1-42 VSブラッカ
「あそこだ!」
僕とフェルはカジと別れ、オサムを連れて裏門まで最短ルートを進んでいた。運よく衛兵に見つかることもなく、戦闘を避けたまま、目的の裏門が見えてきていた。
「カジとミレナは大丈夫かな……」
正門の方はもうすっかり城に隠れて見えなくなっているので、状況はわからなかった。ただこんなにも衛兵が少ないということは、彼女の囮は上手くいっているのだろう。
カジの方はちょうどさっき地下牢のある辺りから爆発音が聞こえてきたので、戦闘になっている可能性が高い。彼なら大丈夫だとは思いつつも、どうしても心配が頭から抜けなかった。
「……どうやら私たちも他の人の心配をしている場合ではなさそうですよ」
フェルが指さす方を見ると、何やら僕たちを待ち構えるように裏門の前に人が立っていた。一旦その場で立ち止まり、警戒を強めながら様子を窺う。
「っしゃあ! 当たりじゃねえか!」
目の周りが黒く落ち窪み、裂けたように横に伸びた口を広げて笑う不気味な男。
「待ってたぜ。ひ弱そうなガキと糸目の商人、威勢のいいおっさんがいねえみたいだが……。って、よく見りゃもう一人は国王様のお気に入り坊やじゃねえの! こりゃとんでもなく運がいい」
明らかに衛兵たちとは違う雰囲気を感じた。おそらく国王直属の戦闘員。手練れと考えて間違いないだろう。できれば戦闘は避けたかったが、出くわしてしまったならばやるしかない。
「フェルはオサムを連れて下がってて」
あの男には見つかってしまっているが、それでも隠れておくに越したことはないはずだ。
「お前さんが相手か! 本当はあのおっさんを這いつくばらせてやりたかったんだけどなあ!」
甲高い声と下品な笑い方が耳につく。男は本能的に相手に嫌悪感を抱かせる雰囲気を携えていた。
「一応聞くんですけど、あなたは敵、ですよね?」
もし戦わずして引いてくれたりするなら、と微かな希望を抱きながら尋ねる。
「ああ、自己紹介してやるよ! 俺はクロウジア国王直属の暗殺者ブラッカ様だ!」
しかし、淡い希望はすぐに打ち砕かれる。どうやらブラッカは僕と戦う気満々なようだった。
「……あれ? 暗殺者なのにそんなに姿を晒しちゃっていいの?」
ふと浮かんだ疑問がついそのまま口を突いて出てしまった。
「…………」
そんな僕の問いに、ブラッカは固まったようにしばらく黙り込んだ。
「もしかして、まずいこと聞いちゃった……?」
「ハンッ! 俺様くらいの暗殺者になれば、敵に姿を見せるくらいのハンデは必要なのよ!」
明らかにうろたえて誤魔化しているように見えたが、それ以上追及するのは可哀想な気がしたのでやめておいた。ブラッカのそんな人間染みた様子に、敵との邂逅に感じていた緊張が少しだけ溶けた。
「まあいい。もう二度と俺様の姿を見ることはないだろうからな」
ブラッカはそう言い終えると同時に、ふっとその姿を消した。一挙手一投足を見逃さないよう注視していたはずなのに、まるでどこに消えたのかわからない。まるで蒸発した煙のように、空中に溶けていってしまった。
「さあ、俺様がどこにいるかわかるか?」
あちこちから反響するようにして、僕を嘲笑う声が響いてきた。
周囲を見回しても、敵の姿は見えない。
僕は《あらしのよるに》を呼び出す。鼻を利かせて相手の気配を感じ取ろうとするが、どうやら近くにはいないようだった。あるいは、こちらに見つからないように、魔力で姿を消しているのかもしれない。
「……ッ!」
慎重に周囲を探っていると、急に首元にちくりとした痛みを感じた。慌ててその部分を確認すると、何やらわずか数センチほどの小さな針が刺さったようだった。
「あいつが飛ばしてきたのか……?」
四方を警戒するが、ちょうど少し開けたところの真ん中に立っているせいで、死角を潰すことが困難だった。周囲には木々が立ち並んでおり、身を隠す場所が多すぎて敵の位置を推測することもできない。
ともかく少しでも身を隠せる場所に移動しようと、ゆっくりと左足を引く。そのまま体重を後ろにかけたところで、突然全身の血液が波打つような感覚に襲われ、激しい眩暈に視界が歪んだ。
力が抜けてもつれかけた足を何とか踏ん張って、辛うじて倒れるのを回避する。呼吸が荒くなるのを抑えきれず、異常に速くなる心臓の鼓動とともに身体中から汗が噴き出していた。
毒だ。先ほどの針で身体に毒を盛られたようだった。内側から身体を壊されていくのが感覚でわかった。
何とか意識を保とうとするが、それを阻止するような刺痛に襲われる。次々と飛んでくるブラッカの毒針が身体のあちこちに刺さっていた。《あらしのよるに》が僕を庇うようにして硬い毛で弾き返すが、死角から飛び出すそれに対応しきれず、その防壁もすり抜けて僕まで届いてきた。
「隠れて時間を稼いでも、辛くなるのはお前の方だぜ? こだわりぬいた俺様特性の毒は刻一刻とお前の身体を蝕んでいくのさ! それは今お前が一番よく感じているはずだ」
確かに彼の言う通り、このままではかなり分が悪かった。おそらく意識を保っていられるのも、せいぜいあと数分が限界だった。
でもそれでよかった。数分、いや、数十秒あれば勝機はある。
「頼むよ、相棒」
僕は目を閉じ、意識を集中する。とにかく魔力供給を途切れさせないことだけに注力する。
「見つけた……!」
そして無数に散らばる匂いの断片から、か細い一本の糸を手繰り寄せる。
それさえ見つけてしまえば、あとは簡単だ。
「何だぁ!? どうして俺様の居場所が……」
ブラッカの背後ににじり寄り、そのまま首元に鋭い牙を突き立てた。彼は突然現れた狼に驚いた顔を向ける。
「こだわってくれてるおかげで、ずいぶんわかりやすい匂いだったよ」
あれだけ毒を食らえば、匂いを辿るための材料としては十分すぎるくらいだった。
「僕もちょっとは戦力になったかな……」
少なくとも足手まといにはならずに済んだだろうか。
ようやく自分の力で人を守れたことに少しだけ充実感を覚えていた。
「って、こんなボロボロじゃ形無しだよね」
もしかしたらあとでカジやミレナに怒られるかもしれないけれど、今はこの喜びを噛み締めておこうと思った。
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