最終話 これからの未来

──星歴788年、3月7日。

今日は、『前』で私が、死んだ日だ。


……この日、私は、正式にレオ王子との結婚式を迎えることになった。


「……本当にこの日でいいのか?」

「はい。……『前』とは違うんだって、そう、よく分かりますから」


この1年、私とレオ王子はたくさんお話をした。

たくさん、同じ時を過ごした。


最初は、お互いどういう感情を抱いているのか、自信がなかった。

けれど、レオ王子は真っ直ぐに、「ヴィオラが好きだ」と伝えて下さった。

……ただの罪悪感でここまではしないと、最近気づいたばかりだけど、と。

照れくさそうに笑ってらっしゃったけれども。


レオ王子は、アレン様……いいえ、アレン王子からの、手紙を受け取った時も。

あの人は、私の隣にいて下さった。



『これは……』

『アレン王子からの、君へのお手紙。……読むも、捨てるも、君に任せるってさ』



確かに渡したよ、と。

フラガリア様から受け取った封筒には、見慣れた、几帳面な綺麗な字が並んでいた。


……正直、とても、怖かった。


リーゼッヒ王国で、リリィ様を異常な程に慕っていた方々は、一斉にその感情が消え失せたそうだ。

……まるで、夢から覚めたかのように。


両親が、血相を変えて、打首になることも覚悟でハイル帝国の王宮へと駆け込んで来た。

クレアは、自ら死を選ぼうとさえしたらしい。

友人の方々も、泣きはらし、己を悔いて、寝込んでいる人もいるそうだ。


全部、リリィ様のせいだった。

そう、わかっていた、けれど。



──弱い私は、まだ、みんなと会うことも出来ずにいたのだ。



そこに届いた、アレン王子からの手紙。

……会うのは、怖い。読むのも、怖い。


けれど、けれど──……



『……大丈夫だ、ここにいる』



こんな弱い私を、支えてくれる。

この人に、ほんの少しでも、応えることが出来たら、と。


私は、その手紙の、封を開けた。


──そこに書かれていたのは、心からの謝罪と、私に幸せになって欲しいという、切なる願い。


例え、秘術のせいであったとしても、私を信じることが出来なかったこと。

違和感を感じることも多くあったのに、それを追求しなかった。

本当に、私を愛していたこと。


……だからこそ、自分が赦せないこと。


己は、王子に相応しくないこと。

王位を返上し、王家の血を分けた公爵家の嫡男に、譲ること。


自分は、マーガレット家の犠牲になった人達の供養をするために教会で働く事。

正しく孤児院を運営するように、そちらの監督も務めること。


……そして、私に、幸せになって欲しいこと。


傷つけた自分が、隣にいようなんて思わない。

けれど、遠くから、私の幸せを願うことは許してほしいと。

神に祈ることだけは、許してほしいと。



──いつの日か、幸せに笑う君を、遠くからでも、一目見れたらと、そう願っています。



手紙は、そう締めくくられていた。

読み終わり、いつの間にか泣いていたのか、止まらない涙に困惑する私を、レオ王子はずっと隣にいて、支えてくれていた。



***



「レオ王子……いえ、レオ様」

「……ああ。ヴィオラ」


王宮に止まった馬車の前で、私はレオ様と向き合う。

今から、婚姻の祝賀パレードがハイル帝国の城下町で行われるのだ。

ここからでも、城下町の賑やかな声援が、微かに聞こえてくる。


──招待状を送った方々は、来て下さるかしら。


ほんの少しだけ笑って、目の前の旦那様を見る。

平時から美しいその人は、今日はもっと、美しかった。


「ヴィオラ、綺麗だ」

「レオ様、本当にお美しいです」


ほとんど同時にお互いを称えて、それから笑い合う。

──ああ、なんて、幸せな。


私は、まだまだ弱い人間だ。

今回の事件だって、己1人で解決することも、足掻くことも出来ず逃げてしまった。

王太子妃としても、王妃としても、きっと相応しくないのだろう。


けれど、けど。


『俺と一緒に、成長していかないか』


こんな私でも、良いと言ってくれる人がいた。


『一緒に、育んで欲しい』


……こんな私を、愛したいと言ってくださる、方が、出来たの。



「ヴィオラ」


ふと、レオ様から手を差し伸べられる。

木漏れ日の中から、こちらに向かって差し伸べられる、大きな手。

綺麗なオレンジ色が、私を柔らかく見据えている。


──願わくば、もし、次があるのなら。


ゆっくりと、差し伸べられた手に、自分の手を、重ねる。

しっかりと、けれど優しく握られる手の温もりが、こんなにも胸を締め付ける。


──最期に、この人に……この方に


「はい。……レオ様」



──この手をとってもらえるような、そんな人生を


共に、歩んで行きたいと、そう思うのだ。



END


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る