し伸べた。
彼には二人を見捨てることはできない。だから、護ると約束した。
二人はまだ恐かった。
だが彼はこんなにも自分達を思い、一緒に前に進もうと行ってくれた。
嬉しくないわけがない。断れないわけがない。
「僕は……」
「私は……」
「「異世界で生きてやる」」
三人はお互いの手を掴み、固く握った。
暦の頬はやや緩む。
次にはすぐにもとの無表情に戻っていた。
「三人とも、異世界へようこそ。これから君たち三人を異世界に案内しよう。それとーー」
暦は意地悪な笑みを浮かべて言う。
「これからはボクがずっと君たちの側にいるから、君たちはそう簡単には死なないよ」
暦の強さを見た三人は、わずかな安堵を抱いた。
完全に恐怖が消えたわけではないが、緊張で上がりきっていた肩は落とされた。
「君たちは微笑ましいね」
暦は三人のシンクロを見て表情は変えないものの、声音が上がっていた。
三人は同時に照れ、まるで三つ子のようだ。
「これから街へ
言われた通り、三人は暦の手を掴む。
直後、周囲の景色が一瞬で変化した。桜の木一本しか光源がなかった場所にいたはずが、今は見渡す限り、至るところに光がある。
夜の街を、道路に建てられた街灯が照らす。
赤白い光が街を輝かせ、宵闇に包まれた街に光を灯した。
「ここはギルド街。十三万人が暮らす街」
異世界には、街があった。
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