1-14 7つの『唯能』
「おーい、生きてるか?」
頭に冷たさを感じて目を覚ますと、カジが上から水筒の水をかけながらこちらを見下ろしていた。どうやら特訓の途中で気絶してしまっていたようだ。僕は彼から水筒を受け取って乾き切った喉を潤す。
「なかなか苦労されてるみたいですね」
フェルは僕にタオルを渡しながら気の毒そうな顔を向けて言う。
「まあ、思ってた以上にハードかも……」
あれから僕はミレナに『唯能』を正しく扱うための特訓を受けていた。
彼女自身は『唯能』を使えるわけではなかったが、基本的に発動の仕組みは通常の魔法とほとんど同じらしく、魔法の基礎を彼女から教わって、それを応用して『唯能』の扱い方を身に着けていくことになった。
「まずは魔法そのものの説明からしなくてはね」
特訓を始めるよりも先に、そもそも魔法とは何なのかということを説明してくれた。
「魔法の起源を辿っていくと、元々は『唯能』から始まったと言われているの」
伝説上では、この世界で魔法が生まれたのが約三千年前だとされている。きっかけは一人の少女が誕生したことに起因する。
彼女の名はアストリッド。元は何の変哲もない農家に生まれた子だった。
しかし、彼女には生まれつき、天変地異を起こすほどの強大な力を持っていた。これが人類の中に突然変異的に発生した最初の『唯能』だったと言われている。
一歳の頃、機嫌を損ねて泣き叫ぶ彼女に呼応するように、村の神木に雷が落ちた。四歳になると、両親と喧嘩をして部屋にこもった三日三晩、激しい嵐が村を襲った。六歳になると、彼女と喧嘩した子どもが何故か大きな火傷を負ったり、水のない場所で溺れかけたりといった事件が起きる。
次第に、彼女は呪われた子だと囁かれ、十二歳になる頃、両親に捨てられ村を追放されることになった。
それから当てもなく彷徨い続けた彼女だったが、森に住む孤独な少年と出会い、恋に落ちた。二人は誰にも知られずひっそりと森の奥で生活をともにし、七人の子を儲けた。その子どもたちはそれぞれ火、水、風、土、木、光、闇を操る『唯能』を持っていた。
その七人は大人になると森を出て散り散りになった。その子孫たちに続いていく中で、稀に『唯能』が生まれるようになり、徐々に人類に『唯能』を持つ者たちが増えていった。
そして、今度はその『唯能』を他の人々でも使えるものにしようとする者が現れ、そこで開発されていったのが『魔法』だった。
魔法は爆発的に人間界全体へと広がっていき、指数関数的にその質も向上していった。そうして今の体系化された魔法へと繋がっているのだった。
「つまり『唯能』が魔法に似ているというより、『唯能』を真似して作られたのが魔法ということね。あくまでも言い伝えだから不正確な部分はあるでしょうけれど、事実、基本的な仕組みや使い方はどちらも同じなの」
そんな歴史の授業を経て、次は実技へと移っていった。
「それじゃあ簡単な攻撃魔法から試してみましょう」
彼女の教え方は非常にわかりやすかった。直感的な説明ばかりだったカジと違って、細かい手順や意識する箇所、そして自分が実際に魔法を使うときの感覚も詳細に説明してくれた。
これなら特訓も上手くいくだろう、そう思ったのだが……。
「全然だめね」
やはり彼女に教わっても、結果はあのときと同じだった。魔力を練り上げるところまでは上手くいくのだが、それを実際に魔法に昇華することができない。
「それで、とにかくできるようになるまで反復練習をしろって……」
今日は丸一日、とにかく魔力が枯れ果てるまで試し続けた。ミレナは優しい顔をしながらも、決して妥協を許さないといった様子で何度も同じことを繰り返させた。毎回丁寧にアドバイスをしてくれるからこそ、こちらも気を抜くことができず、途轍もないスパルタ特訓となっていたのだった。
「実は一つ思い出したことがあるんです」
フェルはそう言って、少し気まずそうな顔で語り出す。
「魔法が『唯能』から生まれたという話は聞いたと思いますが、実はその話には続きがあるんです」
「続き?」
「はい。魔法が生まれて百年も経つと、一般に広まって、ちょっとした魔法なら誰でも使えるようになりました。そんな中で、ごく一部の人間は決して魔法を使うことができなかったと言われています」
「そりゃそうだろ。誰でもって言ったって、俺みたいに魔法が苦手なヤツなんてわんさかいるぞ」
カジが何故か自慢げに言う。そんな彼を一瞥し、フェルは少し呆れ気味に首を振った。
「そういう意味ではありません。そもそも、カジさんだって全く魔法が使えないわけではないでしょう?」
確かに、カジも僕に教えてくれようとしたときに、魔力を集めて射出するという簡単な魔法を実演して見せてくれた。ミレナとは威力も質も異なるものだったが、使えるというのは事実だ。
「現代において、おそらく全く魔法を使えない人間なんてほとんどいません。街の中で生活が完結していて、戦闘と縁のないような暮らしをしている人ですら、緊急時のための治癒魔法くらいは学校で習いますからね」
「じゃあ何なんだよ、その魔法が使えないヤツってのは」
軽くあしらわれたことに腹を立てたのか、カジは不機嫌そうな顔で話を急かす。すると、フェルは突然手を伸ばし、僕に向かって人差し指を突き出した。
「まさに、あなたのような人たちですよ」
そう言われても、彼が何を意図しているのかよくわからなかった。首をひねりながら、向けられた指を見つめていると、彼は説明を続けた。
「『唯能』を持つ人は、魔法が使えないと言われているんです。昔に読んだ文献で得た曖昧な知識なのですが、確か『唯能』を持つ人は自身の中でその『唯能』と魔法が反発し、上手く魔法を使うことができない、と。『唯能』者は一万人に一人と言われていますから、私も実際に目の当たりにするのはエトさんが初めてなので、真偽は定かではないですが、特訓の様子を見るにあながち単なる言い伝えというわけでもなさそうですね」
どうやら倒れるまで続けた今日の特訓はまるで意味がなかったということのようだ。
確かに、ミレナに教わって通りに魔法を発動しようとすると、途中までは上手くいくのに、唐突に何かに阻まれるような形で魔力が霧散してしまっていた。それは僕の中にある『唯能』が魔法を拒んでいたということなのだろうか。
「そこでなんですが、あの、ミレナさんは召喚魔法は使えますか?」
ちょうど僕の倒れている間に休憩していたミレナが戻ってきた。フェルは彼女に対してそんなことを尋ねる。
「ええ、得意ではないけれど、一応少しなら心得があるわ」
「流石ですね」
どうやら召喚魔法は比較的難易度の高い魔法らしい。自らの魔力によって服従させた魔物などを呼び出すのだが、その服従にも召喚にも膨大な魔力が必要であり、召喚中も常に使用者の魔力を消費するので、基本的には費用対効果の悪い魔法として敬遠されがちだった。
「もし本当に魔法が使えないんだとすれば、直接『唯能』の特訓をするしかありません。そのためには、近しいところにある召喚魔法の手順を掴み、それを応用する形で『唯能』のコツを探っていくのが一番ではないかと」
つまり魔法の起源を逆行することで『唯能』まで辿り着こうということのようだ。理屈は理解できるものの、そんなに上手くいくものなのかと不安ではあった。
「なるほど。やってみる価値はありそうね」
ミレナもフェルの意見に賛同したらしく、そのまま召喚魔法の訓練を行うことになった。せめて今日は休んで明日にしたいところだったが、そんなことは言える空気でもなく、流されるまま再び特訓の第二フェーズが始まってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます