第4話、翻弄の展開
「 お食事会? いいわよ♪ 行く、行くっ! 」
ルンルン気分で答える、かすみ。
「 食事会じゃないって。 偕成商業が、不穏な動きをしてんだ。 その対策会議だよ 」
朝倉からの話しを伝えたが、かすみには、よく分かっていないようだ。
まあ、仕方ないか…… ヤンキーとは、全く縁が無かったかすみである。 定例で行われている仙道寺の部会も、かすみにとっては、楽しい『 お食事会 』なのだ。 仙道寺の連中が、かすみの為に、お菓子やジュース( なっちゃんりんご )を用意してくれるからである。
仙道寺の連中も、最近は『 慣れて 』きたらしい。 イチゴ○ッキーや、じゃがり○・パ○の実・キノコの○etc… 眉毛なしや、金髪モヒカンなどが集う集会には、おおよそ不似合いな菓子が、大量に用意されている。 普通は、タバコの煙が棚引く集会室に、甘~い香りが充満するのである。 女子高でも、ここまでは匂わないだろう……
「 星川さん、ご無沙汰しております 」
両足を、がばっと広げ、両膝の上に両手を乗せて、僕に一礼する内田 龍二。
うおっ、ヤクザだ。 任侠の世界だ……!
久し振りに来た、鬼龍会の部室。 鬼龍会の連中は、僕とかすみに対して最敬礼で向かえた。
鬼龍会 会頭、星野の『 盟友 』である僕と、仙道寺の総長 かすみ……
未だ、冗談ではないかと思うが、現実である。
仙道寺の方は、神岡が仕切っており、かすみは名義上の総長ではあるが、神岡を始め幹部たちは、改心のきっかけとなったかすみを敬愛している。( 前編参照 ) 事実上、『 総長 』だ。
「 お疲れ様です… 」
吉祥寺の狂犬 マサが、鋭い視線で挨拶をした。
相変わらず、コワイ目してるね、キミ……
「 やあ、星川! よく来てくれたな。 かすみも、元気そうじゃないか 」
星野が部室に入って来て、嬉しそうに言った。
久し振りに見る、星野。 何だか、ちょっぴり女性っぽくなったように感じる。 髪が、少し伸びたからかもしれない。 相変わらずの洗いざらしのようではあるが、ツヤツヤとしたストレートで、染めていない。 健康そうな髪だ。 童顔っぽい顔のラインに、一見、不似合いかと思えそうな、涼しげな瞳と細い眉…… ボーイシュと言う表現には治まらない、妙な魅力が、一瞬、僕の心を魅了する。
星野の後からファイルを小脇に抱え、朝倉が、部室に入って来た。 昨日と同じように、長くなった髪を、薄紫のリボンで後ろに束ねている。 僕と目が合うと、恥ずかしそうに頬を赤らめ、視線を反らした。
……可愛い……!
1学年上のセンパイを想うには、失礼な表現かもしれないが、素直に僕は、そう思った。
( イカン、イカンっ! 僕には、かすみがいるんだ。 ええ~い、しっかりせいっ……! )
自分で、自分を叱咤する。
「 忙しいのに、すまんな星川。 まあ、たまにこうして会えるのも、あたし的には楽しみだがな 」
笑顔で、そう言う星野を見ていたら、僕の頭の中に『 あの時 』の風呂場の画像が、鮮明にフラッシュバックされて来た。 更に、局部的な『 部分 』が勝手に自動拡大され、僕の脳裏ビジョンに投影されている。
( ノオォーッ…! )
全く、不謹慎な話しだ。
僕の、脳内機能と理性は、どうなってしまったのだろうか……
風紀局 局長、芹沢女史と共に、助勤の正木ちゃん、監査役の二見ちゃんらの顔も見える。
密かに、星野を慕う二見ちゃん…… その後、どうなったのかな? 因幡大付属の早苗ちゃんの事もあるし( 前編参照 )、元々『 叶わぬ恋 』だ。 切ないねぇ……
おっ! サブ、登場。 ちょっと、背が伸びたんじゃないのか? お前。 免許、取れたか?
久し振りに見る、鬼龍会の面々。 何か、懐かしさすら感じられる。 皆さん、その節は、お世話になりました。
「 皆、それぞれにご苦労。 始めようか 」
星野の一声で、各自の席に着く。
以前、『 星野 』だった僕が列席した時と同じく、コの字に並べられた机に、鬼龍会幹部たちが着き、会議は始まった。
「 まずは、議案1号からです。 今回、偕成商業についての緊急報告が、情報部員からあります。 …涼子、お願い 」
先程、顔を赤らめていた朝倉は、もういない。 沈着冷静、クールな参謀 朝倉が、そこにいた。 メガネの奥から、真剣な眼差しをのぞかせ、芹沢を指定する朝倉。
( う~ん…… カッコいいな。 やっぱ、朝倉センパイは品位がある )
芹沢は、隣に座っていた二見に、何事か耳打ちした。 小さく頷くと、二見は立ち上がり、隣の部屋のドアを少し開け、誰かを呼んだ。
……この辺り、以前と変わらない。 おそらく、隣の部屋に控えているのは、他校の制服を着て潜入し、情報を集めている『 スパイ 』たちだろう。 別名、親衛隊と呼ばれている、芹沢直轄の風紀委員に所属する新鋭情報部員たちだ。 はっきり言って、ブキミな存在である。 卒業したら、将来は、ナニになるのだろう……?
はたして、隣の部屋からは、偕成商業の制服を着込んだ女子生徒が出て来た。 二見が、皆に紹介する。
「 偕成商業2年の田岡さんです 」
…何と、本物の生徒だ。 鬼龍会のネットワークは、他校の中までも浸透していたのか。 まさに、シンジケートだな……!
田岡と紹介された女生徒は、皆に一礼すると言った。
「 こんな大切な会議に参加出来て、光栄です。 情報科2年の田岡です 」
着ている制服はセーラー服のように見えるが、前開きのボタンがあり、全体はオフホワイト。 襟のみ、黒地にエンジのラインが三本入ったセーラーブラウスだ。 黒い襟には校章が付いているが、その横に、科章らしきバッジが見える。 情報科、と言うだけに、多少の情報機器には詳しいのだろう。 となれば、その扱いにも長けているはずである…… つまりは、ミッションをこなすに便利な状況下にある生徒を引き入れているというワケだ。 考えたな……
この辺りの計画は、芹沢・朝倉の完璧なバッテリー、あってこその賜物だろう。
田岡は続けた。
「 私たち、偕成商業には、不良グループなる集団の存在はありませんでした。 でも、昨年より、元 仙道寺の和田が入って来てからは、一変しました。 お金を巻き上げられたり、殴られたり… 乱暴された女生徒も、数知れません。 グループを構成している者たちは、ほとんどが外の者たちで、学校内のクラブハウスを不法に占拠し、根城にしています 」
仙道寺、と聞いて、かすみの表情が曇る。
マサが言った。
「 和田 将治か…… 仙道寺の神岡も、手を焼いたヤツだ。 偕成商業に、隠れていやがったのか 」
腕組みをして報告を聞いていた龍二が、田岡に尋ねる。
「 数は、どのくらいだ? 」
「 中心メンバーは、和田を含めて4人。 取り巻きは、準構成員も入れて15人くらいです 」
「 まだ、『 芽 』の状態だな。 潰しておくのは、今のうちの方が良いだろう 」
腕組みのまま、呟くように言う龍二。
……相変わらず強気だね、キミも。
朝倉が、かすみの方を向いて尋ねる。
「 かすみさん。 神岡たちからは、何も報告はありませんか? 」
かすみは、チラリと僕を見て、答えた。
「 今のところ、何も…… 」
神岡たちは、何も気付いてはいまい。
偕成商業の一件は、朝倉以下、芹沢直属の情報部員たちが、偕成商業の生徒たちから入手した最新情報であると思われる。 ましてや、仙道寺校内での話しではない。
申し訳ないが、情報戦略の必要性・価値観に対しての興味が無いと思われる神岡たちに、近隣とは言え、他校の内情に注意する考えは、皆無だろう。
シャーペンのノック部を唇に当て、宙を泳がすような目で、朝倉は言った。
「 おそらく、神岡たちも気付いていないわ…… 偕成商業は、仙道寺のすぐ南。 勢いがつけば、必ず手出しをして来るはず……! 」
それを聞いて、かすみは、不安げな表情になった。
『 どうしたら良い? 』。 そんな目で、僕を見る。
実際、困った……
龍二の言う通り、今のうちに、シメておいた方が良いに決まっている。 だが、今や仙道寺は鬼龍会と同じく、自衛組織となったのだ。 他校の脅威から、自校の生徒たちの安全を守るのが主旨であって、『 進攻 』は、その活動に当てはまらない。 つまり、こちらから先には、手出しが出来ないのだ。
鬼龍会は、その『 ネームバリュー 』のおかげで、早々、滅多やたらに他校からの挑戦・脅威などを受ける事は無いが、仙道寺は、新生、間もない。 ヤンキー有名校のイメージのみが先行している感が未だあり、倒して名を挙げようとする輩が、毎月のように挑んで来るとの事だ。 体勢を整えた和田たちが狙う相手として、近場にある『 有名校 』は、うってつけであると思われる。
今の所、神岡たちが頑張っており、学区外からの挑戦は排除されているらしいが、近隣の学校の女生徒たちにも人気があるかすみは、何かと、作戦的・戦略的な『 標的 』にされる確立も高い。 僕としては、こちらの方が心配である……
星野が、かすみに言った。
「 神岡には今朝、メールで、注意するよう連絡しておいた。 かすみも、気を付けてくれ 」
無言で頷く、かすみ。
朝倉が、注進した。
「 2人ほど、護衛を付けておいた方が良いでしょう。 以前の、海南の時のように、災いが降り掛かる恐れがありますので 」
……アレは、危機一髪だった。( 前編参照 ) マサと龍二、正木ちゃんは、楽しそうだったが……
星野が言った。
「 皆も、偕成の動きには注意してくれ。 海南・常盤・仙道寺とのイザコザが治まった最近としては、久々にデフコンを上げざるを得ない危機、と言える。 行動は充分に配慮し、言動にも注意するように。 特に、偕成に関しては、ウワサで不必要な不安を増長させないように 」
う~ん…… カッコイイね、星野。 女だてらに、よくもまあ、こんなイカつい顔した連中を束ねられるモンだ。 人徳ですかね~……
朝倉が仕切り、言った。
「 田岡さん、ありがとう。 ご協力、感謝致します。 今後共、気を付けてお過ごし下さいね。 困った事があったら、すぐに二見までご報告・相談して下さい。 …次に、議案2号です。 3丁目の自治会の方との、公園共同清掃の実地予定ですが…… 」
会議は、粛々と続けられていった。
「 え? サバラスに遭った? 」
かすみと星野が、同時に答える。
鬼龍会の部会の後、武蔵野明陵近くの公園のベンチで、僕は今朝の事を話した。
2人には話しておいた方が良いだろう。 もしかしたら、また、入れ替わるかもしれないのだ。
星野は幾分、顔を赤らめながら言った。
「 かすみの前で、何だが…… もし、あたしと入れ替わったら、風呂は目隠しだからな? 」
……またか。 最悪の情景が、目に浮かぶわ。
かすみもまた、頬を染めながら言う。
「 あたしは…… 平気よ? 」
コッチが、もたんわ! かすみ、『 アレ 』( 前編参照 )以来、大胆になったんと違うか……?
僕は言った。
「 誰と入れ替わるかは、分からない。 もしかしたら、全然、知らないヤツかもしれないし、替わった途端に戻されて、記憶すら無い状態なのかもな。 その方が助かるケド…… とにかく、近日中にヤツは、やるはずだ。 前触れも無く、イキナリだと思う。 心しておいてくれ 」
ベンチ横にあった自販機で買ったジンジャーエールを飲みながら、僕は半分、開き直った気分になった。 遅かれ早かれ、ヤツは決行するだろう。 イキナリな……
かすみが、カフェオレの缶を持ったまま、僕に言った。
「 サバラス…… 今は、ドコにいるの? 」
「 さあな。 下水側溝を、流れて行ったきりだ 」
正確には、『 流してやった 』と答えるべきだろう。 そのまま、処理場まで流れて行って沈殿層に沈み、永久に浮かんで来ない方が大変に助かるのだが……
星野が、自販機に小銭を入れ、ブラックコーヒーのボタンを押しながら言った。
「 でも、あたし的には、結構に有意義だったぞ? 」
そりゃ、死にそうな目に遭っていないからですわな…… 僕的には、もう、お腹一杯です。
プルトップを開けながら、星野が続けた。
「 ヤツは途中から、入れ替わった相手を『 凍結回収 』していた。 美津子先生も健一も、事実を知らない… 知っているのは、我々3人だけだ。 また入れ替わったとしても、我々の中だけであれば、ややこしくならなくて良いがな 」
…何か、入れ替わるのを楽しみにしていないか? 僕は、イヤだぞ。 さっさと終わらせて、宇宙の果てへ帰って行って欲しい。 で、二度と戻って来ない事を、願うのみだ。
「 ? 」
1人の足音が、聞こえた。
やがて2人、3人…… 公園のベンチに腰掛けて話している僕らを、取り囲むようにして、男たちが近寄って来る。
「 …… 」
何か、ヤな予感……
僕の目の前から近付いて来る男は、短めの金髪を逆立てた男だ。 その頭、寝る時はどうするの? アンタ……
ベンチに座っているかすみの、右の方から近付いて来るヤツには、眉毛が無いようだ。 ダブダブのジーンズに、これまたダブダブの、黒のTシャツ。 一昔前の、サッカー日本代表が着ていたユニフォームのような、『 炎 』プリント入り。 駅前のエントランスで、ラジカセを鳴らしながら、ラップを歌い踊っている連中のような格好だ。
自販機脇に立っている星野の方からは、デカイ図体の男…… グレーの、トレーナー姿だ。 フードを被っているので分かり難いが、どうやらスキンヘッドらしい。 耳には、幾つものピアスとイヤリングがぶら下がっている。
……コイツら、どう見ても、人にイチャモンを付けるのが趣味の連中と見た。 目が合ったヤツには、とりあえず、ガンを飛ばすポリシーを持っていると推察出来る。 絡んで来るヤツには、これまた、とりあえず2~3発殴っとけ、みたいな思考が働くのであろう。
……おっと、後からも来たようだ。
振り返っていないので分からないが、2人ほど近付いて来る。 これは、もしかしてヤバイ状態なのでは……?
( まあ、星野がいるから大丈夫だろう。 ナメられたら終わりだ。 ここは一つ、演じねばなるまい )
修羅場をくぐった経験も加味されてはいると思うが、星野がいる状況に僕は、妙な安心感を覚えた。
近付いて来る連中にとって、かすみは、無く子も黙る、仙道寺の総長である。 星野は、言わずと知れた、鬼龍会の会頭。 別名、『 鉄パイプの星野 』だ。 今日は、持っていないが…… 僕は、星野の情報屋という事になっている。 挑んで来るのであるならば、それ相当の『 力量 』を推察しているハズだ。 フカシも効き目がある事だろう。
( 本当は、俺は、フツーの高校生…… かすみは、茶目っ気満載女子高生なんだケドな )
まあ、連中には、分からない事である。 フカシは、星野になった時に充分と経験した。 肝を据えねば…… コイツら、どう見ても、友好目的で近寄って来ている連中ではなさそうだ。 あからさまに、殺気を感じる……!
「 み、みちる……! 」
怯えた表情の、かすみ。
僕は、小さく言った。
「 ……黙っているんだぞ? 星野に任せておけ。 ボロを出さないように、デンと構えてな、総長さん……! 」
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