KAC2022 夏の二人

かざみまゆみ

第1話 夏の二人

 過ぎ去る夏の日を惜しむような蝉しぐれを聞きながら、私は日記を書いていた。


 それは二人だけの大切な思い出。






 高校二年生の夏休みも残り数日というある日、私たちは神奈川県の海岸に来ていた。


 お盆も過ぎ、海にはサーフィンを楽しむ人たちだけしかいなかった。


 私と真緒は砂浜の見渡せる防波堤に腰を下ろしていた。


 小さなビニールシートに並んで座り海を眺める。


 私は荷物の中からお弁当を取り出した。


「今日はね、真緒のためにお弁当を作ってきたんだ」


 大量の保冷剤に包まれた弁当箱は大きく無骨なアルミ製だった。


 男家族の中で育ったため、家には女性物の可愛らしい弁当箱などは無い。


 私は顔を真っ赤にしながら大きな体をこれでもかと縮めた。


「こんなお弁当箱しか無くて恥ずかしいけど……」


 真緒が目を輝かせて私の顔を見る。


「若葉のお手製だけでボクは死ぬほど嬉しいよ! 大きいお弁当箱だって二人で食べれば丁度いい大きさだよ!」


 薄水色のワンピースに赤い麦わら帽子。


 真緒は私よりも遥かに小柄で愛らしいショートボブの少女だが、何事にも積極果敢で少し短気。まるで少年のような女の子だった。


 真緒は待ちきれないとばかりに弁当箱の蓋を開けた。


 私たちの眼前に美しい花畑が広がる。


 自分で言うのも恥ずかしいが、今回のお弁当は自信作だった。


 鈍色の器の中に色とりどりのおかずたち。


 お手製のBLTサンドに唐揚げと卵焼き。


 色鮮やかなカットフルーツにポテトサラダとミニトマト。


 他にもたくさん詰まっている。


 高校で寮に入るまで、毎日家族の食事を作っていたからお弁当は得意だ。


「真緒。手を拭いてから食べようね」


 待ちきれない様子の真緒にウエットティッシュを差し出す。


 真緒は慌ただしく手を拭くと「いただきます!」とお弁当に手を伸ばした。


 美味しそうに食べる真緒の姿が見られて私も嬉しくなった。






「ねぇ若葉、どこか二人だけで旅行に行かない?」


 私は真緒の急な提案にドキリとした。


 えっ、行きたいけど。そんな急に言われても心の準備が出来ていないというか……。


「夏と言えばやっぱり海かな! ボクねぇ、高校生になってから一度も行って無いんだよね!」


 真緒はどんどん話を進めて行く。


 私と真緒は普段は百本桜学園で寮生活をしているけど、夏休み期間中はお互いの実家に帰省し会えていなかった。


 だから夏休みの宿題をやるという理由でも真緒と会えるのが楽しみだった。


 学校や寮は夏休み中でも帰省しない生徒や部活動に参加する生徒のために開放されていた。


 ここの図書館は図書館でも数人の生徒たちが勉強をしている。


「真緒。少し声を小さくして。図書委員に怒られちゃうよ……」


 貸し出しコーナーに座っている女生徒と目があった。


 彼女は一瞬だけこちらに視線を送ると、すぐに読みかけの書籍に目を落とした。


「あれ特進コースの三栗谷さんだよね。確かハーフの?」


 真緒が耳元でささやく。


「ひゃっ!」


 真緒の吐息が耳にかかり私は変な声を上げてしまった。


 館内の生徒たちが一斉に私のことを見る。


 うつむきながら頬が焼けるように熱くなるのを感じ、あまりの恥ずかしさに薄っすらと目に涙が浮かんで来た。


 生憎と大柄な私の体では真緒の影に隠れることも出来ない。


 私は机に突っ伏して出来るだけ目立たないようにした。


「ゴメンゴメン、若葉。ビックリさせちゃった?」


「真緒ぉ、寿命が縮むから勘弁してぇ……」


 私の心臓はまだ落ち着きを取り戻していない。


 いや、真緒とこうやって一緒に入られて嬉しいんだけどね。


「それで、海なんだけどね……」


 真緒の顔がさらに寄ってくる。


 あぁ、もう勘弁して!






 打ち寄せる波が砂浜に書いた二人の名前を消していく。


 真緒が貝殻を拾って海に投げた。


 海風に煽られて貝殻は波打ち際に落ちてしまった。


「あれー……、あんまり飛ばないなあ。若葉が投げたらどこまで飛ぶ?」


 真緒に促されて私も同じぐらいの貝殻を投げた。


 桜色の貝殻はきれいな放物線を描いて波間に着水する。


「おぉ。さすが若葉だね! 若葉もスポーツやったら良いのに?」


 真緒は麦わら帽子を持ち上げながら私の顔を見上げた。


 スポーツやれば?


 生まれてから何度と無く聞かされた言葉だ。


 男ばかりのスポーツ一家に生まれ体格にも恵まれた。


 だが、如何せん性格が向いていなかった。他人と競い合うことが苦手で良い思い出が全く無かった……。


「ゴメン。この話題苦手だったね」


 少しうつむいていた私の心を察したのか真緒が申し訳無さそうな顔をした。


「でも楽しかったね! 夜だったら花火をしたかったのになぁ!」


 日が傾き始めた浜辺に二人の影が伸びる。


「大学行ったら一泊二日とかで旅行に行きたいね」


 私はポロッと本音を漏らしてしまった。


 真緒が振り返る。


 夕日に照らされたその顔は満面の笑みで満ちていた。


「まだ一年以上あるよ。それでも良いの?」


 私は静かにうなずく。


 真緒が私の手を握りしめた。


「約束だからね!」


 私はもう一度うなずくと真緒の手を握り返した。




 二人だけの夏の思い出。


 そんな大切な思い出を私は日記にしたためた。

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