第17話 僕の夢

最近、よく見る夢がある。

その夢の中でも、ヴィオラは隣にいない。


夢の中の僕は、王妃となった『彼女』の隣で幸せそうに笑っている。

当然だ。だって僕は、『彼女』を愛しているのだから。

あいしている『彼女』が隣にいて、僕は毎日がしあわせで。


……最近、よく見る夢がある。

その夢は、そのシアワセは、毎回突然告げられた一言で、崩れ去るんだ。



『ヴィオラが、死んだ……?』



顔を真っ青にした父上からの言葉に、足元が崩れるかのような衝撃が走る。


ヴィオラ。

僕の婚約者だった少女。


とても素敵な女性だと思っていた。心から愛していた。

きっとこの先もずっと、彼女と手を取り合い過ごして行くのだと、そう思っていた。

けれど、ヴィオラは変わってしまった。



『アレン様、……きっと、私が悪いのです。ヴィオラ様は、何も悪くないのです』



腫れた頬を抑え、涙を流す『彼女』。

そんな『彼女』を見て、湧き上がったのは、愛おしさと、「僕が守らなければ」という使命感。


そして、『彼女』にこんな仕打ちをするヴィオラに対する、激しい侮蔑の感情だった。


──何故、僕は『彼女』の言うことを鵜呑みにしたのだろう?

──ヴィオラが、そんなことをするはずがないのに。


今まで1度も考えた事も……思いつくこともなかった疑問が、次々と湧き上がり、足元がふらつく。


何故?何故?何故?



──何故、僕の隣にいるのがヴィオラじゃないんだ!!



机に手をつき、頭を抑える僕に『彼女』が寄り添う。

「アレン様!大丈夫ですか?」と気遣う声は、普段ならとても愛らしいのに、酷く甘ったるく聞こえる。


「………けれど、」と続ける『彼女』へと、視線を投げかけた。

その顔は──



『これで、私ももう、虐められる心配がなくなりますわ!』



醜い、満面の歓喜の嘲いに溢れていた。



***



「……ま、────アレン様!」

「っ!!」


声をかけられ、一気に意識が覚醒する。

はね起きるように体を起こす僕のそばで、小さな悲鳴が聞こえた。


「きゃっ、びっくりしたぁ。……アレン様、大丈夫ですか?」

「────リリィ」


ここは、学園の図書館。

どうやら僕は、居眠りをしてしまったらしい。


揺り起こした僕が突然はね起きたから、驚いたんだろう。

口元に手をやり、目をまんまるくしているリリィに、小さく謝罪をして、汗で濡れた髪をかきあげる。


リリィ・マーガレット。

僕の『次の』婚約者になると、言われている少女。



──ひと月前、僕は、『前の』婚約者との婚約を、……正式に破棄した。



その時はもう、リリィに心を奪われていたから、とても嬉しいはず、だったのに。

何故か、婚約破棄の書類へとサインをする手が、とても震えたのを、よく覚えている。


もう、リリィを正式な婚約者にしてはどうかと父上にも言われていた。

父上も、母上も、紹介したリリィの事をとても気に入っていたから。


けれど、何故か──僕は、それを断り、今も先延ばしにしている。


そして、その頃から──いいや、『あの子』が自死を謀ってから、か。

……あの夢を、よく見るようになっていた。


リリィは、とても可愛い女性だ。

ピンクのサラリとしたストレートの髪は、指通りがよく美しい。

病弱でほとんどを屋敷で過ごしてきたという肌は、まるで雪のように白い。


そんな天使のように愛らしい彼女が、あんな顔で嗤うはずがないのに。

……ただの、夢に決まっている……のに。


「アレン様、今日はご一緒に帰れますか?」

「……ごめんね。王子としての政務があるんだ。今日は先に帰るよ」


……僕は、リリィと、『以前』のように接することが出来なくなっていた。


僕の言葉に、「………そうですか。分かりました。お仕事、頑張ってくださいね」と素直に引き下がるリリィに、ほんの少し後ろ髪を引かれながら、僕は学園を後にした。


リリィからの視線を、ずっと背中に感じながらも、僕は1度も振り返ることをしなかった。




王城の図書館で、貴族の資料を探す。


「マーディ……マーク……、……あった。マーガレット家」


探していたのは、マーガレット家の資料だ。

何となく、僕はリリィの事が気になり、調べていた。

……この胸のざわめきの原因が、何か分かるかもしれないと、そう思って。


ただの夢。

色んなことが起こり、精神が乱れていただけ。


いくらでも言い訳は出来るし、見なかったフリも出来る。

……けれど、僕は、『あの夢』が気になって仕方がなかった。


奥まったテーブルへと着き、少しでも気分が晴れればと、窓を開けた。

ふう、と息を吐いて、開く資料。

彼女に好意を抱き始めた時に、既に一度調べてあるそれは、改めて見たところで、何か変わった事がある訳でもない。


それでも、何となく目を通し続け──僕は、あるひとつのことに気がついた。



「……孤児院を出た子供の行先が、実在しない店になっている……?」



リリィの実家である、マーガレット家はこの国でも有数の慈善事業家として知られている。

孤児院の経営や、貧民の受け入れ保護。

多数の実績があり、そろそろ男爵から子爵へと爵位を上げても良いのでは、という話も上がっている程だ。


孤児院は、13歳までの子供を引き取るのがこの国の通例だ。

それ以上の歳になると、孤児院の職員が地元での働き口を見つけ、生きていけるように手配をする。

もちろん、その年齢に達する前に、どこかの家系に引き取られる事もある。


孤児院の経営をしているものは、必ず『どこの家に引き取られたか』『どこの店に働き口を紹介したか』を国に報告する義務がある。


この資料も、一見おかしな所はない。

──実際に、マーガレット家の領地を訪れたことがなければ、きっと気づかないだろう。


「これは……先月の資料だ。やはり、この地区にこんな店はありはしない」


リリィの家を訪れた時に、領地の案内もして頂いたのだ。

その時、主要な店舗も多数紹介された。

孤児院から子供を働き口として引き取るには、それなりの規模の店でないと経理が回らなくなる。

あの地区に、こんな名前の大きな店は、なかったはずだ。間違いない。


どくりと、心臓が音を立てて跳ねる。

嫌な汗が、背中を伝った。


──もしかして、僕は、とんでもない誤ちを犯しているのではないか……?


その思いが、僕から冷静な思考を奪っていた。

だから、僕は気づかなかった。




「──アレン様、なにを、してらっしゃるの?」




リリィが、僕のすぐ側まで来ていたことに。


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