物語No.4『賑やかな異世界』
人口十三万人の街ーーギルド街。
居住者の多くが冒険者である。
街の中心には、この街で最も高い巨大な建造物が建てられている。
ギルド本部とされる場所で、十三階層になっており、毎日多くの冒険者が集まる憩いの場でもある。
一階はギルドが運営する酒場、案内所、掲示板、踊り場、換金所などがある。
二階はクエストカウンターがあり、無数のクエストが掲示板に貼られている。
三階はギルドが運営するショップが幾つもあり、突き抜けの三層のようになっている。ギルドが運営しているとあって、値段は一般のショップよりも高価だが、信頼性においては十分である。
武器や防具、魔法道具や食料などが幅広く揃っている。
四階には娯楽施設、五階には図書館と、ギルド本部には様々な施設が点在している。
冒険者はここを拠点にダンジョンへ挑むのだ。
真下からでは頂上は見えず、琉球、三世、愛六はギルド本部を見上げて呆然としていた。
「これが……異世界ですか……っ!」
異世界は彼らの想像の遥か先をいっていた。
異世界=恐ろしい場所、だと囚われていた彼らにとって、異世界に現実世界と同じように街があり、そこで人が話し合い、笑い合い、現実と何ら変わりのない生活をしている光景は衝撃だった。
「異世界は面白いだろ」
暦の問いかけに、三人は迷いなく頷いた。
心が踊っている。
「凄い。お伽噺の世界が目の前にある。凄いよこれ」
三世は高揚していた。
お伽噺が大好きな彼はよくお伽噺の夢を見る。
だが今は夢が夢じゃない。現実だ。
「ねえねえ、もしかして魔法とか、空飛ぶほうきとか、精霊とかはこの世界に存在してるの?」
「なんでもあるよ」
暦は続けて、変身魔法や龍の存在、潜在能力といった言葉を並べた。
三世は心踊るように身体を踊らせ、溢れる期待を全面に表していた。
「他に他に、どんなものがあるの? もっと知りたい、もっと学びたい、もっと見てみたい」
三世は詰め寄るように暦へ質問を並べる。
暦は対応に困っていると、後ろから愛六が三世の腕を掴み、
「興味深いのは分かるけど、暦さんが困ってるでしょ。大人しくしてよね。子供だと思われるでしょ」
三世を制止させた。
三世ははっと表情を一変させ、好奇心に満ちた目を閉ざす。
「ごめんなさい」
「気にするな。どのみちお前らには話さなくてはいけないことはいくつもある。行きつけの酒場に行ってから聞きたいことは何でも教えてやる」
「酒場?」
酒場と聞き、三人は顔を見合わせる。
「俺たち、まだ高校一年生だから酒場にはあんまり行きたくないなって」
三世と愛六は後ろで顔をぶんぶんと縦に振る。
現実世界では、お酒は二十歳を越えなければ飲むことはできない。
琉球は
酒場に行くような真似はしたくない。
「異世界には、酒に関して現実世界のような決め事はないが、それでもか?」
「ーーーー」
「そもそもお前らに酒を飲ますことはないし、ボクだって酒は飲めない。それでも酒場は嫌か?」
「ーーーー」
暦は静かに憤怒していた。
「ここは異世界だ。現実世界に縛られ過ぎた」
「でも現実世界で育ったから、どうしても現実世界のルールで生きちゃうよね」
「確かにそうだな」
暦は折れる。
このまま話し合いを続けても無意味だと。
暦は必死に思考を巡らし、考える。
他の店に行く、という手立てもあったが、彼はどうしても三人をあの店に連れていきたい理由があった。
なにか口実はないか、と考えた。
結果、なにも思いつかなかった。
「分かった。別の店に……」
暦は諦めていた。
行きつけの店に連れていけないか、と思われたーー最中、三世は口を開く。
「僕、酒場に行きたい」
「でもな、三世、酒場は法律では二十歳を越えてないと行けないんだよ」
「えー、でもここ異世界だよ。僕酒場行きたい。それに暦の話も聞きたいし。一人でも酒場に行くよ」
三世が駄々をこね始めた。
内心、暦は喜んでいた。
好機を逃さんとばかりに、暦は続けて言う。
「名前は酒場でも、あそこは料理に重きを置いている店だ。腹が減っているのなら、ここは三世に従った方が良いのでは?」
琉球と愛六のお腹がぐぅーと音を立てる。
お腹など空いていない、と誤魔化せるはずもなく、二人は食欲に我慢できず渋々承諾した。
暦に連れられ、三人はその酒場へと向かった。
『女剣聖の酒場ラヴァーズ』
朝から晩まで、客足の途絶えない人気な店で、店内はいつも客の声で満たされている。
特に冒険者の客が多いのは、持ち運んだモンスターを店で解体し、料理にしてくれるからだという。
料理のオーダーメイドが可能な店で、常連が多く存在する。
店の端、空いていたテーブル席に四人は腰掛ける。
使い古された木製の椅子は、耐久性上昇の魔法が付与されているため、何年も使われていても壊れることは滅多にない。
店の壁に立てかけられた木板には料理名と値段が書かれ、食欲を増進させる魔法も秘密裏にかけられている。
客が多くの料理を頼んでしまうのも、そのためである。
三人はそれぞれ注文し終えていた。
手もとの水を飲みながら、暦の話に聞き入る。
「君たちには明日からでも冒険をしてもらう。そのためにも、まずは身体能力や潜在能力、魔法の才能などを調べておく必要がある」
「現実世界にはいつ帰れますか? 極力早い内に一度帰っておきたい。このままじゃ皆心配するだろうし」
暦はひらめいたように口を切る。
「まずこの世界とあちらの世界の時間のズレを話しておこう。現実世界では一日は何時間かな?」
「三十時間です」
「だが異世界では一日は六十時間だ。あちらの世界よりも長い時間がこちらで流れている。つまり
店の壁に立て掛けてある巨大な円形時計には、一から三十までの数字が書かれている。
長針と短針はちょうど二十四を指している。
「
「なんで二つの世界の時間には差があるのですか?」
「ボクにも分かりません。ただ、ボクの恩人でもある方がこのように言っていました。とある星の向こうには宇宙があり、そこには無数の星が広がっている。それぞれの星はそれぞれの時間を持ち、一日が一分しかない星もあれば、一年分ある星もある」
三人は話の繋がりが見えず、首を傾げる。
どういう意味ですか、と琉球は恐る恐る尋ねると、暦は更に言葉を続ける。
「つまり、二つの世界の創造主は違うということ。一人は現実世界のような安全な場所を、一人は異世界のような危険な場所を望んだ」
「二つの世界はなぜ行き来できるのですか?」
「分からない。それは
まだ質問があったのか、琉球が尋ねようとする前に、暦は、本題に移ろうと言い、強引に話を切り替えた。
「ボクは君たちが持つ潜在能力を知りたい」
「潜在能力……?」
「ほぼすべての者が持つ潜在的な異能。ある者は瞬間移動、ある者は魔力の増大、ある者は五感の拡張、といった具合に、多くの者に潜在能力が宿っている」
「魔法、でしょうか?」
三世は期待を胸一杯に膨らまして尋ねる。
「いや、魔法は魔力を消費するが、潜在能力は精神力や体力を消費する。まあ潜在能力によって違いはあるが」
三世は期待が更に増していた。
愛六は興味ないという素振りをしながらも、本音は異能の発現に呼吸が荒くなっている。
「潜在能力は魔法とは違い、幾つも習得できるものではない。多くの者が一つしか発現しない。だが潜在しているのなら誰でも発現することができる異能である」
潜在能力の説明に、三人の意識は暦に集中している。
「危険だらけの異世界において、潜在能力は大きな武器となる。先ほどお前達が対峙したあの魔物と対等に戦う力を得ることができるかもしれない。これからある場所へ行き、潜在能力を引き出させてもらう」
三人は高揚感に包まれていた。
今すぐ潜在能力を発現したいと、心が叫んでいる。
話が一段落したところで、
狐耳を生やした茶髪の獣人、トパーズ色の瞳を輝かせて暦を見た。
「おやおや、暦ではないか。なぜここへ?」
「
「ええ、いつも暦は命令口調なんだぞ。稲荷には優しくしてほしいのだ」
「分かってる」
「分かってないから言ってるの」
稲荷は皿をテーブルに置きながら、暦とケンカするように話していた。
長年付き合ったカップルのようなやり取りを交わし、無表情な暦の顔に笑みが少しだけ表れていた。
「ネタバレ屋のところに向かったらすぐに行く。だから……待っててください」
顔を赤くしながらも暦は言いきった。
表情は依然平然と振る舞おうとしているようだが、顔がやや赤く染まっていることに本人は気づいていない。
琉球たちはそれを見て微笑ましく思っていた。
三人とも食事を終え、代金は暦が支払った。
腹を膨らませた三人は、暦に率いられてある場所へ向かう。
「これから、ねたばれや、に行くんですよね」
「ネタバレ屋で潜在能力を引き出す。潜在能力によっては街に被害が出ることもある」
ま、ないだろうけど、そう言った暦を台詞を三人が皆聞き逃した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます