1-15 条件
「召喚魔法のコツは、とにかく質のいい魔力を練り上げること。ついその消費量に目が行きがちだけれど、実は正確な魔力操作で必要最低限に抑えることができれば、かなり消費を抑えることができるわ。絹糸を紡ぐようなイメージで、魔力の塊を細く滑らかに引き出して、それを必要な場所に伸ばしていく」
まずはミレナが手本を見せてくれるようだった。
手に持った杖を身体の前にかざし、その先端に向かって青白い光の糸が集まって小さな球体を形成していく。それと同時に足元に大きな円形の陣が浮かび上がった。
「そして、呼び出す者の姿を思い浮かべて、練り上げた魔力を一気に放出する」
――おいで、ヒュー。
彼女の足元を取り囲んでいた魔法陣が一層強い光を放つと、そこから竜巻のような風が巻き上がっていた。そしてそれが突然弾けたかと思うと、激しい光が辺りを包み込み、一瞬にして視界が奪われた。
「これ、が……?」
「そう。これが召喚魔法よ」
そこに現れたのは、ちょうど肩乗りサイズくらいの小さな水色の竜だった。
角ばった鱗に全身を覆われ、宝石のような緑色の目がこちらを覗いていた。どうやら冷気をまとっているらしく、体の周りには白い靄のような煙が渦巻いていて、風に流れてきた空気がひんやりと感じられる。
竜と言っても、その体躯の小ささから恐ろしさは感じられず、むしろ可愛らしいペットのような印象だった。短い羽根をパタパタさせながら、ミレナの傍らに浮かぶ姿からは、あまり戦闘能力は高くなさそうに見える。
そんな風に目の前の竜を観察していると、少し姿勢を変えて、空中を滑るように僕の顔の目の前まで近づいてきた。そして、口を開いて氷柱のように尖った歯を覗かせる。
「まずい、避けて!」
ミレナが慌てた様子で声を上げたときには、すでに手遅れだった。
周囲の空気が急激に冷えるのを感じたかと思うと、眼前に迫った竜の口から吹雪のように激しい吐息が浴びせられた。
「ごめんなさい、この子たまにやんちゃしちゃうの……」
どうやら僕に舐められたことを悟って、先制攻撃のつもりで吐息を浴びせてきたらしい。その証拠に、まるで間抜けな僕を嘲笑うかのように、頭上をくるくると飛び回っている。
「あの子はヒュー。氷竜の子どもで、私が唯一呼び出せる召喚獣。基本はおとなしくていい子なんだけど、警戒心と負けん気が強くて、初対面の人が相手だとこうして敵意をむき出しにすることがあるの」
「なるほどね……」
カチコチに凍った顔を治癒魔法で溶かしてもらい、ひりひりとする顔をさする。攻撃をしかけて満足したのか、竜は僕からすっかり興味を失って、地面に丸まってあくびをしていた。
「とにかく、召喚魔法の手順は今の通り。一度呼び出した召喚獣は一定の魔力を供給し続ける限りはこうして顕現可能で、魔力が尽きたら元の場所に戻っていく。厳密な仕組みを説明すると難しい話になるのだけど、召喚獣がいる空間と呼び出す空間を繋げて、無理やりこちら側に持ってくるようなイメージかしら。だから転移魔法とは違って、呼び出した後も絶えず魔力を消費し続けるのがデメリットね」
召喚時と召喚後のどちらも魔力消費を伴うので、かなりコストパフォーマンスが悪いらしく、使える人もあまり多くないらしい。ただ、自分の周囲のものを移動する転移魔法と異なり、全く別の場所にいる存在を呼び出すことができるため、使い方や呼び出す対象次第では強力な魔法になりうる。
「でも一番の問題は魔力消費ではないの」
召喚魔法が高位で珍しい魔法とされている所以は別にあった。
それは召喚条件の難易度である。
どんなに魔力があろうとも、条件を満たした者以外を呼び出すことができない。
条件は大きく二つある。一つは、その相手と『契約』が結ばれていること。もう一つは、召喚を相手が許容することである。
一つ目の『契約』は、その名の通り召喚獣との間に契りを結ぶことだ。術者の魔力によって相手に印をつけることで『契約』が成立する。しかし、その際に双方の合意がなされている必要があるため、例えば相手が眠っていたり、気付かぬうちに一方的に『契約』を結ぶことができない。
さらに、二つ目の条件も非常にネックとなっており、たとえ『契約』を交わしていたとしても、召喚時に相手がそれに応じない場合は呼び出すことができない。つまり、召喚獣との間にはっきりとした信頼関係や主従関係が築かれている必要があるのだ。
そのため、大抵は実際に戦い、屈服させた相手を召喚獣とすることが多い。当然、強い魔物を召喚することが召喚魔法の威力を高めることになるが、それだけ『契約』のハードルも高くなる。さらに魔力消費も激しく、相手の機嫌次第で召喚に失敗する可能性もあるわけで、非常にリスクが大きな魔法だと言える。
「ヒューは昔傷ついて倒れていたのを助けてあげて、少しの間一緒に暮らしていたことがあるの。その時に『契約』を交わしたから、こうして呼び出すことができる。そういう特別な信頼関係か、明確な主従関係がないと、正直使い物にならないと思う」
もちろん実際に使用することができれば、数的有利を作ることができ、戦闘の幅が広がるので強力な魔法であることは間違いない。しかし、そのメリット以上にデメリットが大きいのが召喚魔法の特徴であった。
「でもおそらく《創作者》ならこれらの条件を満たす必要がないから、その分自由度は高いはず」
「そうか。そもそも存在しないものを呼び出すわけだから、相手との関係性は必要ないのか」
「ただ、召喚魔法にはない特別な条件がある可能性もある。まずはそれを知らないと、実戦で使うのは危険すぎるわ。仕組みも知らずに魔法を使うなんて、無謀な馬鹿がやることよ」
さらっとディスられた気がしたが、あえて聞かなかったふりをした。
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