第3話、鬼龍会次長、『 朝倉 美智子 』
中央駅、南口の改札前にある喫茶店『 ラ・ティフィン 』。
駅舎と一体となった、大きな百貨店ビルの1階にある自家製ケーキの店だ。 店内は、少し落とした照明と間接照明でコーディネートされ、静かなクラシックが流れる落ち着いた雰囲気の店である。 若年層からOLまで、幅広い年代に支持されている人気のショップだ。 特に、自家製のケーキは美味しいらしく、情報誌などには必ず紹介されている。
( 客は、ほとんど女性ばっかりで、入り難いな…… )
男性客も少数ながらいるが、そのほとんどはカップルである。
僕は、多少にオドオドしながら店に入った。 時間は、5時少し前。 店内を見渡す。
「 いらしゃいませ~ 」
ウエイトレスが、にこやかに対応して来る。
「 お1人様ですか? 」
「 …あ、待ち合わせで…… 」
店内をふと見渡した僕の目に、壁側の4人掛けボックス席に座っていた、武蔵野明陵の制服を着た女生徒が立ち上がるのが見えた。
( 朝倉さん……! )
僕にお辞儀をし、こちらへ、と言うようなゼススチャーをしている。
「 相方が、もういるんで 」
そうウエイトレスに言う、僕。
「 では、後ほど伺います。 ごゆっくりどうぞ 」
にこやかな笑顔のまま、そのウエイトレスは言った。
店内を進み、朝倉の待つ席へ行く。 さすが朝倉だ。 既に来ていた。
「 お待たせです。 すいません 」
席に付きながら、僕は言った。
「 こちらこそ、お手間を取らせましてすみません。 何か、召し上がりますか? 」
「 そうですね、え~と…… 」
テーブル脇にあったメニュー表を、チラっと見た。
コーヒー 550円。 高っ……! ケーキは、一番安いものでも780円である。
瞬時にメニュー表の金額を視覚検索したが、他の価格は、頭に『 9 』だの『 1、 』だの付いているのが見て取れた。 なんつ~、高い店だ。 これで、味が悪かったら詐欺である。 僕は、サイフの中身を頭にフィードバックさせながら、多少に口篭もりながら言った。
「 え~… じゃ、コーヒーと…… この『 フレジェ 』ってのにしようかな? 」
メニュー表に載っている写真を見ながら、僕は言った。 イチゴが乗った、いわゆる、イチゴショートのようなケーキだ。 普通は三角のイメージだが、これは長方形…… イチゴと生クリーム以外、何も乗っていない。 まあ、ある程度の味が想像出来るだけに、ハズレはないであろう。
朝倉が言った。
「 この店の、代表的なスイーツです。 よく来られるのですか? 」
……カンベンして下さい。 男1人で、ケーキを食べに来ませんって……
僕は言った。
「 いえ、初めてです。 写真を見て、美味しそうだな~って思って 」
頭をかく僕に、朝倉は少し頬を赤らめ、言った。
「 カンでも、一番人気のものを感じ取られるなんて、さすが星川様ですね。 星野会長が、一目おかれる訳です 」
あの…… そんな事を結び付けて、大そうに言わないで下さい… ただの、カンですから。 多分、『 アカン 』と言うヤツですし……
どうも鬼龍会の面々は、僕を、買い被る風潮がある。
会長の星野自身が、僕に対し、異常な親近感でもって接して来るところに、その原因があるようだ。 星野とは、お互いに信じられないような経験を共にして来た仲だけに、親近感が湧くのも当然だろう。 他の者には分からない事実なのだ。 全てを説明する訳にもいかないし、困ったものだ……
「 いや~、こんな高級店なんだから…… どれをとっても美味しくて人気商品でしょう。 ただのインスピレーションですよ 」
「 そんな、ご謙遜を 」
にこやかに、笑顔で答える朝倉。
口元に持って行く右手が、色っぽい。
大人びた口調に、仕草。 清楚で上品な顔立ち…… 僕は、妙にテレた。
先程のウエイトレスが、水の入ったグラスとおしぼりをトレイに乗せ、僕らの席に近寄って来る。
「 フレジェのセットを 」
朝倉が言うと、ウエイトレスは、にこやかな笑顔で対応し、お辞儀をすると厨房へ戻って行った。
「 ……さて、今日の相談とは? 」
僕が尋ねると、朝倉はイスの脇に置いていたカバンの中から手帳を取り出し、言った。
「 来週ある、鬼龍会の定例会議ですが… 仙道寺総長のかすみ様も、ご出席頂けますでしょうか? 実は、仙道寺の南にある偕成商業の動きに、不審な点がありまして… 」
偕成商業高校は、3年前までは女子高だった学校である。 共学にはなったが、商業科だけに、未だ女子の割合が多い。 女子高のままだと思っている者もいるほどだ。
だが別段、不良校でもなく、至って普通の学校である。 新たな一派が、校内に発生でもしたのだろうか。 僕は、テーブルに置かれたグラスの水を一口飲み、言った。
「 それは構いませんが…… 偕成商業ですか? ヤンキーグループなんて、聞いた事がないですよ? 」
朝倉は答えた。
「 元、仙道寺にいた、和田と言う男がおりまして… 協調性が無く、傍若無人の勝手な行動が目に余り、仙道寺を追放されたのですが、その和田が現在、偕成商業におります 」
「 そいつが、仕切っていると? 」
「 おそらく 」
う~む…… コイツは、厄介かもしれない。
現在、仙道寺の総長は、言わずと知れた、僕の愛しいかすみである。( 前編参照 ) 仙道寺のすぐ南、しかも、かつて仙道寺にいた男が関与しているかもしれないと言う今回の話…… かすみに、何らかの火の粉が、降り掛かって来るやもしれない。 鬼龍会… いや、情報参謀である朝倉が認識しているのだ。 不審な点とか言う情報は、かなりの精度と見て良いだろう。 おそらく、仙道寺の連中は気付いていないと思える。
しかし、逆に僕は、腑に落ちなかった。
かすみに出席を乞うのであれば、直接、かすみに連絡を取れば良い。 なぜ、僕なのか? かすみの彼氏、と言う間柄に、気を遣ったのか? だとしても、鬼龍会トップクラス幹部の朝倉、自らがやって来るのはおかしい。 それこそ、サブ辺りを『 使い 』で遣しそうなものである。 何か、他にも相談があるのだろうか?
朝倉の前には、ブルーベリーが入った、ウマそうなババロアケーキが置いてあった。 おそらく、僕が来る前から、既にあったのだろう。 だが一切、手を付けていない。 セットのシナモンティーが、少し飲まれてあるだけだ。
( 何か、変だな。 今日の朝倉さんは、どこかおかしい…… )
「 分かりました。 かすみには、出席するよう伝えておきますね 」
「 宜しくお願い致します 」
軽く、一礼しながら言う、朝倉。
だが、その後が続かない…… 途切れた会話に、どことなくバツが悪そうだ。
ナゼか、幾分に頬を染め、下を向いている。 ナンだ? この雰囲気は……?
「 あの…… 」
視線を下げたまま、朝倉が言った。
「 突然で申し訳ありませんが、ひとつ、お聞きして宜しいでしょうか? 」
「 はあ、構いませんが? 」
朝倉の表情に、戸惑いが感じられる。
太ももの間に挟んだ両手をモジモジさせながら、朝倉が言った。
「 私… わ、私…… 星川様の事が、気になって仕方ありません……! 」
「 は? 」
ぽか~んとしている僕に、朝倉は続けた。
「 星川様に、かすみさんがいらしゃる事は、重々、承知致しております。 でも… だけど、私だって星川様の事が…… 」
「 ……」
「 寝ても覚めても、星川様の事が、頭から離れないのです……! 」
「 ちょ、朝倉さん……! 」
これは、エライ事になった。
全く予期していなかった展開である。 あの沈着冷静な朝倉が、事もあろうに僕を……! しかも、学年だって1つ上だ。
赤らめた顔を上げ、僕を見ると、朝倉は言った。
「 心より、お慕い申しております…… 」
「 ちょっ、ちょっと待って下さい! 」
「 本気です! 好きになってしまったのです、私…! 」
「 い、いや、それは嬉しい… いや違う、え~と…… 」
「 星川様……! 」
テーブルの上に、身を乗り出すかのように言う、朝倉。
「 ……あのぉ~…… セット、お持ちしましたが……? 」
いつの間にか、困った顔をしたウエイトレスが、美味しそうなケーキを持って、僕らの横に立っていた。
『 恋は、突然に始まるものだ 』
どこかの詩集に、そう書いてあった記憶がある。
一方的な恋も、そうなのだろうか。
とにかく、その場は、後ほど返事をすると言う事で、朝倉とは分かれた。 ケーキは、メッチャ旨かったが……
家に帰る途中も、朝倉の事がずっと頭から離れない。
真面目な性格から見て、恋愛に対する一時的な興味からではないだろう。 尊敬するリーダーである星野が、僕に対して親愛的である事も、多少は影響しているのかもしれないが…… ヤバイ。 とにかく、コレはヤバイ。 ヤキモチ焼きのかすみに知れたら、流血は免れまい。 阿鼻叫喚の図を呈するのは、必至かも……!
( 朝倉さんは年上だし… 大体、IQが違い過ぎるな )
以前、星野からも似たような心境を告げられ、微妙に、心が揺れた記憶があるが、朝倉に至っては、オトナと子供のようなものだ。
( 朝倉さんは、僕には、もったいなさ過ぎだ )
てゆ~か、その考え自体、アウト。
僕には、愛しいかすみがいるのだ。 ここは、ハッキリと断らなければなるまい。
しかし…… 朝倉は、鬼龍会の幹部だ。
断ったら嫌がらせをして来る事など、朝倉に限っては、無いとは思うが… やはり、シコリは出来るだろう。 微妙に、やり難い。 偕成商業の件もあるし、今は、心一つにしておかなくてはならない時だ。 困った……
( 偕成商業の件は、口実だな。 告白をしたかったのか…… )
いじらしい。
実に、正直な行動だ。 朝倉の性格、そのままである。
( 意外と、可愛いヒトなんだな…… )
僕の中で、朝倉のイメージが、少し変化するのを感じた。
家に着いた。
だが、玄関にはカギが掛っている。
「 オフクロのやつ、道場へ行ってるな? 」
ポケットからカギを出し、開錠する。
玄関越しに、キッチンのテーブルを見やると、メモ書きのような紙が見えた。
『 雄一郎さんの道場へ行って来ます。 夕食は、テキトーに食べてね 』
やはり。
僕は、近所にある、スーパーのチラシの裏に書かれたメモ( ピンクインクのサインペン)を見て、ため息をついた。
( テキトー、って… ナニがあんだ? )
冷蔵庫を開けると、カボチャが1個、庫内の中央に鎮座していた。
「 …… 」
コレを、どうせいっちゅうんじゃ?
炊飯器を開けたが、カラッポである。 インスタント食品などが置いてある食器棚の下を開けてみたが、マツタケのお吸い物があるきりだった。
「 …… 」
コンビニへ行く事にした。
どうもオフクロは、テキトーでいかん。 大体、オフクロが、テキトーと言う時はロクな事がない。
「 ティフィンで、ケーキ食ったからなぁ~… サイフの中が、心もとないな 」
ポケットから出したサイフの中を確認する、僕。
……う~ん、何とか、カップラーメンとパンは買えそうだ。
サイフをポケットにしまい、玄関を開ける。
「 ハぁぁ~イ、エブリボデぇー! 待ったかな? 」
……イキナリ、玄関前にサバラスがいた。 ダレが、待ってたって……?
僕は、満身の力を込め、ヤツの顔面を蹴り飛ばした。 クルクルと、回転しながら飛んで行くサバラス。 玄関前の電柱に『 ボクッ 』という、心地良い音と共に、頭を打ち付けた。
「 おごっ! 」
下に落下し、下水側溝に、はまり込む。
「 あご、がごほっ……! 」
……チャップリンの喜劇映画を観ているようだな、おまえ。
ついでにそのまま、どこかへ流れて行ってしまえ。 どうせ、今から実験を始める、とか言い出すに違いない。 偕成商業の一件や、朝倉の告白の事があるのだ。 当分、ワケの分からない実験に、引っ張り込んで欲しくはない。 今は、有無を言わさず、眠らせておいた方が得策だろう。 出来れば、息の根を止めてやりたいが……
側溝のヘリに掴まり、ハアハア言いながら、サバラスが這い上がって来た。 意識が飛びそうになっているのか、眉間にシワを寄せ、震える声で歌いながら這い上がって来る。
「 ♪ 緑の丘ぁ~、七色ぉ~の虹いぃ~… キレイ~… ♪ ははは 」
……うむ、楽にしてやるか。
僕は、側溝から這い上がって来たサバラスの頭を蹴り飛ばし、再び、側溝に落とし込んだ。
サバラスは、うつ伏せになって浮いたまま( ゆっくりと回転しながら )、どこかへと流れて行った……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます