ナンセンス! 2

夏川 俊

第1話、遭遇、再び……

 宇宙人って、いると思う?


 答えは、イエス。

 とんでもない経験を数ヶ月前にした僕としては、当然の答えだ。 何せ、自分の母親と結婚式を挙げたんだから…… ( 前編参照 ) 今、思い出すだけでも鳥ハダが立つ。

 その後、何とか自分の体に戻る事が出来、あの忌まわしいアホ宇宙人は、自分の銀河に帰った……


 ヒゲ親父は、現在、僕の家にいる。

 もうすぐ還暦だと言うのに、毎日、僕の母親とじゃれ合い、アツアツモード全開だ。 多分、年中発情期なのではないだろうか。 もうすぐ、ヤツが起きて来る……

「 おはよう! みちるクン! 良い朝だね 」


 …来たか。 外は雨だ、アホウが。


 洗面所で歯を磨いていた僕に、『 新しい父親 』が声を掛けて来た。

「 うっす 」

 とりあえず、軽く挨拶。

 家族の一員なのだから仕方がない。 悪いヤツではないのだが、どうも、こう… 受け入れ難いキャラだ。 母親は、ナンでこの男にホレたのだろう?

「 あぁ~ん、雄一郎さぁ~ん、お・は・よっ… うふっ♪ 」

 台所で朝食の準備をしていた母親がやって来て、ヒゲ親父の肩に手を掛け、歳を省みずに、猫なで声で言う。 更年期障害の症状が出始めている者が、色香を出すな。

「 おお~う、広江さん。 今朝はまた、一段と美しい……! 」

 …いつもと変わらんわ。 しかも、カーラー代わりのトイレットペーパーの芯が、頭上に巻いてあるままだし。

 僕は、さっさと顔を洗うと、愛し合う2人を尻目に、キッチンへと移動した。


 テーブルの、ド真ん中にキャンドルが置かれ、ロウソクに火が付いている。


「 …… 」

 意味不明だ。

 朝イチから、ナンの演出だ、コレは? 昨日までは、ナニも無かったぞ……


「 ああ、それ? 雄一郎さんが、パチンコで取って来たの。 キレイでしょ~? 豪華そうだし 」

 母親が、そう言った。

 こんなモン、パチンコでもらって来んな! 出す店側も、考えて商売せんか。 ただでさえ、雨で薄暗い食卓が、まるで黒ミサだわ。 食卓に置かれている飯と味噌汁が、すっげ~ミスマッチだし……!

 とりあえず、イスに座り、テレビのスイッチを入れる。

 ヒゲ親父も席に付き、僕に言った。

「 どうかね、みちるクン! 朝食後に軽ぅ~く、10キロあたり。 んん~? 」

 …1人で行って来い、脳みそ筋肉男。

 ナニが、軽ぅ~く10キロだ、てめえ。 この雨ン中、余裕で長距離あんじゃねえか。 朝っぱらから、肺炎になって死ぬわ。 雨でなくても、成層圏に到達するのと、ほぼ同じ距離を、野郎2人で走って行く気は無い。

 僕は、ご飯をかき込みながら言った。

「 学校、遅刻しちゃうじないか。 平日はムリだよ、そんなん 」

「 じゃ、日曜はどうかね? んん~? 」

 んん~? じゃねえっ! 1人で行け、つ~てんだよ北京原人! 10キロと言わず、1000キロくらい走って、そのまま戻って来んな。 ついでに、保冷車のデコトラ( 右側:波しぶき。 左側:般若の顔 )にでも、豪快に轢かれろや。

「 みちるは日曜、かすみちゃんとデートがあるから、ダメよ 」

 母親が、そう言った。

 ……良く、分かってるじゃないか。 さすが母親だ。

 多少、顔を赤らめた僕に、ヒゲ親父は言った。

「 おお~、なるほど。 青春だのう~! 子供だけは、作らんようにな! 」

 ……アンタ、発言が微妙だわ。


 朝食を済ませ、玄関を出る。

 傘を差して歩く雨の住宅街。 静かだ……

 毎朝、僕は登校の為に、少し歩いた所にあるバス停からバスに乗る。 中央駅でJRに乗り換え、学校近くの駅で下車。 校門までは、歩いて10分くらいだ。

( 星野に入れ替わった時は、車でお迎えだったな…… アレは、アレで、結構に楽だったけど… )

 でも、もうあんな経験は、コリゴリだ。 良く、命があったモンだ。

 今は、フツーの高校生…… この『 普通 』というトコロが、何とも落ち着く。 誰に気兼ねするでもなく、自由だ。 星野になった時は、それなりに面白い経験もしたが、それは大したケガも無く、偶然、無事に済んだから言える事だろう。 通常なら、3回ほど死んでいる。

 今は、星野たちの鬼龍会がこの辺りを牛耳り、他区のヤンキー共を一切、寄せ付けない。 う~ん、平和だ……

 取り戻した、平穏な生活。

 僕は、改めてその大切さを実感し、満足気に大きく息をついた。


 ふと、差している傘の先に、区指定のゴミ袋が目に映った。 幾つも電柱脇に置かれている。 今朝は、ゴミの収集日なのだろう。 雨粒がビニール袋の上に、幾つもの水滴を作っていた。

 そのゴミ袋の脇に、見覚えのあるマスコット人形が立っている……

 身長60センチくらい。 ツルツルの、とがった形の頭にサングラス。 黄色いジップブルゾンのような服を着、極端に短い足に、ショートブーツ。 コンビニ傘を差し、立っている。


 ……サ…… サバラス……!


 間違い無い……! ヤツだ……!

( ナ、ナンで、ここにいるっ? ヤツは、前編で、宇宙に帰ったハズだぞ? )

 僕は、サバラスを確認はしたが、全く無視し、その場を歩き去る事にした。 ヤツと関わると、ロクな事が無い。 ここは、無視に限る……!


 スタスタと歩き去る、僕。

 傘を差しながら、じっとこちらを見ているサバラスの視線が、背中に感じられる。

( 知らん、知らん……! オレは、ヤツの事なんか知らないぞ……! )

 僕は、自分に言い聞かせた。

 はたして前方のマンホールに、蓋を頭に乗せて、顔半分だけ出し、こちらを見つめているサバラスを発見。

 …相変わらず、理解出来ん行動をするヤツだ。 よくあんな重たい蓋を、頭に乗せていられるな。 ヤツの首の筋肉は、どういう構造になってんだ?

 僕は、気付かないフリをして( かなり苦しいが )そのまま、マンホールの蓋を踏みつけた。


 ……ミシミシって、音がした。


「 いやあ~、相変わらず地球人の愛情表現は、過激だねぇ~ 」

 いつの間にか、僕の横に並び、傘を差して歩きながら、サバラスは言った。

 微妙に、頭の形が変形している。

「 …… 」

 無視し、歩き続ける、僕。

 このまま無視していれば、ヤツは消えるだろうか? …いや、無さそうだ。 多分、どこまでも追い続けて来る事だろう。 しかし、ヤツは関係者( 被害者 )以外との交流を避けたがる。 このまま、誰か現れてくれないかな……


 …そう思ったが、こういう時に限って、誰もいない。

 バス停に着いてしまったが、何と、誰も待っていない。 くそう……!


 諦めた僕は、キッとサバラスを睨み、言った。

「 何しに来た……? もう俺は、カンケーないぞ? 」

「 ハロー、エブリボデー! ジスイズ・あ・ペン! 」


 ……会話になっとらんわ、キサマ。 相変わらず、やりたい放題か?


 サバラスが、続けて言った。

「 ドップレ・ウットラ~( 発音:語尾上げ ) 」

 ……ロシア語で、『 おはよう 』か……

 多少は、勉強したようだな。 だが、限り無く意味不明。

「 用が無いんなら、早く消えろ! 」

 僕が、そう言うと、傘を肩に背負い、クルクルと回しながらサバラスは言った。

「 そぉ~うりゃあ~っ、水、掛けちゃうぞおぉ~~~? 」


 面白いか……? てめえ。


 会話のキャッチボールをせんか。 キサマのは、受けたボールをイキナリ、焚き火で焼き始めたくらいに相当する。


 僕は、サバラスから傘を取り上げると、肩越しに無言のまま後へ投げ捨てた。

 両手でサバラスを抱き上げ、ふっと放す。 一瞬、空中に止まったかのようなサバラス。 ゆっくり落下を始めた途端、僕の黄金の右足がヤツをヒットした。

 ドスッと言う小気味良い、鈍い音と共に、車道の方へとクルクル回りながら飛んで行くサバラス。 やがて、反対側車線上に落下。 起き上がった瞬間、鋼材を満載した18輪トレーラー( ビッグ・リム )が、轟音と共にヤツの真上を通過した。


 ……両手を合わせ、合掌する僕。


 トレーラーの運転手は、要らなくなった縫いぐるみを轢いた程度、とでも思ったのだろう。 そのまま走り去って行った。

 丁度、バスが来た。 ラッキー♪ これでヤツは、しばらく出て来ないだろう。

 学校に着いたら、一日中、誰かといてやるわ。

 僕は、バスに乗り込み、学校へと向かった。


 JRの駅から校門までは、他にも生徒たちが歩いている。

( よし、コレならヤツも現れる事は無い )

 てゆ~か、記憶そのものを消そう。 僕は今日の朝、ナニも見なかった…… うん、それでいい。 いつも通りの1日が、始まるんだ。


 校門を入ろうとした時、誰かに声を掛けられた。

「 星川様 」

「 ? 」

 振り返ると、武蔵野明陵の制服を着た女生徒が立っている。

「 朝倉さんじゃないか……! 」

 星野の右腕と言われる才女、鬼龍会 次長の、朝倉 美智子だ。

 制服を小ざっぱりと、清楚に着こなし、左に分けた髪をピンで留めている。 最近、少し髪が長くなったのか、後ろ髪を、首の後でリボンで縛っているようだ。 うなじの向こうに少し見える淡い紫のリボンが、彼女の上品さを、さり気なく引き出している。 やや、深めに差した傘の中で、メガネ越しの、涼し気な彼女の視線が、僕を見つめていた……

「 おはようございます 」

 傘を差したまま、丁寧に挨拶をする、朝倉。

 僕は、彼女の魅力的とも思える雰囲気に心奪われ、仰々しく挨拶を返した。

「 これは、ご丁寧に… いやいや、お… おはようございます 」

 校門に入って行く他の生徒たちが、不思議そうな顔をして見て行く。

「 朝早くから、申し訳ありません。 本日の放課後、どうしても取り急ぎ、ご相談したい儀がございまして…… 」

 とても、高校生の言葉使いとは思えない。

 僕には、朝倉が雲上人のような存在の人に思えて来た。 実際、1つ、学年が上なだけなんだケド……

 僕は、緊張しながらも答えた。

「 …ど、どうしたんですか? 星野に、何かあったんですか? 」

 朝倉に対して敬語で、朝倉の上の存在にあたる星野を呼び捨てにするのはヘンだが、まあ、僕と星野の間柄である。( 前編参照 ) 鬼龍会内では、それで通っていた。

 朝倉は言った。

「 少々、相談事が…… 」

 そう言いつつ、少し、視線を足元に落とす朝倉。


 ……ナンか、ワケありのようだ。


 今日は、朝からサバラスを見かけるし、校門では朝倉さんに呼び止められるし……

 僕は、妙な胸騒ぎを感じつつ、答えた。

「 分かりました。 何か、その… ワケありのようですね…… ドコで、待ち合わせします? 」

 朝倉は、視線を上げると言った。

「 中央駅 南口にあります、『 ラ・ティフィン 』で、5時に…… 」

 ドキッとするような、純粋そうな目。

 僕は、吸い込まれそうなその視線に、何かを言いた気である彼女の心情を感じた。

 僕に一礼をし、すっと背を向ける、朝倉。


 かすかなコロンの香りが、雨中に香っていた……

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