第20話 破滅の報せ

「……と、言うわけで、アレン王子の殺人未遂は無事に片付きましたとさ、めでたしめでたし」


ちゃんちゃん、と棒読みで告げる男性は、『今は出かけている』とレオ王子に紹介されていた、フラガリア様だった。

綺麗な赤髪と、整ったお顔立ちの印象的な彼が持ってきた、『突然の知らせ』の内容は、とてもとても壮大なものだった。


「やっぱり黒だったか。あの家」

「それはもう、真っ黒。これからたくさん余罪も出てくるんでない?」


砕けた調子で話す様子から、どうやらだいぶ親しい間柄のようだ。

思わず見つめていたら、レオ王子が「ああ、そうだよな」と笑った。


「ルイスは、俺とライが小さい時から一緒に育ってるんだ。親父の知り合いの子らしくてな、……半分くらいうちの家族みたいなもんだ」

「まあ、そうなんですね」

「正式な養子縁組はしてないから、あくまでもただの貴族だけどねぇ。……レオの子供の頃の話、聞きたい?」

「えっ、き、聞きたいです……!」

「おいやめろ今すぐやめろ」


愉快そうに「あれは3歳の時のおねしょ……」と続けるフラガリア様の話を楽しみにしていたら、急にレオ様に耳を塞がれてしまった。

どうやら余程私に聞かせたくないらしい。


おねしょ、なんて。レオ様にもそんな頃があったのね……。

声は聞こえないけど、フラガリア様はとても楽しそうな顔をされている。

ライ王子の秘密も言い出したんだろう。真っ赤に顔を染めて、フラガリア様を止めようとされている。


そのやり取りが、あんまりにも『ただの兄弟』みたいで……思わず、私も笑ってしまっていた。



***



まだ体調が万全ではないヴィオラが、自室に戻った後。

俺たちは、ルイスの話の続きを聞いていた。


──ここから先の話は、まだ傷の癒えていないヴィオラには、聞かせたくないものだ。


「……それで、どうなった?」

「リリィ・マーガレットは王族への殺人未遂、及び多数の殺人の容疑で来週の公開死刑が確定。マーガレット一族は隣国の王子と、その正式な婚約者を害そうと情報漏洩を行った罪。重要なバッジを紛失した罪。並び今までの悪行諸々でお家取り潰しの上で、使用人含めてこちらも全員死刑」


諸々の罪状はこちら、と手渡される書類を、ライと共に読み上げる。


マーガレット家は『秘術』とやらのために、孤児院の子供を『架空の店へ預けた』と城へ報告し、その子供を『生贄』に捧げていたらしい。

そんな暴挙が今までバレなかったのも、『秘術』とやらの効果なのか……胸糞悪い。


孤児院でちょうどいい年頃の子供が見つからなかった時は、保護していた貧民を殺す事も多数あったという。

「栄養失調からの病」「過労が祟った突然死」。

そんな言葉で片付けられていた死亡報告書が、いくつもあった。


「色々言い逃れをしようとしたみたいだけど、レオから預かったバッジのおかげで逃がさずに済んだよ」


マーガレット家は全てを「言いがかり」と片付けようとしたが……残念ながら、『隣国の王子の襲撃を示唆した事』は紛れもない事実。

それだけで十分罪状としてはお釣りが出る。


リーゼッヒ王国で使われているバッジは、前も言ったが紛失しただけで重罪となる。

だが、もちろん中には『紛失した』事を隠そうとする輩もいるわけで。

当然、その対策も王家は行っているようだ。

……あくまでも隣国の話だから、憶測でしかないが、製造番号の保存や王家にしか伝わらない隠し仕込みとかじゃないだろうか。

ちなみに、盗賊の頭に密告をしたのはリリィの叔父にあたる人間だったようだ。


まあ、そんなこんなで。


「これにて、ハッピーエンド、かね」


ルイスの言葉に、安堵の息が、口から漏れ出た。



***



──場所は変わり、リーゼッヒ王国、罪人地下牢。

ここは、罪人の中でも重罪人が閉じ込められる所だ。


リリィは、そこで永遠にブツブツと呟いていた。


「なんでなんでなんでなんで私がヒロインヒロインヒロインなのになんでなんでなんでヒロインは愛されるものヒロインは許されるもの私のための世界なのになんで私が悪いの嫌だ嫌だ嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌死にたくない」


ガリガリと爪を噛み、美しかったピンクの髪はぐちゃぐちゃに絡まり、手入れのされていた肌はくすみ落ちくぼんでいる。


「………そうだ。また『おまじない』をすればいいのよ」


幽鬼のようにゆらりと顔を上げ、薄ら笑む。

その様子は、以前とは似ても似つかない。


──いや、『前』の彼女の最期も、似たようなものだった。

リリィが、覚えていないだけで。


リリィは、服の下からピンクの宝石を取り出す。

これはお祖母様に頂いた大事な大事な宝物。

これさえあれば、私はまたあいされる。


そう、思い、ネックレスを首から外して。



──リリィは、もう限界だったのだ。


今までの贅沢暮らしとは打って変わった、不衛生な牢屋生活。

元々体の強くない彼女の手元が、おぼつかなくなっているのも。


その、ネックレスを──宝石を、落としてしまうのも。


もはや、当然の事だった。


「あ────」



───パリィン



とても、とても軽い。

心地よい音が響いて、『大事な宝物』は、砕け散ってしまった。


「………ぁ、あ……ああああああああぁぁぁ!!!」


リリィの口から絶叫がこぼれ落ちる。

無理もない。最後の希望が、目の前で文字通り砕け散ってしまったのだから。


そうして、砕けた宝石へと手を伸ばして──


──ぼろっ、


その手が、崩れた。


「……………え?」


彼女は、リリィは──『おまじない』で幼少期に生きながらえたのだ。

そして、『おまじない』は『生贄』と『宝石』があり、成立するもの。


『宝石』が砕かれ、『おまじない』は無効となる。

『おまじない』で生きながらえていた体は、崩れ落ち始める。


生きたまま、まるで水に濡れた紙のように、ボロボロと。


「やだ、いや、たす、け……」


あまりにも非現実的すぎる光景に、叫び声をあげる余裕もないのだろう。

崩れ落ちた手を戻そうとして、また崩れる。


限界だった彼女は、そう、鉄格子へと手を伸ばす。

光を求めるかのように、微かな松明の光へ向かって。




──その手も、光に届くことなく、崩れ落ちた。




その後、門番がその牢屋を尋ねた時。

──そこには、空っぽな囚人服と、砕け散った宝石のみが残されていたという。


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