1-47 独裁者

「おう、ご苦労さん」

「うひょー美味そうだな!」

「ちょっと味見させてくれよー」

 すれ違う衛兵たちはみな疑うどころか、僕の作ったパスタに興味津々な様子で話しかけてきた。ちょうど昼過ぎで腹が減っていたタイミングだったからだろうか。急に緊張感が薄れ、拍子抜けしてしまいながら、ジルヴェの元へと向かっていた。

「あまり揺らさないでもらえるかしら?」

「うるせえ、お前が重いのが悪いんだろ!」

「乗り心地の悪い乗り物だわ」

「ケッ。お姫様気分の奴は困ったもんだね。運んでやってるだけ感謝しろっての」

 小声で口喧嘩をする二人を諫めながら、僕たちは目的の最上階へと辿り着いた。

「ん? なんだお前ら?」

 執務室の前を守る衛兵が訝しげな様子でこちらを見つめてくる。流石にここまで来ると、不審に思われても仕方ない。しかし、入口に衛兵がいるということは、その奥にジルヴェがいるということで間違いなさそうだった。

 相手がこちらの正体を看破される前に仕掛ける。門の左右にいる二人それぞれに向かって、ミレナとカジが一瞬で距離を詰めた。

「なっ……」

 咄嗟の攻撃に対応できるはずもなく、衛兵たちは為す術もなくその場に倒れた。

 慌てて後を追う僕は完全に用済みで、手持ち無沙汰のまま扉の前に辿り着いた。頼もしいと思うと同時に、血の気の多さはもう少し何とかしてほしいと思った。

「あっちも上手くいってるみたいだな」

 ちょうど廊下の窓から外の様子を見ることができた。正門の方では大量に雪崩れ込んだ市民兵たちが順調に進軍を続けている。遠目から見てもわかるほど、形勢は優位に運んでいるようだった。

「じゃあ入るよ」

 すぐに戦闘に入れるよう、僕は《あらしのよるに》を呼び出した。カジとミレナも各々臨戦態勢を整えたところで、執務室の扉を開く。

「なんだね?」

 中に入る僕たちに気付き、部屋の奥にある豪奢な椅子に腰かけた男がこちらに顔を向けた。

 間違いない。あのとき僕らをわざとらしい態度で出迎えた男だった。

「ジルヴェ……」

 めんどくさそうに冷めた目をこちらに向けるジルヴェを見て、ふつふつと怒りが湧き上がってくる。

この男がゲベルを追放し、市民を蔑ろにし、そしてミレナとオサムを傷つけた張本人。

今だって、外では自分の部下たちが命を懸けて戦っているというのに、彼はここで眠そうな顔でふんぞり返っている。

「おやおや、よく見たら君たちか。勝手にいなくなったと思ったら、こんなところに何の用かな?」

 ジルヴェは見下すようなじっとりとした目つきでこちらを見る。

「ゲベルさんに頼まれて、お前を捕えに来た」

「ハハッ! あの老いぼれ、まだ生きていたのか」

 僕がゲベルの名を出すと、ジルヴェはおかしくてたまらないといった様子で顔を押さえて笑い出した。

「何がおかしい」

「いや、いつまでも弱くて何もないこの国に縋るあの男がおかしくてな」

 唐突に立ち上がり、窓の外に目をやりながら語り始める。

「この国は昔から貧しい国だった。交易都市ウェルデンと繋がる場所にあるにも関わらず、不毛な土壌と魔物の多い森が原因でろくに商売ができやしない。加えて周囲の国々が絶えず争いをしている中で、たいした武力を持っていない我々は、強国たちの顔色を窺いながら貧しいまま辛うじて生き延びるしかできなかった」

 まるで講義をするような口ぶりで歴史語りを続けた。

「そんな中で、ゲベル王は改革を行った。いや、改悪というべきか。ウェルデンと繋がる道を整備し、今まで以上に交易路を使いやすくして、ウェルデンとの交易を行う商人たちを優遇した」

「いい王様じゃないか」

「いや、違う。この国がこれまで生き延びてきたのは、単なる貧しい弱小国家だったからだ。交易なんてものは、小銭稼ぎくらいに収まっていたから、周辺国も大きな介入をしてこなかった」

「……確かに交易の要所となり得るのであれば、狙う国も出てくる」

「ザッツライト。実際、十年前はもうどこが攻めてきてもおかしくない状況だった。『西航路の火薬庫』なんて揶揄されていたほどさ。あとは誰が一番初めに火をつけるかだけだった。だから、私は自らこの国に火をつけてやることにしたのさ」

 つまり、ジルヴェはクロウジアという国を周辺国から守るため、クーデターを起こし、市民たちから自由を奪うことで国としての価値を下げた。さらに、傭兵を雇って軍備を整えることで、周辺国に対しての牽制を行ったと主張したいようだった。

「私のおかげで今もこの国はある。英雄として銅像でも建てたいくらいさ」

 下卑た笑い顔を向けて言った。まるで自分がすべて正しいと疑っていない口ぶりだった。

「結局それじゃ他の国に乗っ取られるか、お前に乗っ取られるかの違いだけじゃないか」

「何を言っているんだ。私は市民の皆様が満足した生活を送れるよう努力しているだろう。まああのドブネズミのような者どものことは知らんがね」

 自分と一部の人間だけが良ければそれでいい。そういうことが言いたいのか。

「こいつとは話しても無駄みてえだな」

 カジはそう呟いて武器を構えた。

「武力行使か。野蛮人どもめ。お前ら、相手をしてやれ」

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