第15話 私の夢

ああ、これは、夢だ。



『ヴィオラ、私の可愛い娘』



そう言って抱きしめてくれる、お父様。



『ヴィオラ、君を一生、大事にするよ』



そう言って、私の手をとってくださる、アレン様。


──これは、夢だ。


わかっている。

これは、都合の良い私の夢。


2人だけではない。

お母様や、クレア。学園の友人達。国王様ご夫妻。

様々な方との思い出が、優しい記憶が、私をここに引き止める。


分かっているの、夢だって。

……もう、私にこんなふうに、笑いかけてくださる人は、いないって。


……わかってるの。


「……私は、弱い」


現実から逃げて、考えたくなくて……幸せな夢に浸っている。

こんなの、夢から覚めた時が辛くなるだけとわかっているのに。


『お守り』を使ったのは、私の無実を証明するため。

そんなに甘くないかもしれない。

きっと、『いじめを責められ、良心の呵責から自殺を測った』とか言われる可能性もあると思う。

……ううん。きっと、そう『片付け』られてしまう可能性の方が高いだろう。


けれど、何もしないでいたら。

『もしかしたら、本当に無実だったのでは』という疑念も残す事が出来ず、私はまた死ぬことになってしまう。


何をしても無意味なら、せめて。

せめて、『彼女』へ何か爪痕を残したかった。


──それが、自分の命と引き換えであろうとも。


「けれど、こんなのただの言い訳よね」


なんだかんだ御託を並べたって、結局私は怖かったのだ。

ただ、逃げたかったのだ。


辛い現実から、逃げたかっただけ。


こんな弱い人間、王太子妃としても、王妃としても相応しくない。

そう思うと、余計に、この夢から覚めるのが怖くて──……


私は、ここから動けずにいた。

けれど。



『よお、ヴィオラ。今日はどうだ?』



優しい声が、降り注ぐ。



『庭で咲いてたから、庭師のおっさんに頼んで1輪もらって来たんだ。ヴィオラは、花は好きか?』



秋桜を手に、楽しそうに笑い、花瓶に差す姿が見える。

ほんの少しだけ、不格好なそれに、小さく笑みが零れた。


──もう、そんな時期なのね……



『目が覚めたら、一緒に散歩をしよう』



ハイル帝国の王宮のお庭は、とても素敵だった。

『前』はよく、1人で散歩をしていたっけ。


──『今』は、あなたが一緒にいてくれるの?


もう、諦めきっていた、凍っていた心が、ほのかにまた熱を帯びる。

次こそは、もしかしたら、と。

身の程知らずな期待を、してしまう。


期待して、アレン様のお傍に再び居続けたことが、愚かだったというのに。


──なのに。

その優しいヒマワリに向かい、私はどうしようもなく手を伸ばしてしまうのだ。



『…………早く、目が覚めるといいな』



そして、伸ばした手が、優しく、力強い温もりに包まれて──……





「…………ヴィオラ?」


気がついたら、私は、懐かしい一室で、目を覚ましていた。



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