第14話 眠り姫の目覚め

ハイル帝国、王宮。その地下室。

この場を知っている人間は、極小数だ。


カツリ、と石畳の床に足音が響く。

明かりも少なく、少し湿り気を帯びた場所。暗く、少し鉄臭い臭いがする。

華やかさはないが、シックで落ち着いた調度品で整えられた王宮内とは似ても似つかないこの場所は、滅多に人が訪れることは無い。


ここに来る人間は、極限られる。

門番を務める騎士と、刑を執行する者。


そして──ここに閉じ込められる、罪人だ。


ガチャン。


重苦しい音をたてて、牢屋の鉄格子が開く。

俺を見上げる顔は、ぐったりと憔悴しきっていた。


その男の顔には、よく見覚えがある。

──ヴィオラの嫁入りの馬車を襲撃した、賊の頭だった男だ。


「話を聞かせて貰うぞ」


俺は、時期国王として、ヴィオラの婚約者として。

今、ここにいる。


腰に差した刀の鍔が、チキリと鳴った。




「……で、そいつが吐いた内容がそれ?」

「ああ」


ハイル帝国、王宮の執務室。

俺は己の副官からかけられた言葉に、手にしていた付属品アリの書類をぱさりと机に広げた。

ライは外で部下に稽古を付けてるから、今はいない。


長い指で広げられたそれらを持ち上げるのは、燃えるような赤髪の美男子だ。

名前をルイス・フラガリア。俺の副官を務める男。

匂いたつような色気を纏うこの男が、存外にイタズラ好きと知る人間は限られている。


……こいつを褒め称える女達に、ルイスの本性バラしてやりてぇなぁ。


「『嫁入りの日時を教えたのは、マーガレット家の人間』、ねぇ」


面白くなってきたじゃない。

そう唇を舐めるルイスの言葉に、書類へと視線を落とす。


書類には、賊の証言と、影が持ってきたマーガレット家の情報が連なっていた。


まず、男の証言。

それは先程ルイスも言った通り、ヴィオラがあの日、あの時間に国を越える事を盗賊に漏らしたのは、マーガレット家の人間だという事だ。


マーガレット家の誰か、までは知らないらしい。

マーガレット家の領地にある酒場で飲んでいたら、深くフードを被った男に声をかけられたのだという。

そこで教えられたのが、今回の嫁入りだ。


『公爵家のご令嬢と、隣国の王子がろくな護衛も付けずに森を越える。狙い所じゃあないか?』


確かに盗賊としては美味しい情報だが……信ぴょう性がないと動かないとはねつけたら、バッジを見せられたそうだ。

『自分は由緒あるマーガレット家の人間だ。間違いない』と。


それが、書類の付属品。

──マーガレット家の家紋入の、バッジだ。


リーゼッヒ王国では、家紋入のバッジはとても大きな意味を持つ。

その家の血を継ぐ人間にひとつずつ継承されるそれは、『その家の人間』である証拠になる。

そして、使用人を代表する侍女長と家令は、例外的にそのバッジを付けることを許される。

『その家の者』として認められるバッジ持ちは、使用人にとってとても名誉あることなのだそうだ。


「バッジの紛失も、結構な罪になるんだっけ?あちらさんだと」

「らしいな。……まあ、それが原因で相続問題だ、跡取りだと揉めるのも目に見えてるしな」


その家の血を継ぐものにバッジが継承されるということは、裏を返せば『バッジがあればその家の人間と見なされる』という事だ。

紛失、盗難にあったとなれば、そりゃ大惨事だろうよ。


そして、そんな重大な意味を持つバッジが何故ここにあるか、と言うと……


「見せられたバッジを隙をついて盗んだの、その盗賊」


最っ高、と腹を抱えて笑うルイスに、思わずため息が出た。

まあ、正直気持ちは分からなくもない。

が、俺がその家の家長だったら、と考えたら……随分と頭の痛い話だ。


「随分とオソマツだこと。……こっちとしちゃあ、渡りに船かねぇ」

「それは確かにな。……で、こっちが、」

「マーガレット家の調査資料、ね。うちの影は優秀だねぇ」


資料をペラリとめくり、ルイスが口笛を吹く。

そこにはマーガレット家に関する様々な情報が連ねられていた。


「『孤児院の経営や、貧民の受け入れなど慈善事業に力を入れており──』ねぇ?」

「読んどいてくれ。俺はひと段落したから、少し外す。……あとは頼むぞ」

「ああ、いつものね。はいよ」


ペラペラと資料を捲りながら、ルイスがこちらを見ることなく手を振る。

……大した意図もないんだろうが、部屋から追い払われてるようで少し癪だな。



***



一度庭に立ち寄ってから訪れたのは、日当たりの良い、景観の良い庭の眺めれる一室。

そこは、『前』と変わらない、ヴィオラの部屋だった。


軽いノックの後に扉を開ければ、侍女長であるアリスが静かに頭を下げて退室する。

アリスはたおやかで美しい女性だが……怒ると、めちゃくちゃ怖い。幼少期に叱られた記憶は今も軽いトラウマになっている。


「……やな事思い出しちまった」


ふるふると頭を振り、ベッドの横の椅子へと、腰を下ろす。


「よお、ヴィオラ。今日はどうだ?」


そこには、未だに眠り続ける──ヴィオラがいた。


アリスが丁寧に世話をしてくれているんだろう。

寝たきり状態が長いはずだが、とても綺麗な姿で眠り続けるヴィオラは、まるでおとぎ話に出てくるお姫さんみたいだ。


ヴィオラがこの王宮へと来てから、俺は毎日、時間が空く度にこの部屋を訪れていた。

主に執務の合間に、だから、長い時間は居てやれないが……。


少しでも、ヴィオラが寂しくないように。

……少しでも、『前』に俺がしてしまった、彼女の1人の時間を、補えるように。


自己満足と分かっていても、俺は通うのを辞めなかった。


「庭で咲いてたから、庭師のおっさんに頼んで1輪もらって来たんだ。ヴィオラは、花は好きか?」


一輪挿しの花瓶に、花を生ける。

秋も深まってきた庭は、紅葉で暖かな色合いに染まっている。


「目が覚めたら、一緒に散歩をしよう」


ゆっくり、ヴィオラの頭を撫でる。

髪が絡まないように、ゆっくり、優しく。


「…………早く、目が覚めるといいな」


そう、自然と微笑んで、彼女の手を握る。

その時──………




「……………、………」




ヴィオラの、目が、静かに開いた。


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