黎明のアリア

※今作は作者白州智也が配信アプリ「REALITY」にて、ボイスドラマとして公演した作品の脚本となります。

 

 登場人物

 

 籠野航海 (かごのかずうみ) 男 17歳 高校生

 針谷美枝 (はりやみえ)   女 24歳 OL

 ハルトン・ゴーマン      男 35歳 作家

 室井充  (むろいみつる)  男 33歳 サラリーマン

 ハト/のどか         女 18歳 高校生

 

 本文

 

 Music

 

 ハト   (題)黎明のアリア

 

 Music Fade Out

 SE 階段を登る足音 ドアを開ける音

 

 美枝   (伸び)ん?

 

 航海   うわぁ…、やっぱりやめようかな。

      いやいや、ここまできて何を今更…でも、高いなぁ…

      また明日にしようかなぁ…いやでも…

      

 美枝   ねぇ。

 

 航海   (ad lib ブツブツと独り言)

 

 美枝   ねぇ、おーい。

 

 航海   (繰り返しad lib…後気づいて驚愕)

 

 美枝   おぉ、やっと気づいた。

 

 航海   なあぁ! はぁ、え、え、はい?

 

 美枝   あのさ、無視はひどいんじゃない?

 

 航海   え、いやぁ、ごめんなさい…

 

 美枝   いいよ、別に怒ってないし。

 

 航海   え、怒ってないの?…へ、へぇ。そうですか…。

 

 美枝   あ! 今めんどくさいって思ったでしょ!?


 航海   べべ別に…思ってませんよ…?

 

 美枝   ふぅん。

 

 航海   …。

 

 美枝   ま、いいや。で、君は?

 

 航海   え、えっと?何ですか?

 

 美枝   何しにきたの? ここ、関係者以外立ち入り禁止だよ?

 

 航海   あ…えーっと…なんでしょうかね…?

      なんか道に迷っちゃって。

      

 美枝   へぇ。そっちから降りられるよ。

 

 航海   え、あぁ、はい。…あの、僕怒られるんじゃないんですか…?

 

 美枝   ん、なんで?

 

 航海   いや、立ち入り禁止って言ったじゃないですか。

      僕、関係者な訳ないし。

 

 美枝   私も違うもん。怒られる側だからね。

 

 航海   は? じゃあおばさんこそなんでここに?

 

 美枝   …おばさん?

 

 航海   ご、ごめんなさい…!

 

 美枝   (ため息)私ってそんなに老けて見える?

 

 航海   え、いや〜どうでしょう? まだまだお若いんじゃないですか?

 

 美枝   じゃあなんでおばさんって言ったの?

 

 航海   それはー、そのー…

 

 美枝   (笑う)冗談だよ冗談! 間に受けないで、

 

 航海   えぇー…

 

 美枝   (SE缶ビールを開ける音)

 

 航海   …昼間っからお酒飲むんですか?

 

 美枝   そうだよ。ダメ?

 

 航海   どうでしょう。いいんですか、仕事とか。よくわかんないけど。

 

 美枝   君こそ学校は? 学生さん、だよね? よくわかんないけど。

 

 航海   …。

 

 美枝   私の話する前に、君のこと教えてよ。

 

 航海   (気まずい  SE足音)

 

 美枝   帰っちゃうの?

 

 航海   ええ、まぁ。

 

 美枝   えー、お姉さんに付き合ってよ。

 

 航海   いやですよ、酔っ払いの相手なんか。

 

 美枝   そう言わずにさー、ほら。ほーら!

 

 航海   …わかりましたよ。

 

 美枝   よし、良い子。

 

 航海   で、何すれば良いんですか?

 

 美枝   別に? 私とお話しましょ。

 

 航海   はぁ…。

 

 美枝   なぁに、やなの? それともご用事?

 

 航海   いえ、別に。

 

 美枝   まさか、デート? この色男!

 

 航海   ……違いますが。

 

 美枝   あら、ガールフレンドがいるのに

      お姉さんなんか相手にしてていいの?

      嫉妬しちゃわない?

      可愛い彼女さんなら、もっと大事にしなさいよ?

      ちなみに…お姉さんは今、フリーよ?

 

 航海   うるさいです。

 

 美枝   もしかして喧嘩中?

      ダメよ、ちゃんと謝らなきゃ。

      たとえ貴方が悪くなくてもまずは謝りなさい。

      そっから仲直りするのよ。

      

 航海   うるさいな…。

 

 美枝   で、で? 何しちゃったの?

      お姉さんに相談してみんさい。

      一人で黄昏るより、話してみた方が絶対いいから。

      喧嘩別れなんて最悪だもの。

      お姉さんが力になってあげるから。

      

 航海   黙れ。

 

 美枝   ほら、なんでも話してちょうd

 

 航海   黙れ! 知ったような口を聞くな!

      あんたらみたいな同情したいだけの大人が一番大嫌いなんだよ!

      だから…だから…

      ……。

      ……ごめんなさい、八つ当たりでした。

 

 美枝   あ…あの、私もごめん…

 

 航海   いいんです、僕が悪いんです。

 

 美枝   そんなこと…ほら、私が聴かれたくないことをずけずけと

      

 航海   そうだ、相手はただの酔っぱらいじゃんか。

 

 美枝   ちょいちょい、関係ないでしょ…いや関係あるけども

 

 航海   ごめんなさい、僕やっぱ行きます。今は、一人になりたいんです。

 

 美枝   え、ちょっと

 

 航海   お姉さんも気が済んだら仕事に戻ればいいと思います。

 

 美枝   君、ねえ!

 

 航海   さよなら。

 

(SE駆け足─ドアを開く音)

 

 美枝   (ため息)ん? …お財布、かな? 忘れちゃったのかな。

      …ふふ、ブサイクなキーホルダー。

      ……まぁーたやっちゃったなぁ〜…。

      

 間 風の音?

(SEドアを開く)

 

 美枝   お。

 

 航海   あ、あの。忘れ物しちゃって。

 

 美枝   …財布、落とした?

 

 航海   はい。

 

 美枝   これ?

 

 航海   !  そうです。

 

 美枝   はい、もう落とすなよ?

 

 航海   ありがとうございます。…それじゃあ

 

 美枝   それさ、可愛いキーホルダーだよね。

 

 航海   …そうですかね?

 

 美枝   たま〜に、好きな女の子がいそう。

 

 航海   …かもしれません。

 

 美枝   だね。

 

 航海   …?

 

 美枝   それだけ。

 

 航海   そう、ですか。

 

(足音SE)

 

 美枝   私さ。仕事、辞めてきたんだ。

 

 航海   ──はい?


 美枝   だーかーらっ。仕事、辞めたの。

 

 航海   は、え、なんで?

 

 美枝   なんでだと思う?

 

 航海   めんどくさ…まだお酒抜けていないんですか?

 

 美枝   さぁ? どうだろ。

 

 航海   ……。わかりませんね。貴女のこと、何も知らないので。

 

 美枝   そうだよね、私も同じ。

 

 航海   ?

 

 美枝   私も君のこと、わかんない。

      だからさっきみたいなことやっちゃうんだ。

      頼られたって勘違いして、誰にだって。

      私ね、「良い人」になりたかったんだ。

      

 航海   良い人…。

 

 美枝   ここにさ、死ににきたんだ。

 

 航海   死にに、は、へ、自殺?

 

 美枝   そう。ここから飛び降りて。

 

 航海   なんで!?

 

 美枝   死にたいから。

 

 航海   へ、へぇ〜…

 

 美枝   理由、聞きたい? 野暮だね〜、君も。

 

 航海   …一緒にしないでください。

 

 美枝   …「良い人」になりたかった。いや、それも本当は違うのかも。

      私の理想とする完璧な人になりたかった。

      誰にでも優しくて、誰かのために泣いて、

      誰かのために笑う、そんな「良い人」に。

      

 航海   正義のヒーローにでもなるつもりですか?

 

 美枝   憧れたことない?

 

 航海   …幼い頃には、あるいは。

 

 美枝   …でもさ、なれなかった。だからここでおしまい。アンダスタン?

 

 航海   そうですか。

 

 美枝   感想それだけ?

 

 航海   納得いかないので。

 

 美枝   何が?

 

 航海   馬鹿みたいな理想も、そんなんで死のうとする迂闊さも、

      僕に話したことも。

      全部が気に食わないです。

      

 美枝   そう? 死んじゃダメかな?

 

 航海   今死んだら、貴方の理想とは一番遠いはずだ。

 

 美枝   そう。じゃあ、君は? 君なら、「良い人」になれるの?

 

 航海   僕が? なぜ。

 

 美枝   あれ、君も同じだと思ったんだけどな。

      てっきり君も「良い人」なりたいのかと。

 

 航海   そんなこと一言も言ってませんよ。

 

 美枝   そっか。じゃあ、君はさ、ここに何しにきたの?

 

 航海   ──は?


 美枝   私を馬鹿にしにきたのか、

      死んじゃだめだって御高説唱えにきたのか。

      そうじゃないでしょ。

      

 航海   そうですね、違います。別に、用事なんてありません。

 

 美枝   そうだよね、用事なんて呼べないよ。

      だってきっと私と同じだから。

 

 航海   違います。僕と貴女は違う。

 

 美枝   違わない。君も飛び降りにきたんだよね。

 

 航海   一緒にすんな。

 

 美枝   一緒だよ、死んだらみんな一緒。

 

 航海   違う! 僕と貴方は違う!

 

 美枝   何が? 理由が? それじゃあ不幸自慢でもどうぞ。

 

 航海   っ! 僕は! あんたじゃない!

 

 間

 

 美枝   冗談だよ、あんまり怒んないで。

 

 航海   …最初っから嫌いだなって思ってました。

 

 美枝   そう? 私は君みたいな人、嫌いじゃないよ。

 

 航海   もう何でもいいです。そうですよ、僕も自殺するためにきました。

      それが何か?

 

 美枝   よし。じゃあ仲良く死のうか。

      ちょうど心細いなぁって思ってたんだよ。

 

 航海   え、いやですよ。仲良くお手々繋いで死のうって言うんですか?

      気色悪い。

      

 美枝   キショいって言うなよー!

 

 航海   僕が先に飛びますからね、順番守ってくださいよ。

 

 美枝   順番って何でそんなことを

 

 航海   考えてみてくださいよ。

      今から飛び降りようとしたその先に、自分の末路となる肉塊が

      無惨に落ちていたら…絶対足がすくんで降りられない。

      

 美枝   …

 

 航海   …

 

 美枝   私、もう行くね! アデュー! (フェンスに手をつく金音?)

 

 航海   ちょっと! コンビニいくみたいなノリで飛ぶな!

 

 美枝   一生のお願いだから!

 

 航海   今から死ぬやつが使えると思うなよ!

 

 美枝   レディーファースト!

 

 航海   図々しいな!

 

 揉めAD

 

 二人   うわぁ!

 

(フェンスにぶつかる大きな音)

 

 美枝   あ、あぶな…


 航海   へ、ふへへ…

 

(風の音が響く)

 

 航海   …レディーファースト?

 

 美枝   ご冗談を…。

 

 短い間

 

 美枝   ねぇ。手、繋いであげようか…?

 

 航海   いやです。気色悪い。

 

 美枝   だーかーら! キショいって言うなよ! 普通に傷つくだろ!

 

 航海   そうですか。じゃあそこで傷心にイジケテいればいいと思います。

      僕が先に(行きますので)

      

 美枝   それはダメ。許さない。

 

 航海   じゃあ先に飛びますか?

 

 美枝   それもちょっとなぁ…

 

 航海   どっちだよ! じゃあもう僕が先に飛びますからね!

 

 美枝   待って待って待って! やっぱり私が行くから!

 

 航海   ならばどうぞ!

 

 美枝   うぇぁあ! 騙したなぁ!

 

 航海   さぁどうぞ! 僕は一回帰って

      遺書書いてからにしますのd痛い痛い押すな落ちる〜!

 

 美枝   一緒に行こう! ね!? それかジャンケンで決めようか!

 

 航海   おち! 落ちるっ! わかった! 

      ジャンケンにしましょう! ほら!

 

 美枝   よし、男なら一発漢気で勝ったら飛ぶ! いいね?

 

 航海   男ならって…わかりましたよ。

      一発勝負ですからね、文句言わないでくださいよ。

 

(室井登場)

 

 美枝   よし、じゃあ行くわよ? 遺恨はなしで!

 

 三人   ジャン! ケン! ポン!

 

 室井   あ、私の勝ちですね。それではお先に失礼します。

 

 航海   え、あぁはい。どうぞ。

 

 美枝   お構いなく〜。

 

 室井   よいしょっと。(足音?)

 

 航海   え。いやいや、ちょっと待って! 待ってください!

 

 室井   はい?

 

 美枝   どうしたの。

 

 航海   いや、あの、誰。どちら様?

 

 室井   室井です。

 

 美枝   室井さんでしたか。

 

 航海   誰だよ! え、知り合い?

 

 美枝   んーん。

 

 航海   なんでそんな冷静に受け入れられんの!?

 

 美枝   そういえばいつからここに?

 

 室井   つい先ほど。

 

 航海   そりゃまぁそうなんでしょうけど…

      もっと具体的に、いつから屋上に?

 

 室井   騒ぎ声が聞こえてきたのでやめとこうかなとは

      思ったんですけどね、

      静かになったのでそろそろよろしいかなと。

      

 航海   へ、へぇ〜…

 

 美枝   全然気づかなかったなぁ。

 

 室井   影が薄いもので。

 

 航海   そう言う話なのかな…

 

 美枝   室井さんも飛び込みに?

 

 航海   奇遇ですねじゃないんだよ。

 

 室井   まぁ、そんなところです。

 

 美枝   へぇ。あ、申し遅れました、私、針谷です。針谷美枝。

 

 航海   針谷さん。

 

 美枝   で、彼が…ん?

 

 航海   そう、僕たち自己紹介していなかったですね。

 

 美枝   そういえばそうだね。

 

 航海   籠野です。籠野航海。

 

 室井   航海君、美枝さん、ですか。どうぞよろしく。

 

 美枝   えぇ、こちらこそ。

 

 航海   え、あの、何をよろしくするんですか? 

      僕らこれから死ぬんですよね?

 

 美枝   カズくん、私たち生い先短い命よ? 

      最後の隣人くらい仲良くしましょうよ?

 

 室井   その通りです。我ら同志ですよ。仲良くしていきましょう。

 

 航海   同志…か。

 

 美枝   不満そうだね?

 

 航海   …よくわかってんじゃないですか。

 

 美枝   素直でよろしい。

      そういえば室井さんはどうしてここに?

      いえ、目的はわかるのですが、理由は人それぞれなので。

      

 室井   聞きたいですか? 私の話。面白いモノではありませんよ。

 

 美枝   無理にはお聞きしません。

 

 室井   大丈夫です、同志と受け入れてくれたのですから、

      どうぞ聞いてください。

      …とはいえど、本当にありふれた絶望です。

      失業したんですよ、私。クビです。

      ローン組んで新居を購入した矢先に…あんまりですよ。

      その上、妻の見限るスピードも早かった。

      離婚届を置いて即行行方をくらましましたし。

      実家はとうに勘当されてます。

      打つ手なしとはまさにこのことですよ。

      

 美枝   うわぁ、役満。

 

 航海   不謹慎ですよ。

 

 室井   いえ、過ぎた話です。嗤ってください。

 

 美枝   なるほどね、わかりました。

 

 室井   つまらない話を長々とすみません。

 

 航海   いいえ、本当にあるんだって、ちょっと感動しました。

 

 美枝   おぉい、不謹慎はどっちだい。

 

 航海   とにかく、歓迎します。

      僕らとて理由は違えど死ににきたことは変わりませんので。

      

 美枝   仲良く死にましょ?

 

 室井   ありがとうございます。

      …よかった、私にも受け入れてもらえる場所が

      あったのですね。これで悔いなく死ねます。

      

 航海   泣かないでください、余計死ににくくなりますよ。

 

 美枝   そうです、笑って死にましょうよ。

 

 室井   はい…笑顔で死にましょう…!

 

 三人明るく笑いあう。

 (ハルトン登場)

 

 ハル   …なんなんだおまえら?

 

 航海   あ、また新しい人。

 

 美枝   ここ人気なの?

 

 室井   人伝に聞いたことはありませんが、

      遠目にはいい場所ですよね、ここ。

 

 美枝   確かに、私の直感がここがいいって囁いてたし。

 

 航海   え、美枝さんってここのビルに勤めてたんじゃないの?

 

 美枝   いいや? 全然関係ないけど。

 

 航海   違うんだ…。

 

 ハル   いい、いい。おまえらの話なんて聞いていない。

      俺の邪魔さえしなければ構わないのだから。

      

 美枝   あら、それは失礼しました。

 

 室井   邪魔って貴方、目的は何です?

      それによっては私たちとて黙ってないのですが。

      それこそ、私たちの邪魔をしないでいただきたい。

 

 ハル   五月蝿い。おまえらには関係ないことだろう。

 

 航海   …。

 

 美枝   感じ悪…。

 

 ハル   だがちょうどいい、

      俺とてこのような機会を無碍にするほど馬鹿ではない。

      おい、手を貸せ。

 

 美枝   いやです。

 

 室井   まぁまぁ、彼もここに来たということはおそらく同志。

      迎え入れてくれた私としては

      片手間に追い払うことなどできません。

      

 航海   室井さんは人がいいなぁ。僕も嫌ですよ。

 

 ハル   返事が違うだろう?

      おまえらに示された選択肢は

      「無様な肉塊」か「美しいエンドロール」かのどちらかだ。

 

 美枝   はぁ?

 

 ハル   理解できぬのも致し方ない。

      耽美を理解するに必要なのは学ではないのだから。

 

 航海   タンビ?

 

 ハル   おおよそ事情は察するに足りる。

      おまえら、自殺を望むのだろう? 若いのに殊勝なことだ。

      その心意気には敬意を表する。

      だが、故に勿体無いではないか。

      人知れず死ねこそ、死を彩らなければ意味がない。

 

 美枝   意味〜? そんなのあったら生きてるわボケ。

 

 室井   口が悪いですよ。

 

 ハル   とにかくだ、俺はおまえらに一つ提案がある。

      決して悪くない話のはずだ。

      

 室井   交渉ですか、どうぞ。続けてください。

 

 ハル   殺せ。俺を、殺すのだ。

 

 間

 

 二人   (美枝航海)はぁ〜!?

 

 ハル   いい、理解など不要だ。

 

 美枝   いやどういう考え方しても意味不明でしょ。

 

 ハル   言ったであろう。至るに必要は学ではない。

      ここにあるのは、傑作と呼ばれることを求める物語だ。

 

 室井   失礼ですが、私たちには到底わかりかねますので、

      わかりやすくお願いします。

 

 ハル   (ため息)いいか、まずは固定観念を捨てろ。死を畏怖してはならない。

      それは何故か?

      死こそが、死のみが、生の答えになりうるからだ。

      過程の中に結論は論じ得ない。理に適っていない。

      答えを論ずるのであれば、それは生を終えた時のみに可能なのだ。

      故に死は生そのもの。生を唯一と謳わんとするのならば、

      「どう生きたか」ではない。

      「どう死ぬか」だ。

      

 航海   はぁ…。

 

 美枝   つまりどーゆーことですかー。

 

 ハル   「存在証明」だ。他者を拒んだ俺には、俺以外存在しない。

      主観では足らぬと踏んで、客観を求める。

      意志はともかく、「俺を殺す」と言うことが

      俺以外になされることによって

      俺の答えは俺以外の存在に証明される。

 

 室井   …? 答えになっていますか?

 

 ハル   話せど理解できるとは思っていない。

      かいつまんで、納得できる範囲でいい。

 

 美枝   納得なんてできませーん。

 

 ハル   死にたかった、どうする? 自殺はチープ。寿命なんて冗談だ。

      他殺がいい。だが馬鹿に殺されるのは本望ではない。

      しかしこの際そこは譲歩する。どうだ?

 

 室井   なるほど…?

 

 航海   難しい話だな…。

 

 美枝   きな臭い宗教みたいね。

 

 航海   さっきからやけに当たりが強いですね。

 

 美枝   あんまり好きじゃないの、こう言う感じの人。

 

 ハル   同感だ、俺も阿呆が嫌いでね。

 

 美枝   あぁ!?

 

 航海   まぁまぁ…。

 

 美枝   君も嫌いじゃないの、こういう人!

 

 航海   えーっと…あはは…

 

 室井   落ち着いてください、話が逸れてしまいます。

 

 ハル   そうだ、俺を好こうが嫌おうがどっちでも構わん。

      どうせ今死ぬのだからな。

      

 航海   それ言えてる。

 

 室井   話を戻しましょう。貴方の言い分はわかりました。

 

 ハル   方便はよせ。分かるものか。

 

 室井   …そうですか、それでこの交渉のメリットは?

 

 美枝   メリット?

 

 室井   私たちが…失礼、

 

 ハル   ハルトン・ゴーマンだ。

 

 室井   ゴーマン氏を殺すメリットがあるのか、ということです。

 

 ハル   おまえは多少賢いな。

 

 室井   どうも。

 

 美枝   待って、ゴーマンって何。

 

 ハル   何とは名前に決まっているだろう、失礼極まりない。

 

 美枝   外国の人なの?

 

 航海   そういえば確かに顔立ちは日本の人っぽくないとこあるけど。

 

 ハル   親と生まれが日本ではないというだけだ。

      育ちも言葉も、日本に帰属する。

 

 美枝   へぇ。

 

 ハル   不満か?

 

 美枝   別に、今からに死ぬのに男か女かとか、国がどうとか、

      どうでもいいことでしょ。


 ハル   ほぅ…、その言葉は素直に評価に値するな。

 

 美枝   ただしアンタは嫌い!

 

 ハル   …前言撤回だ。

 

 室井   すみません、話が逸れて…

 

 航海   あ、ごめんなさい。

 

 ハル   おまえらの利益だったな。なに、簡単なことだ。

      飛べないんだろう? ここから。

      

 二人   (美枝航海)ギクゥッ!

      

 ハル   大方足がすくんで死ぬ勇気も出ずに突っかかるだけ突っ掛かり…

 

 美枝   ううううっさいわね! そそそんなわけないでしょ!?

 

 ハル   図星か。手伝ってやろうか。ん?

 

 室井   私はできますが。

 

 ハル   おまえには言っていない。おまえは俺を殺せ。

 

 美枝   私もできますー!

 

 航海   ぼぼ僕だって。

 

 ハル   なら飛んでみろ。今、さぁ!

 

 美枝   いいじゃないの! 吠え面描いてろバーカ!

 

 航海   え、ちょ、待っ(ってくださいよ)

 

 美枝   ほら! ほらほら! …ほら、ほらほら…

 

 航海   …美枝さん。

 

 美枝   …何よ。

 

 室井   そこは危ないですよ。

 

 美枝   …そうね。

 

 ハル   おい。

 

 美枝   なに。

 

 ハル   おまえは本当に死ににきたのか?

 

 美枝   …黙りなさい、あんたになんか分かってたまるもんか。

 

 ハル   …そのまま飛べば格好がつくのだがな。

 

 航海   おかえりなさい。

 

 美枝   くっ…悔しい…。

 

 ハル   無理だろう? 背中を押してやる。どうだ?

 

 室井   ハルトンさん、確かに貴方の提案は場合によっては、

      魅力的であるかも知れません。

      ですが、私はそう思いません。受諾し難い。

      

 ハル   理由はあるんだろうな。

 

 室井   私に得がない。私にはただ人殺しになれと言うのですか?

 

 ハル   一人くらいで喚くな。

 

 航海   手慣れてるんですね。

 

 ハル   皮肉のつもりか? 生憎経験はないんだよ少年。

 

 美枝   私たちで試そうってわけ? おめでたい初体験ね。

 

 ハル   お陰様だね。ご協力痛みいるよ。

 

 航海   狂ってるよ…。

 

 ハル   そうか、少年から先導してくれるか…!

 

 航海   (足音)え、ちょ、うっ…!(フェンスにぶつかる音)

      う…うわぁぁぁぁぁあああああ!

      

 ハル   ほら! 何か言ってみろ!

      少年の人生を題する言葉を、幕引きに相応しいエンドロールを!

      今ここで見せてくれたまえ!

      

 航海   落ちっ…! この…離せ、この、この!

 

 ハル   あぁ違う! そうじゃないだろう!

      お前の人生はなんだったんだ!?

      お前の言葉を、名を、証明しろ!

      世界に叫べ!

      (笑う)

      

 美枝   そこまでよ。

 

 ハル   なっ…!

 

 航海   うわっ…!

 

 美枝   セイッ!

 

(背負い投げSE)

 

 ハル   ぐはっ…!

      な…なんだ!

      

 美枝   やめなさいって言ってんの。

 

 ハル   なぜだ! 死ぬことすらままならぬお前らに

      剰え名誉すら与えてやると言っているのになぜ止める!?

      お前とて覚悟もなくここにいるのだろう?

      今更見苦しく生に縋って何をなさんとするのだ!

 

 美枝   うるさい!

 

 ハル   痛っ、ちょ、痛い痛い!

 

 美枝   自分勝手にカッコつけんな!

      あんたなんかにね!

      私たちの人生を知った顔されるのが一番腹たつのよ!

      私は! 私らしく死ぬ!

 

 ハル   お前はまたそんな…いい、離せ。

 

 美枝   いーやーでーすー! 謝んない限り痛めつけますー!

 

 ハル   いいから離せ、話もままならんだろ。だから痛い痛い痛い!

 

 美枝   ほら、「ごめんなさい」は!

 

 ハル   調子に乗るのも大概にぃぃぃいいいいいい!

      あぁわかった!

      ゴメンナサイ!

      これで満足か!

 

 美枝   感情がこもってない!

 

 ハル   おぉぉおぉおおおおおん!

 

 室井   うわぁ…。

 

 航海   へ…へへっ、なにこれ。

 

 室井   美枝さん、そろそろ、

 

 美枝   うるさいです! 今取り込み中!

 

 室井   え、あ、はい。

 

 航海   え。

 

 室井   航海くん、君も止めてくださいよ…。

 

 航海   僕ですか!? 無理ですよ…。

 

 室井   でも止めないと…

 

 航海   だけど、どうやって。

 

 ハル   ごめんなさい! もういいだろ!

 

 美枝   もう一回! カズくんに向かって!

 

 ハル   なぜだ!

 

 美枝   いいから!

 

 ハル   あぁわかった! 少年、悪かった!

      私の言動全てを謝罪させてくれ!

 

 航海   ああもう大丈夫ですって! 気にしてないですから、ほらね…?

 

 美枝   ……。

 

 ハル   離せクソオンナ

 

 美枝   …。セィ!

 

 ハル   グフッ…!

 

 航海   あ、あの、大丈夫ですか…?

 

 ハル   う…うぅ…。

 

 美枝   カズくん、同情なんてしちゃダメ。

 

 室井   まぁまぁ…。あの、立てますか?

 

 ハル   ……。

 

 室井   さて、この通りです。

      我々は皆死のうとここにきたわけですが、

      飽くまで殺されにきたわけではないのです。

      殺してほしいというだけならば、あるいは話だけでもと思いましたが、

      手を上げるというのならば、容赦はしません。

      

 航海   いや、なにもしてないじゃないですか。

 

 ハル   …ふん、好きにしろ。

 

 美枝   ……あーあ、なんか変な感じになっちゃったなー。

 

 航海   そう、ですね。ちょっと飛びづらくなった。

 

 ハル   …悪かったな。

 

 美枝   わかっていただければ結構ですー。

 

 ハル   ……一つ提案がある。

 

 美枝   嫌です。

 

 ハル   おい。

 

 室井   まぁまぁ…そう頑なにならずとも。

 

 美枝   でも室井さん、こいつのなにを信じろと言うんです?

 

 ハル   提案だと言っただろう。信じるかどうかは、お前らで選べ。

 

 室井   わかりました。どうぞ、続きを。

 

 ハル   死ねないのだろう。かといって俺に殺されるのが不本意ならば、

      どうすればお前らは潔く死ねるのだ?

      

 美枝   あんたがいなくなれば今すぐにでも飛んでやりますよーだ。

 

 ハル   それが真実であればそうしてやるが?

 

 美枝   …こいつ。

 

 航海   どうすればって…ちょっと時間を貰えれば…?

 

 ハル   どいつもこいつも、くだらん意地を張るのはやめろ。

      正直になってみろ。

      

 航海   正直に…?

 

 ハル   そうだ。嘘偽りなく、本心のままに。

      なにも突き落とすだけが手伝いということもないだろう。

      お前らが飛ぶ覚悟を満たす何かが必要なら、

      それを成すくらい手を貸してやらんでもない。

 

 航海   何かってなんですか。

 

 ハル   それは知らん。

      だが少年。

      お前が未だ飛べない理由、未練というべきか。

      それはなんだ?

 

 航海   未練なんて…ないですよ。

 

 ハル   正直に、嘘偽りなく。

 

 航海   ……。

 

 ハル   と、まぁこのように少年に限った話でもないのだろう。

      最期の隣人だ、それくらいの情はあってもいいはずだ。

      

 美枝   やけに親身じゃない。先程までの嫌味なおじさんはどちらに?

 

 ハル   過ぎた話は水に流そうじゃないか。

      禍根を残して死にたくはないだろう。

 

 室井   人が変わったような提案ですが、魂胆はなんですか?

      貴方の言うように、正直に、嘘偽りなく答えてください。

      

 ハル   難しい腹の内なぞない。

      俺の望みは最初から言っているはずだ。

      

 室井   …なるほど、最後にはゴーマン氏を突き落とせと。

      慣れ親しんだ後にそれは、より酷なことを言いますね。

 

 ハル   それも一興ということだ。

 

 美枝   サイコパス。

 

 ハル   さぁどうだ? 今回ばかりはそう悪い話ではないだろう。

 

 美枝   どうでしょうね。大体、誰がアンタを突き落とすっていうのよ?

 

 ハル   少年だ。

 

 航海   ぼ、僕!?

 

 ハル   そうだ、お前がいい。

 

 美枝   ちょっと待ちなさいよ!

 

 室井   なぜ航海くんなのです?

 

 ハル   お前らが知る必要あるのか?

 

 美枝   ことの次第によっちゃ許さないって言ってんのよ!

 

 ハル   なぜそう熱くなる?

      どうせ今日初めてあった程度の仲なのだろう?

      そんな相手になにを想って庇うというのだ?

      

 室井   私ならまだわかります。

      しかし…航海くんは、まだ子供だ。

 

 航海   ……。

 

 美枝   そうよ、百歩譲って私がやってやるわよ。

      その方がアンタも後味最悪ってもんでしょ!

      

 ハル   そうだな、最悪だし、死にきれん。

 

 室井   とにかく、どうしてもというのならば私がやります。

      そこは貴方の譲歩すべき点だ。

 

 ハル   お前らは、少年は。

      ここへなにをしに来たんだ。

      

 美枝   そんなの…

 

 ハル   少年、君は、なにをしに来たのだ。

 

 航海   僕は…。

 

 ハル   そしてお前らはなんだ?

      まさか少年には生きていてほしいなぞ

      考えているのではなかろうな?

 

 二人   っ…!

 

 ハル   どうだ、ん?

      …思うところがあるのも理解できる。

      故に生きてほしく、トラウマを残すようなことはしたくないか。

      

 航海   どういうことですか?

 

 美枝   カズくん…。

 

 ハル   少年、君が選べ。どちらを選べど、君に非はない。

      あるいは、どちらでも君の為だ。

      

 航海   僕の…為…。

 

 美枝   アンタいい加減に

 

 ハル   外野は黙っていろ!

      少年の人生に、大人のフリをして野次を飛ばすな!

      

 美枝   アンt……。

 

 ハル   …少年、大人たちは君が選ぶ猶予を与えたがらない。

      だから、長々と考える時間を与えることはできないんだ。

 

 短い間

 

 航海   やります。僕は、全ての後悔を断ちにきたんだ。

 

 ハル   そうだ。それが君の選択だ。

 

 美枝   カズくん…!

 

 航海   大丈夫です。みんなにメリットがあるはずだし、

      それに、最期の隣人くらい仲良くしましょうよ。

      

 室井   …これ以上は耳障りでしょう。

      私とてお二人には、航海くんには恩を感じていますので、

      異議はありません。

 

 美枝   …はぁ〜〜、ここで私が騒いでももう馬鹿みたいじゃない。

      わかったわよ、勝手にしなさい。

      

 ハル   随分と素直じゃないか。

 

 美枝   人の為ーとか、そういうのやめにしたいの。

      それが誰相手だろうとね。

      

 ハル   そうか。

      では、お前ら、やり残したことなり挙げてみろ。

      

 美枝   ちょいちょい、アンタが仕切んのー?

 

 ハル   適任だろう?

 

 航海   室井さんとか、そういうの慣れてそうですけど。

 

 室井   私ですか!? 無理ですよそういうのは…。

 

 美枝   そうですよ〜、

      さっきだってコイツに啖呵きってたじゃないですか?

 

 室井   昔から柄じゃないんですよ、端っこでヒソヒソ

      書類整理してるくらいがちょうどいいんです私は。

      私にそんな大役は…

      そもそもなんで私に責任を。

      私はそんな大役じゃなかったじゃないですか…

      (ブツブツad)

 

 美枝   む、室井さん…?

 

 航海   えっと、ゴーマンさんお願いします…

 

 ハル   初めから俺に任せておけば、犠牲も出さずに済んだものを…。

 

 航海   まだ死んでないですよ。

 

 ハル   些細な違いだ。

 

 美枝   やり残したことね〜、なんかある?

 

 航海   う〜ん、なんだろ…。

 

 ハル   あるだろう、色々と。

 

 美枝   でもね、思い付かないからこそ、ここにいるんじゃないの?

 

 ハル   ああ言えばこう言うという言葉が似合う女は

      お前の他にはいないな。

 

 美枝   なに、またやんのか?

 

 ハル   よせ、不毛だ。

 

 航海   ほ、ほら、遺書とかどうですか?

 

 美枝   遺書。

 

 ハル   ほう、悪くない。

 

 航海   みなさん書いてるんですか? 僕そういえば書いてなくて。

      …まぁ、読む人もいないんですけど。

 

 ハル   ん?

 

 航海   あ、いえ、なんでもないです。

 

 ハル   書いていない。言葉ごときで我が生涯を語れるものか。

 

 美枝   悪くないってどの口が言うのよ。

      私は書いたけど…うーーーん。

      

(紙を破く音)

 

 航海   美枝さん…?

 

 美枝   ちっとも面白いこと書いてないんだもん。

      ゴメンナサイとか、今更言うことでもないし。

      人生嘆くために死ぬんじゃないもん。

 

 ハル   ふっ。

 

 美枝   なに。

 

 ハル   別に。

 

 美枝   なによ。

 

 航海   えっと…じゃあやめます?

 

 美枝   ううん、書く! 今ならもっといいこと書けそう!

 

 航海   えっと、紙とかあります? 

      僕は…ノートとシャーペンくらいしか。

 

 美枝   なんかカッコつかないね。

 

 ハル   いや、少年はそれでいい。学生ならば趣があっていいではないか。

 

 航海   はぁ…?

 

 美枝   私の余り使う? ほら、このためにちゃんと便箋買ったんだ。

 

 航海   うーん、まぁゴーマンさんが言うし、僕はこれで大丈夫ですよ。

 

 美枝   そう? ならいいけど。

 

 ハル   失礼、俺に一枚くれ。

 

 美枝   え〜…

 

 ハル   構わんだろう?

 

 美枝   今回だけですからね。あ、ペンは私の一本だけですので!

 

 航海   僕の使います?

 

 ハル   いい、ペンくらいは持っている。

 

 間 (室井ブツブツad lib)

 

 美枝   …ねぇ。

 

 ハル   なんだ

 

 美枝   なにやってんの。

 

 ハル   なにって、俺の遺書だが?

 

 美枝   その紙高かったんだけど?

 

 ハル   今更金がなんだ。

 

 航海   え、紙飛行機…?

 

 ハル   あぁそうだ。

 

 航海   何か書いたんですか?

 

 ハル   どう思う?

 

 航海   …わかりません。

 

 ハル   ただ一言だけ、「死にたくない」、と。

 

 美枝   はぁ〜〜? なに言っちゃってんの?

 

 航海   死にたくないんですか…?

 

 ハル   あぁ。

 

 航海   死にたいんじゃないんですか?

 

 ハル   あぁ。

 

 美枝   意味不明ー。

 

 ハル   だからこうして、風に攫ってもらおうと想ってね。

 

 美枝   キモ。

 

 ハル   お前は書けたのか。

 

 美枝   んー、まぁね。

 

 ハル   読んでみろ。

 

 美枝   えーーー。

 

 航海   気になります。

 

 美枝   そういうカズくんは書けたの?

 

 航海   え!? いやー、どうでしょうか…?

 

 ハル   書くことが思い浮かばないのか?

 

 航海   えーっと…そんな感じ、です。

 

 美枝   ふーーーん?

 

 航海   ほ、ほら、美枝さん読んでくださいよ。

      その間に僕も頑張って描きますので。

 

 ハル   そうだ、書き上げたと言うのならば、お前が読め。

 

 航海   聴きたいなー僕。

 

 美枝   えー、ま、いいけど。

 

(足音ヒールSE)

 

 航海   美枝さんの…遺書。

 

 美枝   「(大きく息を吸って)バカヤローー!!!

       アンタらみんなーバカばっかだー!!

       私をなんだと想ってんだよー!

       できないことはできないし!

       やりたくないことはやりたくない!!

       ずっとずっと、大嫌いだったよコンニャロー!!

       私なんか……大っっっっ嫌いだーーーー!!!!!」

       おしまい。

       

 航海    は…ははは…。

 

 美枝    面白かった?

 

 ハル    悪くない。とても情熱的だ。

 

 美枝    ありがと。

 

 航海    なんかいいですね。僕より全然いい。

 

 美枝    はい、次カズくん。

 

 航海    えぇ!?

 

 ハル    当然だ。

 

 美枝    ほら早く。

 

 航海    い嫌ですよ…(紙クシャ音)

 

 美枝    こら、隠すな! そのポケット公開しなさい!

 

 航海    嫌です!

 

 美枝    いいじゃん、私も読んだんだし。

 

 航海    絶対ダメです。こんなの見られたら拙くって死にたくなる。

 

 ハル    ちょうどいいじゃないか。さらっと読んで、さらっと飛べばいい。

 

 航海    いやそう言う意味じゃなくて!

 

 美枝    もう、私たちに見せないで誰に見せる遺書なの?

 

 室井    家族だ!!

       ……あ、すみません。

       

 ハル    室井と言ったか、どうした。

 

 室井    いや、あの、私のやり残したことというか、思いつきまして…

 

 美枝    へぇ、なんですか?

 

 ハル    言ってみろ。

 

 室井    それが…その、やっぱりいいです、すみません…。

 

 美枝    なんで。

 

 室井    くだらなすぎて、恥ずかしい。

 

 美枝    大丈夫ですよ、恥も一瞬です。

 

 ハル    そうだ、今更ではないか。

       恥ずべきと憂うのは生に執着でもあるのか?

 

 室井    そんなことは…ないとは言い切れないのでしょうね。

 

 美枝    とにかく! 言っちゃってくださいよ!

 

 航海    僕らに何かできるかもしれないでしょ?

 

 室井    えっと…その、家族が。

 

 航海    家族が?

 

 室井    家族が欲しかったんです。

 

 間

 

 室井    ですよね、すみません…!

       私もう行きます。ありがとうございました。

       

 航海    待って待って!

 

 室井    いえいいんです! 

       自分でも荒唐無稽なことを言っているなとわかっていますので!

 

 ハル    落ち着け室井。お前の望みは理解できる。

       しかしだ、我々にはどうしようもないのだ。

       俺や少年にはどうしようもない。

       養子にでもなれというのか?

       

 美枝    私もどうにもならないでしょ。

 

 ハル    籍でも入れたらどうだ?

 

 美枝    嫌よ! 私は結婚するなら吉沢亮って決めてるの。

 

 航海    いやそれは弁えましょうよ。

 

 美枝    室井さん、奥さんいたって言ってませんでしたっけ?

       そりゃ逃げられたってのはお気の毒ですが、

       家族いたんじゃないの?

       

 室井    子供はいなかったので夫婦二人きりです。

       その上仕事が立て込み時間も作れなかったので…。

       

 ハル    理想の家族に飢えていると。

 

 室井    お恥ずかしながら…。

 

 ハル    なるほどな。

 

 室井    いえ、いいんです。私の戯言など無視していただいて。

 

 ハル    それでは趣旨に反する。報われないではないか。

 

 航海    美枝さん。

 

 美枝    え、だって流石に嫌。

       室井さんは良い人だと思うけど、

       流石に初対面の、歳の差有きはちょっときつい。

 

 航海    そんなスッパリ言わなくても。

 

 室井    ごもっともです。ですので、

 

 ハル    いーや、よくない。

 

 航海    ほら、そこをなんとか。

 

 美枝    嫌なものは嫌。

 

 航海    フリでいいですから、ね?

 

 美枝    どうして君が決めるの?

 

 ハル    室井はどうだ?

 

 室井    構いません。幻想でも、それが醒めぬ夢でありたい。

 

 ハル    詩的だな。

 

 航海    ほら?

 

 美枝    ……わかったわよ。

 

 ハル    よしきた。では始めよう。お前は妻、少年は息子だ。

 

 航海    ゴーマンさんは?

 

 美枝    そうよ、ばっくれんな。

 

 ハル    役が残っていないだろう?

 

 室井    私、兄弟に憧れていたんですよね…。

       兄というのが欲しかった。

       

 ハル    …。

 

 航海    決定ですね。

 

 美枝    楽しみましょうね、お義兄さま?

 

 ハル    …えぇい、始めるぞ。

 

 室井    では、私が帰ってくるところから始まります。

       みなさん、よろしくお願いしますよ!

       

 Music

 

 室井    ただいま!

 

 美枝    あら〜お帰りなさい!

 

 航海    ノリノリ…!

 

 室井    なんか良い匂いがするな!

 

 美枝    ふふ、今日はね、ご馳走よ! なんだと思う?

 

 室井    そうだな、うーん、ラム肉の燻製かな?

 

 美枝    は? なにそれ? …じゃなくて、ブッブー! 違うわよ❤️

 

 室井    はははっ、違ったか。じゃあこの匂いの正体は?

 

 美枝    えーっと…答えはカズくんが。

 

 航海    え!? 僕!?

 

 室井    カズ、お母さんなに作ってんだ?

 

 航海    …か、カレー?

 

 美枝    正解! そう、カレー!

 

 室井    なんだ、カレーだったか。

 

 美枝    なんだってなによ、なんか文句でもあんの?

 

 室井    いいや、大好物さ! 君のカレーなら毎日食べられるさ。

 

 美枝    んもう!

 

 室井    ん? 兄さん! 来てたのか。

 

 美枝    そう、カズくんの誕生日をお祝いに来てくださったんですって。

 

 ハル    なっ、お前…!

 

 美枝    アンタも痛い目に遭いなさいよ…!

 

 ハル    くそっ…。

 

 室井    兄さん、今日はゆっくりしていってよ。

 

 ハル    あ、あぁ、ソウサセテモラウヨ。

 

 美枝    さぁ、席について。食べましょ食べましょ。

 

 室井    そうだな、お腹がペコペコだ。

 

 航海    うん、そうだね。

 

 美枝    じゃあ…

 

 三人    (美枝航海室井)いただきまーす!

 

 間

 

 室井    …うん、美味いぞ!

 

 美枝    隠し味が効いてるわね!

 

 室井    隠し味? なにを入れたんだ?

 

 美枝    えっと…なんだっけ?

 

 航海    えぇ!? えっと…なんでしょう? わさび?

 

 美枝    わさび!? 美味しいの?

 

 航海    美味しいですよ。

 

 美枝    そうなんだ、今度やってみようかな。

 

 航海    いや今度っていつですか。

 

 美枝    カズくん、今は親子なんだから敬語はナシだよ。

 

 航海    あ、は、はい。じゃなくて、うん。

 

 室井    そうだ、カズ。最近学校はどうだ?

 

 航海    え、いや、普通です…普通だよ。

 

 美枝    普通ね、彼女でもできた?

 

 航海    っ…!

 

 室井    お母さん、カズも思春期なんだから。

 

 美枝    でも父さんも気になるでしょ?

 

 室井    それもそうだが…。

 

 美枝    どうなの?

 

 航海    ……。

 

 美枝    カズくん…?

 

 室井    えっと…どうか、しましたか?

 

 航海    …のどか。

 

 美枝    えっと、あ! そうよ、あなたプレゼントは?

 

 室井    プレゼント…そうか、誕生日だったな、ほら、えっと…

 

 ハル    もういい!

 

 間

 

 ハル    なんだこの茶番は! 拙いにも程があるだろう。

 

 美枝    精一杯頑張ったわよ。

 

 室井    でも私は満足しました。ありがとうございました。

       これで未練なく逝けます。

       

 ハル    そうか。

       …少年はどうだ。

 

 航海    僕、ですか…?

       …室井さんの役に立ててよかった。

       

 ハル    …それでいいなら構わない。

 

(ハト登場)

 

 ハト    (鼻歌)

 

 ハル    さて、他に何かやり残した者は?

 

 室井    美枝さんはどうですか?

 

 美枝    私? 大丈夫ですよ。こうやって楽しい時間が過ごせて満足です。

 

 ハル    少年は?

 

 航海    大丈夫です。

 

 室井    ハルトンさんは…そうでしたね。

 

 ハル    あぁ。

 

 美枝    それじゃあ、ね?

 

 室井    はい。

 

 ハト    (鼻歌)

 

 美枝    ……ねぇ。

 

 ハル    なんだ。

 

 美枝    死に間際の人が幻覚を見るって話、信じる?

 

 ハル    よくある話だと思うがね。

 

 美枝    なんかね、あっちにいる。

 

 室井    奇遇ですね。私にも何か見えているんですよ。

 

 美枝    室井さんも? じゃあ…

 

 航海    う…うん。

 

 ハル    同じく。

 

 美枝    幻覚だよね…?

 

 室井    集団催眠という説も。

 

 ハル    ありえんな。俺は至って正常だ。幻覚など見るわけがない。

 

 美枝    じゃあアレはなに?

 

 ハル    さあな。新しい同志じゃあないのか?

       歓迎してやればいい。

       

 航海    で、でも、くるとこ見ました?

       この屋上へ来る道は…

       

 室井    はい、私達全員が通ったあのドアのみ。

       誰かが開ければその開閉音で

       我々の誰かが気づくでしょう。

 

 間

 

 航海    どうします…?

 

 室井    聞いてみましょうか?

 

 航海    えぇ!? 勇気ありますね。

 

 室井    どうせ死ぬんです。もう怖いものなんてありませんよ。

 

 航海    確かに…?

 

 美枝    頑張って!

 

 ハル    幸運を。

 

 室井    あの、

 

 ハト    はい。

 

 室井    失礼ですが、どちら様でしょうか?

 

 ハト    誰だと思う?

 

 室井    私たちの同志、ではなさそうですね。

 

 ハト    なんで?

 

 室井    あまりオカルトを信じているわけでもないのですが…

       あなたの存在はにわかに信じがたい。

       人ではない別の何かに感じるのです。

       

 ハト    私はハト。苗字は、そうだな。

       遠藤。遠藤ハト。

 

 室井    ハトさん、遠藤さんでしょうか?

 

 ハト    どっちでもいいよ。

 

 室井    それで、あなたはなんのようで?

 

 ハト    そうだなぁ、実はね、私死神なんだ?

 

 室井    死神…?

 

 ハト    死にたがりのみんなの魂をいただきに来ちゃいました!

 

 美枝    えぇ!?

 

 航海    死神っ…!?

 

 ハト    なんてね。さぁ、本当はどうでしょう。

 

 室井    とにかく、人ではないと言うのですか?

 

 ハト    それを問うのが貴方達であるならば、答えはノーだよ。

 

 室井    どう言うことでしょうか…?

 

 ハト    決めるのは貴方達だよ。

       貴方達の目には、私はどう映る?

       

 美枝    どうって…

 

 ハル    無論。女神だ。

 

 美枝    はぁ?

 

 ハル    歓迎するよ。我が生涯の幕引きに素晴らしい役者を得たものだ。

 

 ハト    歓迎してくれるんだ。じゃあ、一緒に死のっか?

 

 ハル    なに…?

 

 ハト    だってそれが目的でしょう?

       私の目的も、大体おんなじ。

       

 ハル    …まだ、君の舞台は終わっていない。

 

 ハト    そんなものはないよ。

       私の役目はエンドロール。

       貴方達のおしまい。

 

 ハル    まだだ! この物語はまだ終わっていない!

 

 ハト    ううん、おしまいだよ。

 

 美枝    待って! 全然意味がわからない!

 

 室井    ご説明をお願いします…!

 

 航海    みなさんは、もう飛びますか…?

 

 美枝    カズくん…?

 

 室井    それは、まぁ…。

 

 航海    僕は……

 

 ハト    まだ飛びたくない。

 

 室井    え…?

 

 ハト    君だけじゃないよ。

 

 航海    …そうだ。僕たちは…本当はまだ、死にたくない。

       だから彼女は…。

       

 ハト    死神、かもね。

 

 間

 

 ハト    教えてよ。貴方達が、ここへ何をしにきたのか。

 

 室井    …終わらせにきた。真っ暗な現実を。

 

 ハト    何を思ってきたのか。

 

 美枝    …大嫌いな自分を、終わらせに。

 

 ハト    断ち切る覚悟はできたのか。

 

 ハル    …これが最後だと歯を食いしばった。

 

 ハト    答えは出ているはずだよ。

 

 航海    …悔やみきれない過去がある。

 

 ハト    そうだね、死にたい理由が、死にたくない理由なんだよね。

 

 航海    そうなんだ…、僕はどうすればいなくなるのかな…?

 

 ハト    ちょっとだけ、話そっか。

 

 M?

 

 航海    逢いたかったんだ、君に。

 

 ハト    私に? 人違いだよ。

 

 航海    そうなの?

 

 ハト    うん。私は「のどか」じゃないよ。

 

 航海    …そうだよね。だって「のどか」は…

 

 ハト    死んじゃったんだもん。

 

 航海    なんで死んじゃったのかな…?

 

 ハト    なんでだと思う?

 

 航海    …わかんない、じゃダメかな。

 

 ハト    だめだよ。それじゃあ意味がない。

 

 航海    そうだよね、本当は、ちゃんと理解しているよ。

 

 ハト    そうだよ、だから。

 

 航海    ここにきたんだ。

 

 ハト    うん。

 

 航海    でもね…大好きだったんだ。

       君がいなきゃ、今日まで生きてこようと思えなかった…!

       

 ハト    うん。

 

 航海    だから…寂しいよ。(紙クシャ音)

 

 ハト    それは遺書。…ううん、ラブレター。

 

 航海    うん。

 

 ハト    読んでみてよ。

 

 航海    …「君がいたから、僕は救われたんだ。

       寂しい時も、苦しい時も、どんな時でも、君がいてくれたから。

       だから。ずっとずっと…大好きでした。」

       

 ハト    嬉しいな。

 

 航海    本当?

 

 ハト    うん。のどかは、幸せ者だ。

 

 航海    本気で言ってるのかい?

 

 ハト    のどかだけじゃないよ。

       みんな、君のために「生きていた」。

 

 航海    そうだね。

 

 ハト    貴方の苦しみを、一人一人が手を取り合って。

 

 美枝    寂しかった。独りぼっちの「僕」を見てほしかった。

       だから、背伸びをして、後戻りできなくなった。

       

 室井    無駄なことばかりだ。報われないことばかりだった。

       「僕」が生きてる意味なんて、どこにもなかった。

 

 ハル    だから、「君」がいた。「僕」と「君」が全てだった。

       それ以外は意味をなさなかった。

 

 航海    気づいてしまった。そんなことに、なんの価値もないことに。

       気づいてしまった。全てが、過ちであることに。

       

 ハト    だから死ぬんだ。

 

 四人    (ハト以外)それでも「僕」は生きていた!

       どうしようもなく、「僕」を生きていた!

 

 航海    ここで…終わりにするから…!

       もう一回だけ…逢いにきてくれないかなぁ!?

       明日の「僕」は、きっと頑張るから!

       ちゃんと生きるから!

 

 間

 

 ハト    ごめんね。

 

 航海    謝らないでくれよ。君は悪くないんだから。

 

 ハト    それでも伝えておかなくちゃ。これが最後なんだから。

 

 航海    …そうだね。

 

 ハト    …どんな気持ち?

 

 航海    もう、大丈夫。

 

 ハト    本当に?

 

 航海    …多分?

 

 ハト    じゃあ、大丈夫だ。

       君は、君が思うよりずっと強い人だから。

       

 航海    そうかな。

 

 ハト    うん。

 

(風の音)

 

 ハト    すっごい高いんだね。

 

 航海    怖いの?

 

 ハト    君こそ怖くないの?

 

 航海    大丈夫。

       だって…

       後悔はないから。

 

 Music

 階段を登る音

 ドアを開く音

 足音

 

 のどか   あ。

 

 少年    やぁ。

 

 のどか   飛び降りるの?

 

 少年    まさか。

 

 のどか   だよね。

 

 少年    お別れを言いにきたんだ。

 

 のどか   お別れ。

 

 紙クシャ音

 

 のどか   あ、ラブレター。

 

 少年    うん。

 

 紙を引き裂く音

 

 のどか   破いちゃうんだ。

 

 少年    うん。

 

 短い間

 

 のどか   いつか、たまにでいいよ。

       ふとした時に私を思い出してね。

       

 少年    うん。のどか、大好きだよ。

 

 のどか   ありがと。

 

 少年    じゃあね。

 

 のどか   うん、バイバイ。

 

 飛び降りる音  M

 

                         ──終──  

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