第2話、安息な日々、遠し

( 朝倉さんって…… 意外と、美人なんだよな )

 教室に入り、自分の席に着いた僕は、ふと思った。


 星野の側近として、いつも側にいる朝倉……


 今まででも、よく会ったり、会話をしたりはしていたが、容姿を気にしてみた事は一度も無い。

 別に、陰が薄いわけではない。

 いつも、冷静でクール…… ノンフレームメガネ越しの、あの凛とした表情からは、おおよそ、俗っぽい事に関しては無縁の人であるようなイメージがあり、どちらかと言えば、近寄り難い雰囲気。

( 会話こそはするけど、それ以上の想像をした事がなかったな。 …いや、する余地すら与えないくらい、スキが無いんだよな )

 成績の方も、武蔵野明陵の中ではトップクラスと聞く。 そんな高尚な人は、僕の交友水準からも、遥かにかけ離れているし……

( 何か、ワケありのような表情だったな。 星野は、この事を知っているのかな? )

 メールしてみようかと思ったが、やめた。 もしかしたら、星野には内密な事なのかもしれない。

 いつもだったら、星野から先に連絡がある。 朝倉が、僕のメルアドを知らないにしろ、星野から、何の連絡も無いのはおかしい。 やはり、朝倉、単独の行動のようだ。 だとすれば、ワケあり……?

( う~ん… 今日は、仏滅か? )

 目的不明な2人の訪問者( 1人は、1匹… いや、1頭か? )に、僕は大いに悩んだ。

「 コラ、星川! テレ~としおって! シャキっとせんか! 廊下に立っとれ! 」


……いつの間にか、一限目が始まってしまっていたようだ。


 教科書も出さず、ボケタ~ンとしていた僕に、英語教師の長谷川先生が言った。

 どうやら、起立・礼もしていなかったらしい。 のんびり屋の僕だが、さすがにコレには、自分自身、驚いた。


 ……静かな、廊下。

 教室内から聞こえる長谷川先生のウンチク。 ケンタッキーに留学が長かった長谷川先生は、何かとケンタッキーの自然だの、生活様式だのを語る。 なまり英語が、ネイティブな英語だとは思えないのだが……

 隣のクラスからは、古典の授業の声が聞こえる。

( 廊下に立たされるなんて、小学校以来じゃないのか? )

 今時の高校で、廊下に立たされるとは……

 僕は、少々、情けなくなって来た。 こんなトコ、かすみにゃ、見せられないな。


「 …… 」


 目の前に、サバラスが立っている。

( ……ヤバイ )

 今は、僕1人だ……! 野郎ォ~… 虎視眈々と、この機会をうかがっていやがったな?

「 消えろ、てめえ…! 」

 声を殺し、サバラスに言う、僕。

「 ほほ~う、これは、朝礼とか言うものなのかね? 」

 …違えよ。 思っきしな……!

 ある意味、正解と言った方が、面白い解釈になるかもしれん。

 僕は言った。

「 今、忙しいんだ。 後で来い、後で……! 」

「 いやあ~、やっぱ、マックは最高だね。 大阪の方じゃ、『 マクド 』と呼ぶそうじゃないか。 何でかね? 」

 ンなコト知るか、たわけっ!

 相変わらず、会話のキャッチボールがなされないサバラスに、僕は、急速にムカついて来た。

「 ナンの用事で来たのか知らねえが、てめえとは関わり合いたくないんだ。 消えろっ! 」

「 そんなコト、言っちゃって~♪ ホントは、ペルセウスの太陽風焼き団子、食べたいんだろう? 」


 ……ホンキで殺すぞ、キサマ……!


「 誰が、食いモンの話をしとる……? よっぽど死にたいらしいな、お前……! あ? 」

 僕は、サバラスの着ていた、ブルゾンのような服の胸ぐらを掴んで引き上げ、顔に近付けて凄んだ。

「 分かったよ。 今度、必ず買ってくるからさぁ~ 」

「 要らんわっ! 2tもあるんだろうが、それ( 前編参照 )」

「 でも、おいしいよ? 」

 僕は、怒りで顔を真っ赤にしながら叫んだ。

「 とにかく消えろっ! お前とは関わり合いたくない。 だいたい、朝っぱらから、うるせえんだよっ! 」

「 うるさいのは、お前だ、星川ッ! ナニ、1人で怒鳴ってるんだ! 病気かっ? 」

 僕が立っている後ろの教室側の窓を開け、長谷川先生が言った。


 サバラスは消え、廊下には、僕1人。


 最悪だ…… 誰がどう見ても、独り言を言いながら騒いでいるとしか見えないだろう。 教室内からは、冷ややかな笑い声が聞こえた。

( 野郎おぉ~…… 今度、会ったら、着実に金属バットでノックしてやる )



 放課後、学校を出て中央駅へ向かった。

 携帯の時計表示を見ると、4時5分。 朝倉との待ち合わせには、少々早い。

 かすみには、メールをしておいた。 今日は委員会があり、帰りが遅くなるとの事。 逢えないのは寂しいが、仕方が無いようだ。

 しかし、朝倉が単独で相談に来たのは、初めての事である。 何となく、不安…… 『 実は、私、男なんです 』なんてコト、言われたらどうしようか?

( んなコト、あるワケない。 どうも最近、俺の想像は、どこかサバラスに似て来たな )

 まあ、アンビリバボーな経験をさせられたのだ。 仕方あるまい。


 待ち合わせの時間までヒマを潰す為、駅に向かう途中にある本屋へ寄った。 中古本は扱っていないが、大型のチェーン書店である。 店内には、軽いポップスが流れ、明るい。 下校時間とも重なっていた為、僕の通っている学校の生徒たちの姿が、あちこちに見られた。


「 …… 」


 雑誌コーナーの前で、僕の目は、ある光景に釘付けになった。

 何と、サバラスがいる……!


 しかも、雑誌を立ち読みしているウチの女生徒の制服スカートの下に立ち、両手を後に組んで、上を見上げている。 あまりにも堂々とした行為に、全く違和感が無い。 ダレが、こんなトコに人形を置いたんだ? くらいの雰囲気を放っている。 ある意味、見事だ。


 僕は、何気にサバラスに近寄り、通り過ぎる瞬間、ヤツの後頭部にヒザ蹴りをお見舞いした。

「 うぼ、きゅっ 」

 情けない声を小さく発し、掃除が行き届いた床を、音も無く、クルクルと回転しながら滑って行くサバラス。

( ……よしっ、誰も気付いていないようだ……! )

 滑り止まったサバラス。

 僕は、足早に近付き、無言のまま、人気の無いコーナーの方にヤツを蹴り飛ばした。

「 ぶっほぇっぷ! 」

 再び、情けない声を出し、サバラスは国語辞典などが置いてある店内の一角へと、滑って行った( クルクルと回転しながら )。

 再び、滑り止まったサバラスに近付いて見ると、仰向けのまま両手を上げ、空を掴むようにして痙攣していた。

( ……よしっ! コレは、遂にイッたか? )

 人類の危機を阻止したような気分である。

 やがてサバラスは、床に仰向けになったまま、歪んだサングラスを短い右手でクイッと上げながら言った。

「 イキナリ蹴り飛ばすのは、新しい地球バージョンの挨拶なのかね? 」

 僕は、サバラスの問には答えず、言った。

「 女子高校生のパンツなんかのぞき込みやがって……! ヘンタイか、てめえっ! 」

「 のぞいてなんか、いないぞ? 見上げていたのだ。 更に言えば、観察かな? 」

 開き直ったように言う、サバラス。

 僕は、サバラスを右足で踏み、床に押さえつけながら言った。

「 …そ~ゆ~のを、ヘリクツってんだ。 ロクな言語、覚えないようだな、オマエは 」

 よし… ココなら、そんなに人も来ない。

「 散々、ヒトに迷惑をかけておいて… また現れたんか? 何の用事だ。 言っておくが、もうお前の実験台には、ならないからな? 」

 辺りを見渡し、人気に注意しながら、僕は言った。

 サバラスが、答える。

「 先回のコトかね? いやあ~、愉快な実験になったね♪ 少々、後片付けに手間取ったがね 」


 ……少々かい。 しかも、愉快と来たか。


 僕は、急速にムカつきながらも、ぐっと我慢し、言った。

「 用が無いんなら、サッサと消えてもらおうか? …で、二度とオレの前に現れんな! 」

「 そんなに感謝をしてもらっても、困るなぁ~ お礼なんぞ、要らぬ事だ、外道 」

「 …… 」

 ダレが、感謝しとる……? しかも、最後は外道だと? 知ってて言ったのであれば、いい度胸だ。 シャーペン、頭に刺したろか……?

 サバラスの語学変換は、相変わらず、メッチャクチャだ。 いや、多分、性格の問題   だろう。 コイツは、やりたい放題なのだ……!

 触らぬ神に、祟り無し。 早々に、宇宙に帰ってもらった方が良さそうだ。 出来れば、返品したい……

 はたしてサバラスは、言った。

「 いや、実は困った事になってね 」

 僕の方が、もっと困っとる。 見て分からんか?

 サバラスは続けた。

「 先回の実験で、実験体のオスとメスが入れ替わってしまったのだが、原因が分からんままなのだよ 」

 ……そりゃ、そうだろう。

 分かっていたら、もっと早く、元に戻せたはずだわ。 エラソーに、今更、ナニ言ってんだ? コイツ。

 しかも、オス・メスじゃねえ。 オス同士とも、入れ替わってんだぞ、この野郎……! もう、忘れたんか?

 僕は言った。

「 実験体だの、オス・メスだの… その言い方、ビミョ~にムカつくんだけど 」

「 そうかね? 気に入ってもらえて光栄だね! 」

 ブチ殺すぞ、てめえっ……!

 サバラスは続けた。

「 ま、だいたいの原因は分かって来たのだが、それを証明しなくてはならなくてね。 そこでキミに… 」

「 もういいっ! 答えは、ノーだ! また俺を、実験台にしようってんだろっ? 」

「 ほほぉ~~~う……! 鋭い読みだな。 いや感心、感心 」

 誰でも想像つくわ、そんなん!

 僕は言った。

「 最終的に、元に戻れる可能性は、かなり薄い。 そうなんだろ? そんな穴狙いのバクチなんぞ、ダレがするか! 俺は、絶対に了承しないからな! 」

 僕の右足に押さえ付けられたまま、ブキミに微笑しつつ、サバラスは言った。

「 ……ま、キミの意志は、関係無いのだがね…… 紳士な私としては、一言、伝えておいてからの方が、良いかと思ってね 」

「 …… 」

 コイツは、今のうちに抹殺しておく必要が出て来た。

 グズグズしていたら、実験台にされちまう。 朝、目が覚めたら、またどこの誰か分からないヤツと、体が入れ替わっている事になるのだ。

 前回は『 国内 』だったから良かったものの、ボーダレス時代に呼応して、『 グローバルな実験をしてみました♪ 』などどほざき、黒人( 未開地のアウトドアライフ現地人:注 ほとんど裸状態 )になっていたら最悪である。

 ……だが、ヤツらの科学は、口惜しいかな人類より進んでいる。 歯向かったところで、勝ち目は無い。 従うしか無いのであろうか……?

 僕は言った。

「 今度、俺を実験台にしやがったら…… 俺は、洗いざらい喋るからな! お前らの存在が、世間一般に知られてもいいのか? …あ? 」

 サバラスが答えた。

「 脅しかね? ま、記憶操作が余計な手間だが、問題ではないね 」


 ……まな板の上の鯉、のようだ。


 アホだけに、ヘタに抵抗すると、強制実行した時の『 手落ち 』が恐ろしい……

 素直に従った方が、もしかしたら、問題なく終了するのかも。


 僕は、右足をどけて言った。

「 くっそぉ~う……! 納得は、出来ん。 だが… 不本意ではあるが、協力した方が良さそうだな 」

「 ほほ~う、順応レベルもアップしたとみえるのう~ 」

 むっくりと起き上がりながら、サバラスが言った。

 勝ち誇ったような態度のコイツは、ムカつき度が倍化する。 僕は、サバラスのブルゾンを掴み、ねじ上げながら言った。

「 ……納得は、してねえって言ってんだろ? 」

「 だぁ~からぁ~、そんな感謝してもらっても困るんだよ、星川クン! 」

 してねえっちゅ~の、クソ人形! 少しは、理解せんか! 水洗トイレに流し込んだるぞ、てめえっ!

 込み上げるムカつきを、必死で我慢し、ねじ上げている右手をプルプルさせながら、僕は言った。

「 いいか……? トラブルはゴメンだ。 もしやの場合、速やかに対処しろ 」

「 トラブルなどと… 我々の科学を、甘く見てもらっては困るな 」

 ……甘く見とらんわ。 諦めとんじゃ、たわけ。

 僕は言った。

「 他人に迷惑が及ぶようなコトは、せんでくれよ? 」

「 ご協力、感謝する 」

 後頭部に、スニーカーの底跡を付けたサバラスが、偉そうに答えた。

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