第13話 弟の役目
あれから1ヶ月後。
「イライアス隊長!お疲れ様です」
「おう、お疲れ~。どうだ?みんな疲れてないかー?」
「ははっ、やだなぁ隊長。これくらいで疲れてたら騎士なんてやってられませんよ!」
リーゼッヒ王国とハイル帝国の国境には、大きな森が存在する。俺たちは、今、その森の中腹辺りにいた。
休憩中の部下達に声をかけると、朗らかな笑みが返ってくる。
うん、いつも通り。大丈夫そうだ。
今日は、ライラック嬢をうちの国、ハイル帝国へと迎え入れる日だ。
彼女と兄貴を乗せた馬車を護衛するために、俺達ハイル帝国の騎士団、第1部隊はここにいた。
いやぁ、あっという間の1ヶ月だったなぁ……。
正式にレオ兄貴とライラック令嬢の婚約が正式に結ばれたのは、今から1週間前のこと。
元々、情に弱い兄貴だ。女嫌いのせいで距離を取っていただけで、きっと相性は悪くなかったんだろう。
ライラック嬢と再会したその日のうちに……義姉になるんだ、ヴィオラ嬢の方がいいのかな?えっ、義姉のことってなんて呼ぶのが正解なんだろう……?
まあ、彼女との、婚約を結ぶ算段をつけてしまった。
その時はまだアレン王子の婚約者だったし……そちらの破棄やら何やらで今すぐに、とは行かなかったらしいけど。
それもこの間、やっと正式にアレン王子との婚約破棄を行い、新たに兄貴との婚約を結ぶことに相成った。
ちなみに今回の婚約は、あくまで『兄貴が見初めて、懇願して決まった婚約』という体を突き通すらしい。
じゃないと、『マーガレット令嬢への暴挙を悔いて自死を試みたライラック令嬢が、厄介払いとして隣国へ嫁がされた』というストーリーが出来上がってしまう、らしい。
俺達の国に連れてこれるなら、リーゼッヒ王国でどんな噂が広がろうと聞かせなきゃいいんだし、別にいいと思ってたんだけど……。兄貴はヴィオラ嬢の矜恃も守りたい、らしい。
「相変わらず、兄貴は優しいなぁ」
そんでもって、頭がいいなぁ……。
俺は身体を動かすことは得意だけど、本当にまつりごとだとか、書類だなんだ、そういう事が大の苦手だ。
というか、頭で考えること自体がめちゃくちゃ苦手だ。
お袋が国王たる親父の正妻だったから、俺を次期国王に、って言うやつも多いけど……強いだけじゃ、国はまとめられない。
俺は、国王の器じゃない。
レオ兄貴みたいな、 『民のための最善』を選べる人間が、国王に相応しい。
だから──
「隊長!!賊です!!!」
俺は、こうして剣を奮っている方が性に合ってる。
「言われた通りだ。騎士の兄ちゃんたち、悪いがその馬車は俺たちが貰うぜ」
「豪華な馬車だなぁ!幾らになるだろうな」
「俺はお嬢様にしか興味ねえな。へへっ」
ゲスな事を言いながら、ザ!!と馬車を取り囲む盗賊……数は15人くらいか。
即座に陣形を取る部下に「上出来」と呟いて、にい、と口端を釣り上げた。
***
「……相変わらずバケモノみてぇな強さだな、お前は」
「おっ、兄貴。外の空気でも吸いに来たのかー?」
30分もしないで盗賊狩りもさっさと片付き、刀をふるい鞘に収める。
馬車から顔を出した兄貴は、げんなりとした顔で呟いた。
バケモノってひでえなぁ。
確かに強さについては「バケモノ」とか「超人」とか「人外」とか好き勝手言われることは多いけども。そんなに可笑しくはないと思うんだよな、俺。
これを前言ったら部下たちにも静かに頭を横に振られてしまったから、もう言わないけどさ。
「ところで、面白いことを聞けたよ」
「なんだ」
縛り付け、転がしていた盗賊の頭を引き起こす。
俺の顔を見ると「ひぃっ」とか細い悲鳴を漏らすこいつを見て、兄貴が少しだけ哀れんだ顔をした。
さっすが兄貴!賊にも優しいんだなぁ!
「で、どこから今日の嫁入りを聞いたんだ?」
「ひっ、……そ、それは……」
俺の言葉を聞いて、兄貴の眉がぴくりと動く。
先日、リーゼッヒ王国での婚約締結パレードが行われ、民への『兄貴が求めてこうなりましたよ』アピールはバッチリ。
だから、まだ意識が戻らないヴィオラ嬢のために、負担をかけないようにと今日の嫁入り(?)はトップシークレットで行われたのだ。
だから、護衛も少数精鋭。俺の直属の部下数人のみだ。
「なんで、お前らがそれを知っている?」
兄貴の声が低くなる。
トップシークレットの、今日の嫁入りが賊に漏れている。
それは、つまり──……
「リーゼッヒ王国に、俺達を──ヴィオラを害そうとしたやつが、いるのか」
故意に、悪意を持って賊にそれを漏らした『誰か』がいると言うこと。
兄貴の静かな殺気が、辺りを支配した。
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