第1話 きいん駅
「・・・せん・・・」
(・・・ん?)
「すいません・・・」
俺が目を開けると、目の前にはオシャレなスカートとほっそりとした足が見えた。慌てて見上げると、茶髪のショートボブの女性が目の前に立っている。彼女はたしか大学生グループのひとりだ。
「起こしてしまってごめんなさい」
「え、いや・・・あれ、着いた・・・?」
まだ寝ぼけていたせいで、焦ってキョロキョロと辺りを見る。見たことのない風景だ。電車は停まっていてドアが開いているが、下車する駅ではないのでホッとした。ショートボブの女子学生を再び見る。
「実は・・・電車が停まったままで動かないんです」
「何分くらい動いてないの?」
「30分くらいです・・・」
30分と聞いてびっくりした俺は他の大学生たちも見た。一様に困惑した顔をしている。途中下車中なのに30分はさすがにおかしい。うーん、どうしようか。
「俺が運転手さんを見てくるよ。あと車掌さんを誰か見てきてくれないか?」
「僕が行きます!」
学生たちに聞いてみると、黒髪で髪の短い男子学生が返事をしてくれた。
「それじゃあ頼むよ。あと誰か、棚のバッグ見張っていてくれない?」
誰かに取られるなんて事はまずないだろうが、棚を見上げながら一応お願いしてみる。
「わかりました、見張ってます」
返事をしてくれたのは黒髪ロングヘアの女子学生。
彼女に頷いた俺は先頭車両に向かう。自分たちが乗っていた車両はたしか3両目のはず。2両目の車両に入ったが誰もいなかった。1両目に移るがそこにも誰もいない。
先頭の運転席のところまで来た。運転手がいない。運転席の後ろのドアから顔を出してホームを見回した。しかし誰もいない。
「どういうこと?」
俺は急いで元の車両へと戻った。たしか2両目にベビーカーを引いたお母さんとスーツのおじさんが乗ったはず。彼らもいないけど、途中で降りたかな。
3両目に入ると、ちょうど車掌を見に行った男子学生も入ってきた。元々座っていた席に戻った。ついでにキャリーバッグは無事だった。
「運転手はなぜかいなかった。車掌さんはいた?」
「こっちもいませんでした。それと・・・他の乗客が誰もいないんです」
「こっちも誰も乗ってなかったよ・・・」
俺と短髪男子学生の話を聞いて、他の学生たちが慌てた。
「ちょっと待って!俺たち以外、全員電車から降りたってこと?」
「事故が発生してみんな避難したとか?」
「誰も気付かないなんてありえるか?」
黒髪メガネの男子学生と茶髪の男子学生が矢継ぎ早に質問しあっている。俺も事故かもと少し焦ったが、なんか変だ。
「ちょっと確認させてくれ。俺は寝ていて、起こさるまで何も気付かなかったけど、君たちはどうなんだ?」
学生たちに聞いてみた。彼らが互いの顔を見合わせるとロングヘアの女子学生が俺に振り向いた。
「先ほど話していたんですが、わたしたちも寝ていたようです。わたしが目を覚ますとすでに電車が停まっていて、皆はまだ寝てました」
「つまり誰もこの駅に停まったのを見てないってことか・・・」
俺の独り言みたいなつぶやきに全員が頷いた。
「それに携帯が繋がらないみたいで・・・」
「マジかよ」
ポケットに入っているスマホを取り出し画面を見ると、圏外のマークがついていた。今どき圏外の場所なんてありえねえだろ・・・。使えないスマホをポケットに戻した。
この先どうしようか。電車に留まって駅員が来るのを待ったほうが良いのか。それとも電車から降りたほうが良いのか・・・。
「俺は電車から降りて周囲を見てくるよ」
彼らにそう言った後、キャリーバッグを棚から下ろして、開いているドアからホームへと出た。ホームは1つだけで、真ん中に古めかしい小さな駅舎がポツンと建っている。駅から反対側には森林が広がっていた。
ホームに立っているボロボロになった
「きいん駅か」
何か引っかかるが、聞いたことのない駅だ。ゴロゴロとキャリーバッグを引いて駅舎に向かった。改札口には古ぼけた赤い箱が置いてあるだけだ。ご利用済みのきっぷはこの箱に入れてください、か。下車するつもりはないから、切符は入れずそのまま通り過ぎる。
駅舎の中を見回すがベンチがあるだけで、他に目立った物は何もない。路線図の看板すらなかった。俺は駅舎の外に出た。
「そりゃ圏外もありえるか・・・」
ホームにいる時は気付かなかったが、ここは山々に囲まれた小さな村だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます