1-46 料理
裏門を抜け、最短ルートで城内に侵入することに成功する。ストルツァたちから城内の地図をもらったことで、脱出のときと比べるとかなり楽に進むことができた。
「そういや、フェルはどこ行ったんだ?」
言われてみると、いつの間にかフェルの姿が見えなくなっていた。
ジルヴェ確保に向かっているのは僕とカジ、ミレナの三人。オサムは戦場に連れていくわけにはいかないので、街の人たちと一緒に安全なところへ避難してもらった。
「自分は少し用事ができたから、別行動するって言ってたわよ」
「何だよ、勝手な奴だな」
悪い人ではないと思うのだが、神出鬼没というか、何を考えているのか読めない。一定の距離感を保ちつつ、喉が渇いたときに水を差し出してくれるような、ふとした瞬間に手助けをしてくれる。かと思えば、こうして突然姿を消したり、逆に思わぬところに現れる。
まるで空から僕らを監視しているような、そんな浮世離れした雰囲気があった。
「まあいいか。それよりも自分の仕事に集中しないとな」
「そうだね」
今頃、外ではストルツァたちが命懸けで戦っている。僕たちが早くジルヴェを捕まえることができれば、その被害を最小限に抑えられるはずだ。
城の中は明らかに先ほどよりも警戒が厳しくなっていた。捕えていた人間に逃げられたことに比べ、市民が蜂起して押し寄せてきているのだから当然だろう。緊迫した空気が漂っており、どこに行っても衛兵たちがいて上手く身動きが取れなかった。
「これじゃ埒が明かねえな」
ストルツァによると、国王は城の最上階にある執務室にいる可能性が高いとのことだった。しかし、上にあがるための階段は中央の一つしかなく、そこは衛兵たちによって厳重な警備が敷かれている。
「もう強行突破するしかねえだろ」
痺れを切らしたカジが突撃しようとするのを必死に止めながら、何か方法はないかと考える。
「ねえ、あそこの物は使えるんじゃないかしら」
地図とにらめっこをしていた僕の肩を叩き、ミレナは廊下の先にある部屋を指さす。ちょうど扉がわずかに開いたままになっていて、隙間からはぎっしりと並べられた食材と食事を運ぶワゴンが見えた。
「確かに、使用人に変装して、食事を運ぶふりをすれば不審に思われないかも……」
「それならあそこにちょうどいいのがいるぜ?」
今度はカジの指し示す方に目を向けると、ちょうど使用人が二人通り過ぎる。
「迷っている暇はないわ。その作戦で行きましょう」
そう言うと、カジとミレナがすぐに動き出し、あっという間にその使用人たちを捕まえて戻ってきた。
そのまま捕らえた二人を連れて、一旦調理場の中に避難する。
「悪いが、少し服を借りるぜ」
カジは躊躇なく使用人たちの身ぐるみを剥いで、潜入用の服を手に入れた。
話し合いの結果、僕とカジが使用人服を着て、ミレナは食事用ワゴンに乗せて運ぶことになった。上手く布を被せればちょうど人一人は隠れることができそうだった。食事を運んでいるという名目も作ることができるし、一石二鳥だろう。
「よりバレないように、実際に食事も運ぶってのはどうだ?」
そんなカジの提案もあり、この調理場で簡単な料理を作って、それもミレナと一緒に運ぶことになった。確かに、ワゴンの上に実際に料理が乗せられていれば、すれ違っても疑う者はいないはずだ。
ということで、カジは自信満々に包丁を握って調理を始めた。
「任せてくれよ」
ずいぶんできる風だったので、特に気にせず完成を待っていたのだが、実際に出来上がった物を見て愕然とした。
「あの、これは……?」
目の前に現れたのは、およそ食べ物とは思えない物体だった。色は限りなく黒に近い紫色で、皿いっぱいにヘドロのような粘度の高い液体が並々と注がれている。見た目に反して香りは妙に甘ったるく、鼻を近づけると胸やけしそうだった。
「梶家直伝の特製カレー、一丁あがり!」
なるほど確かに、よく見ると邪悪な液体の奥にお米があるのがわかった。しかし、どうやら僕の知っているカレーとはずいぶん違うみたいだ。
あまりにカジが勧めてくるので、僕は恐る恐るその暗黒物質を口に運ぶ。
「うっ……」
感想は言うまでもない。見た目通りの不味さだった。胃からせり上がってくる吐き気を何とか堪えて、やっとの思いで喉の奥まで押し込んだ。
「ちょっと、こんなんじゃ逆に怪しまれてしまうじゃない」
当然ながらカジのカレーは即却下となり、今度はミレナが台所に立った。
「一応聞くんだけど、ミレナは料理できるんだよね……?」
「昔から母の手伝いをしてきたから、自信はあるわ」
ミレナもまた自信ありげに語っていたのだが、残念ながら僕の不安は的中してしまう。
しばらくして出来上がってきたのは、なんとカジの料理と全く同じ見た目の料理だった。
「えっと、これは……」
「見てわかるでしょう、オムライスよ」
言われれば、さっきのカジのカレーと比べると、やや縦長で高さがある。しかし、やはり僕の知っているオムライスとはずいぶん違うみたいだった。
「仕上げにこうして真ん中に包丁を入れると……ほら、中からトロトロの半熟部分が噴き出してくるのよ」
自慢げに包丁をスライドさせるのを見せられ、ヘドロの中からヘドロが生まれるような光景に言葉が出なかった。
「……これは僕が作るしかないみたいだね」
僕も決して料理が得意というわけではないので、正直あまり気乗りしなかったが、二人に任せておくわけにもいかず、仕方なしに包丁を握る。
何を作るか少し迷ったが、シンプルに自分が一番得意なものを選んだ。幸い、手早くできて見栄えもいいので、この状況には適していた。
人のことをあれこれ言っておきながら、いざ自分の料理を提供するとなると途端に不安になる。少し緊張しながら、出来上がった品を二人の前に置いた。
「どうかな?」
僕が作ったのはポモドーロ、いわゆるトマトパスタだった。パスタなら材料もそこまで使わず、多少作りが荒くても見栄えよく仕上げやすい。運よく冷蔵庫に入っていたカニの足のおかげで、結果的にかなり高級感も演出することができた。
「う、うめえ!」
「これは美味しいわね……」
味見をした二人の反応は悪くないものだった。少なくとも及第点はもらえそうだ。これなら作戦にも上手く活用できるだろう。
「何だよ、料理得意だったのかよ」
「い、いや得意というほどじゃ……」
節約のために始めた自炊が、長い一人暮らしのおかげで少し上達したくらいだった。
とはいえ、こんな形で役に立つのならよかったと思う。
「……って、こんなことしてる場合じゃなくない?」
ようやく満足いく料理が出来上がったところで、ようやく冷静になって現状を振り返る。僕たちは何も料理をしに来たのではなく、ジルヴェを捕えにやってきたのだった。
気付けば三人とも熱くなってしまい、時間を忘れて料理に没頭してしまっていた。そこまで大きなタイムロスになっていなかったのが唯一の救いだった。
「……先を急ごう」
そうして何とか変装も整えて、僕たちは敵の本陣へと踏み出した。
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