第19話 彼女の破滅


──ぐら、り。


体が、押される力に従い、窓へと反り出る。

足元が浮く感覚が、し、て──



「はい、そこまで」



がしり。


来るだろう衝撃に目を瞑った僕だったが、感じたのは地面に叩きつけれれるそれではなく、体を支えられる力強い手のひらの感覚。

そして耳に滑り込む聞きなれない声に、恐る恐る目を開けた僕の目に飛び込んで来たのは、……騎士に取り押さえられる、リリィの姿だった。


僕は、黒服に身を包んだ──影に、落ちかけた体を支えられていた。

僕が無事なのを見ると、体勢をなおし、影は静かに下がる。

……あれは、ハイル帝国の……?


「何よ、……っ、何をするんですかっ!?ひどい、離してください……!」


一瞬だけ激昂しかけるリリィだったが、直ぐに『いつものように』涙を浮かべる。

……『いつもなら』、きっと駆け寄り、騎士を叱責し、リリィを助け起こしただろう。


けれど、今の僕に……そんな事をする気は、微塵も起きなかった。


動けない僕を置いて、事態は進んでいく。

リリィは、何かを叫んでいたようだけど、そのまま騎士に連れられて行った。


「国王様、見てましたね?」

「……ああ。この目でみた。悪い夢が、覚めたかのようだ」

「父上……」

「おお、アレンよ。息子よ。怪我はないか?」

「……はい。そちらの方は……?」


呆然と立ち尽くす僕に、父上が声をかけてくださる。

いけない、しっかりしなければ。

……そう思うのに、出てきたのは間抜けな質問だけだった。


燃えるような赤髪の、とても顔立ちの整った男性。

この国の官服ではない……ハイル帝国の官服を身にまとった彼は、何となく見覚えがあった。


何度か、パーティーでお会いした事があるはずだ。

確か、名前は──……


「申し遅れました、アレン王太子。私はハイル帝国、時期国王。レオ王子の副官を務めております。

──ルイス・フラガリアと申します」


以後、お見知り置きを。

そう微笑んだフラガリア殿に、「男も落とす色男とはこんな人を言うんだな」なんて場違いな事を考えてしまった。

もちろん、ただの現実逃避である。



***



あれから、応接室で話をした。

ハイル帝国では、かねてよりマーガレット家の悪事を怪しんでいたようで、数ヶ月前から影の方とフラガリア殿を「視察」という形で王城に送り込んでいたらしい。


それも、全て指示はレオ王子がしたという。


後日、レオ王子からの謝罪と報告があるらしいが……おかげで僕の命は救われた。

恐らく、影の存在も不問になるだろう。

フラガリア殿は「正式な視察」としての手続きも踏んでいたようだしね。


そして、先程の騒動の際は、僕を探すリリィを見つけ、影が尾行を行ったのだそうだ。

そうしたら様子がおかしかったため、現行犯逮捕をするために父上とフラガリア殿を至急呼び、あのような捕り物になった、とのことらしい。

……僕は、本当に運が良かった。


不思議なことに、僕の心の中にずっと巣食っていた、『リリィへの恋心』は、きれいさっぱり無くなっていた。


「父上、リリィが気になることを言っていたのです。『王子を生贄にしたら、もっと強いおまじないになるだろう』、と──……」

「なんと、……それは本当か!?」


僕の言葉に、父上がガタリと立ち上がる。

だが、直ぐに客人の前と冷静さを取り戻し、再び腰掛けた。

……このような切り替えの速さも、僕は身につけなければいけない。


「……他国の方の前だが、よいだろう。どの道、淘汰せねばならぬものだ。……そうか、まだ、残っていたか……」



父上の話は、僕も初めて聞くものだった。

王位を継ぐときに、代々伝えられる話のようだ。


ひとつの国につき、ひとつの秘術が存在する。

そして、それらを継承する一族がいるらしい。

それは、各国での機密となり、不可侵の領域とされるものだ。


だが、我がリーゼッヒ王国に伝わる秘術は、到底人道的に看過出来るものではなかった。


「『生贄を得ることで、術者の願いを叶える』秘術……」

「ああ。……あまりに非人道的すぎるそれを、当時の王族は危険とみなし、その一族を抹消したのだ。……した、はずだった」


その一族の生き残りが、1人だけ存在したのだ。

一族が淘汰される前に、他の貴族へと嫁いだ女性。

庶子だったその女性は、貴族名鑑に登録されていなかったのだ。

それが、マーガレット家の祖先……リリィの、実家だった。


「バッジの制度もその時生まれたのだ。『あの一族』の者ではないと、他の家の者の証明となるように、な」

「そう、だったのですか……」


あまりにも、非現実的すぎる内容だ。

……けれど、それを身をもって味わった僕は、与太話と一掃することは出来なかった。


あんなにもリリィを愛しく思った、あの気持ち。

あんなにも、リリィを「守らなければ」と強迫観念にも似た思いを抱いていた。

あれは全て、リリィの『願い』によってねじ曲げられたものだったのか……。


リリィが捕まったからだろうか。

僕も、父上も、もう『秘術』の効果は無くなっているらしい。


そうすると、湧き上がってくる思いは、一つだけ。

脳裏に浮かぶ、人の姿も。



──ヴィオラ。



彼女に、──どうしようもなく僕が傷つけてしまった彼女に、……まずは、心からの謝罪をしたい。


ハイル帝国へと戻るというフラガリア殿に、僕は一つだけ、頼みを預けた。

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